第31話 痩せた刀と羽織と酒と…

『近藤さん…総司…楽しかったよな…』

「新撰組 副長 土方歳三…参る!!」


 ………

 敗戦…また敗戦…

 コイツ等が来てから、騒がしくて敵わない…

 怒鳴る、暴れる…昼夜騒がしい。

 迷惑な連中だ。


「猫なんかに感けているヒマがあったら刀でも磨いておけ!!」

 とにかく怒鳴る、この男…副長とか呼ばれているが、どうやら猫嫌いだ。

 ここにはエサがある。

 だから、腹が減ると顔を出すのだが、コイツがいるときは、すぐ逃げる。

 嫌な男だ。


 変な男だ。

 いつも刀を眺めている。

 血だらけで帰ってくることもある。


 夜になると、独りで酒を飲んでいる。

 今夜も…

 俺は木の根元で丸くなって眠ろうとしていた。

「おい、猫」

 薄目を開けると、その男が俺を見ている。

 面倒くさいから尻尾でパシッと地面を叩いた。

「チッ…愛想のねぇ猫だ…コレ食うか?」

 俺の前にポンッと切り身を投げた。

 珍しいこともあるものだ、俺はパクッと咥えて、木の後ろで食べた。

「ニャン」

 一応、礼は言った。

「おい猫…少し付き合え」

 男は俺にココに座れと縁側の板を叩く。

 とりあえず、刺身があるので俺は男の隣に座った。

 男は、御猪口に酒を注いで、俺に差し出した。

 ムワッと酒の臭いがする。

「飲む真似で構わない…付き合え」


 男は黙って月を眺めている。

「負けて…負けて…何度も刀を捨てようとした…髷も切った、隊服も洋装にした、それでも俺は…コイツを捨てれねぇ…コイツを握りたくて、武士に成りたくて、武士らしくあれと…俺は、何人の仲間を斬ったか知れねぇ…敵も味方も…士道を貫くために、俺は斬らずに良かったヤツも斬った…だから、コイツは捨てらんねぇ、コイツが俺の全てだった、痩せちまった刀が…」


「行きな…」

 俺はチロッと酒をひと舐めした。

「ありがとな…付き合ってくれて」

 男は立ち上がって部屋の障子戸を閉めた。


翌朝

「副長…その服は?」

「あっ、悪ぃか?」

「いえ…」


 ………

「ダンダラ模様の羽織?…新撰組だー!!」

 敵陣に広がるどよめきを切り裂くように土方が馬上で刀を振る。

「新撰組 副長 土方歳三…参る!!」


 俺が昼寝から目覚めると、あの男の部屋の障子戸が開いていた。

 ソロッと入ると。

 血だらけの羽織と折れたボロボロの痩せた刀が置かれていた。


『…バーカ…酒と刺身…ありがとな』

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