第24話 雨の降る夜に
「あのとき…手を放さなければ…」
老婆の目に涙が浮かぶ。
この土地へ移り住んで50年が過ぎた。
子供の頃に住んでいた家は、洪水で流されてしまった。
私は救助されたけど…飼っていた猫は、家に置いて行かれた…。
今でも、この子を抱いていると思いだす。
浮いた箪笥の上で、小さく鳴きながら、流されていった猫。
私は鳴きながら猫を助けようとゴムボートから手を伸ばしたけれど、ボートはどんどん猫を乗せた箪笥と離れて行った。
流れ込んだ水で浮いた箪笥、横になった箪笥のうえから、あの猫が前足を伸ばして、私の指先を引っ掻いた。
あの感触は今でも指先に残っている。
あの時、もっと手を伸ばしていれば…もしかしたら…
救助されたゴムボートの上で流されていく猫を視えなくなるまで…
泣いて…泣いて…あの猫も鳴いていたのだろう。
「もう…動物は飼わない」
そう思い、自分の子供にもペットは飼わせなかった。
年老いて、独りになって…雨の日に、この猫と目があった。
通り過ぎた……はずだった。
あの猫と同じ茶トラ、まだ子猫。
カリッと私の靴に爪を立てた子猫を抱いて家に連れて帰った…。
猫のエサなんてなく、かつおぶし食べさせ、タオルで拭いて毛布に包んだ。
また猫と寝るようになってしまった。
『寒いよ…お婆さん』
僕が一緒だから…ごめんね。
雨の日に拾われてから、ずっと一緒だった。
もういいよ…みんなのところに行ってよ。
僕は独りで大丈夫だよ。
先にお家で待ってるから…。
ボロボロになっちゃったけど。
凄い雨の夜、お婆さんのお家に水が入ってきた。
酷い臭いの泥水がみるみる溢れて、僕とお婆さんは2階へ逃げた。
寒くて、怖くて…夜が明けて水が引いて、僕とお婆さんは、皆がいる場所へ行ったんだ。
けれど…僕が一緒だと、このお家には入れてもらえないみたいだ。
「ペットはご遠慮ください」
「隅っこでいいですから…お願いします、家にはもう住めないんです」
お婆さんは必死に頼んだんだけど…ダメみたい。
「お婆さんごめんね」
僕がいなければ…
お婆さんは皆がいる大きなお家の外で僕を抱いて震えるように眠ってしまった。
「僕…行くね…」
僕はそっとお婆さんの腕から抜け出た。
今でも雨が降ると思いだす。
「お婆さんは…元気かな…」
今でも雨が降ると思いだす。
「あの
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