第19話 冬暖夜

「今日から、この部署に異動になりました…」

 春の人事で私は、経理部へ転属になった。

 営業で、思うように結果を出せないまま4年が過ぎて、見切られたというわけだ。

 元々、経理で活かせるような経験も無く、経理部でも伝票整理くらいしか仕事はない。

 文字通りの窓際族、5階にあるオフィスの窓からは古い民家の庭が見える。

「はて? なんだ…」

 この部署に来て3週間が経ったある日、民家の庭に咲く梅の木を眺めながら気が付いた。

 手入れされてない伸びっぱなしの梅の木の脇に古びた自動販売機がある。

「なんで…庭にあるんだ?」


 春も終わりを迎える晴れた日、私は定時に会社を出るので気付かなかった。

 暗くなれば電気が付いて気が付いただろうが、日があるうちに帰宅する私は、自動販売機が目に入らなかったらしい。

 自動販売機など珍しくも無いし、人が来ない民家の庭にソレがあることに違和感を感じるまでに時間が掛かったというわけだ。

 猫がアクビしながらくつろぐだけの狭い庭に古びた自動販売機…気づいてみれば、気になるオブジェだ。


 気にはなるが…まさか人の庭に入るわけにもいかない。

 私は毎日、チラチラと庭を気にするようになった。

 若葉が芽吹いて、自動販売機の回転も上がる季節だ。

「補充もされやしない…当然か…売れてるようには見えない」

 たまに来る野良ネコが自動販売機の日陰で涼むくらいだ。


 どうしても気になって私は残業をすることにした。

 移動してからは初めてかもしれない。

 秋を迎えていた夕方、同僚が皆、帰宅した後、特に何をするわけでもなく、ただ仕事をしているふりをしながら暗くなるのを待っていた。

 落ち葉が積もるままの小汚い庭に錆びた自動販売機。

「なんだ…電源が落ちてるのか?」

 暗くなっても自動販売機は明かりを灯すことはなく、ただ闇に溶け込んでいった。

 野良猫がニャーッと鳴いて、私は帰路に着いた。


「ただのガラクタか…」

 そう思えば、もう自動販売機は気にならなくなっていた。

 私は相変わらず、1日1時間程度の仕事を8時間かけて終わらせる日々を繰り返していた。

「高木くん…ちょっといいかな?」

 人事部長に呼ばれた…覚悟は出来ていた。

「ボーナスは上乗せするから…年内で退職してくれないか?」


 窓の外は雪が降り続いていた。

「考えさせてください…」

 私は人事部を出て、経理部へ戻った。

 窓の外を眺めていた…ずっと…ずっと…気づけば夜になっていた。

「アレ?」

 白く染まった狭い庭に明かりが…

 自動販売機が稼働している。

「なんだよ…動いているのか?」

 不思議に思い眺めていると…

 1匹…また1匹と野良猫が集まってきた。


「そういうことか…」


 自動販売機は冬だけ稼働するのだ。

 あの家に住む人が野良ネコの為に、温かい場所を作っていた。

 ジュースなど入っていない自動販売機は野良ネコが寒い夜を過ごすために冬だけ稼働させている…


「ハハハッ…そういうことか…なるほど」

 私は笑いながら会社を後にした。


「来年から私も野良か…」


 私も自分の居場所を探そう。

 雪の降る夜…身を寄せる人も場所も無い、けど…冷えていた心が少しだけ温まったような気がした。

 私も自動販売機の温もりに…。


 あの家の前を通り過ぎた。

「ありがとう…」

 小声で呟き帰路につく。

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