第18話 白い世界で

『明日も待ってるよ…』

 小さな野良猫が、か細く「ニャー」と鳴く。

 夕日が落ちると皆、どこかに帰っていく。

 暗くなるとお寺の隣の公園は誰も居なくなる。

『明日も待ってるよ』


 誰かが、ご飯をくれるのを待つ。

 明るくなると誰かがやってくる。


 あまり近づかないように、でも気づかれるように…

 小さく「ニャー」と鳴く。

『ご飯をくれますか?』


 夕方の公園、僕は不思議に思う。

 皆、どこへ帰るんだろう?


 僕に帰る場所はないから…

 ずっと此処にいるのだから。


 雨の日は誰も来ない。

 僕はお寺の下で丸くなる。

 寝ているようで…起きている。

 雨が止むのを待っている。


 暑くなった。

 昼間は虫が鳴いて眠れない。

 夜は虫が寄ってきて眠れない。

 喉が渇く…水飲み場の水はすぐに無くなるようになった。

 虫に刺されて身体が痒い。


 少しだけ涼しくなった。

 渇いた葉っぱ、歩くとカシャッと音を立てて面白い。

 僕は葉っぱの上を歩くのが好きだ。


 寒くなってきた。

 明るい日が少なってきた。

 だからかな?

 誰も来ない日が多くなってきた。

 ご飯が食べられない…お腹が空いた…


 空から白いものが降ってきた。

 綺麗だ。

 冷たいけど…とても綺麗だ。

 地面に落ちた白いモノは、すぐに汚れて冷たいだけ。

 何日かして、目を覚ますと白いだけの世界世界に変わった。


 とても寒いけど、僕は白い世界の上を歩いた。

 冷たい、綺麗な世界。

 サクッ…サクッ…

 白いだけの世界。

 冷たいだけの世界。


『誰かいませんか?』


 誰もいない…

 お腹空いたな…

 足が冷たくて、痛くなって…僕はお寺の下へ戻った。


 白い世界は、冷たくて痛い世界。


 誰か来ないかな?


『誰かいませんか?』


 いつも…いつも…明るくならない…

 明るくなれば誰か来るのにな。


『待ってるよ、明日も僕、ココで待ってるよ』


 真っ暗だ。

 白い壁をカリカリと引っ掻く。


 足が冷たい…痛い…

 暗いな…寒いな…

 お腹が空いたな…


 壁の向こうに小さく鳴く

『誰かいませんか?』

『僕…ココにいるよ…』


 お腹が空いてます。

 とても…とても…お腹が空いてます。


『待ってるよ…明日も待ってるよ』


 子猫が丸くなって「ニャー」と鳴く。


 春になって、雪が解けた。

 閉めていた御堂に住職が帰ってきた。


「あぁ…可哀想に…」

 冷たくなった子猫の亡骸をお寺の庭に葬った。

「ずっと…ココにいたんだね…可哀想な事をした…」


『明日も待ってるよ』

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