第30話 合わぬ視線の先の日に
その厳つい顔の男は、いつも俺に魚を半分くれた。
この男は、この座敷から外に出ない。
1日、2回運ばれてくる食事、深々と頭を下げて受け取り、魚を半分、俺にくれる。
笑うでもない、泣くでも、怒るでもない。
物静かな厳つい顔の男、俺を構うわけでもない。
撫でようともしない。
ただ、黙って、小皿で魚をスッと差し出す。
俺が食べ始めると、自分も黙って食べる。
食べ終わると両手を合わせて膳を戻す。
そして座して空を見ている。
………
「どうだ…この男は、大久保ではない…新撰組局長 近藤勇ではないか?」
「………」
「オマエは以前、新撰組隊士だったな、当然、局長の顔は知っているはずだ!! どうなんだ?」
「………」
返答に困る男の顔をジッと見据え、近藤はニコリと笑った。
「お久しぶりです…」
「局長…」
「アナタが嘘を吐く必要はない、私は大久保ではありません、新撰組局長 近藤勇だ」
近藤斬首の日、よく晴れた日だった。
「近藤…」
厳つい顔の男は静かに立ち上がり部屋を出て行った。
俺は気になって、そっと後ろを付いて行った。
………
(総司は無事だろうか…歳…まだ戦っているのだろうな…すまない、俺は…)
「近藤…武家に産まれなかったオマエに切腹は許されなかったな…」
「それでも…私は、私達は、誰よりも武士らしく生きたと…生きてきたと思います」
厳つい顔の男が俺を見ている。
その首がゴロンっと地面に転がった。
『厳つい顔だな…』
初めて同じ目線になって、改めて見ると…厳つい顔、どこか笑っているようにも見えた。
『こんな顔してたんだな…』
俺は屋敷を出た、もう誰も魚をくれないから…
町をうろついていると、厳つい顔は河原にあった。
『今度は俺が魚をやるよ』
俺は相変わらず無口で無愛想な厳つい顔の前に、盗んだ魚をポンッと置いてやった。
『じゃあな…お互い外に出れたんだ、これは礼と餞別だぜ』
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