第15話 店番

「はい…まいど」

 シワだらけの手でお婆さんがお釣りとタバコを渡す。

 角地に建っている木造建築、古い電柱の脇に、これまた古いポストが立っている。

 ワタシは、あのポストの下でうずくまっていた。

 雨が降って寒い夜だったのことを覚えている。

 震えてうずくまっていたワタシに、そっと差し出されたシワだらけの手、ワタシは覚えている。

 温かいシワだらけの手で抱き上げられた夜のこと…。


 お婆さんが独りで暮らす小さなお家。

 タバコを売っている小さなお家。

 毎朝、決まった時間に店を開けて、決まった時間にシャッターが降りる。

 ワタシは、あの日から、お婆さんと一緒に、このお店で過ごす。

 タバコが入ったガラスケースの上に敷かれた座布団の上、それがワタシの場所。

 お婆さんはお茶を飲みながら、ワタシはミルクを飲みながら、ポツポツとタバコを買いに来る客の相手をする。

 お昼になると、お婆さんは、おにぎりを食べる。

 ワタシはカリカリを食べる。

 たまに、カツオブシをかけてくれる。

 子供の頃は退屈だった、お散歩に行きたいなと思っていたけど、なんとなく、ワタシはお店を手伝わないといけないような気がして、ピョンッとガラスの棚の上に座った。

 お婆さんは嬉しそうに笑って、ワタシの頭を撫でた。

 あの日から、毎日ワタシは、ココに座ってタバコを買った人に「にゃあ」と鳴く。

 それがワタシの仕事だ。

 毎日…毎日…それだけの今日、気づけば昨日も…きっと明日も…。

 お婆さんはタバコを並べる、ワタシはガラスのケース上に座って外を眺める。

 雪が降っていた。

 寒い日、お婆さんはストーブのスイッチを入れた。

 オレンジの灯り、身体にジンワリと染み入る温かさ。

 お婆さんの手とは違う温かさ。

 タバコを並べ終えた、お婆さんが椅子にゆっくりと腰かける。

 膝に毛布をかけて、ウトウトとしている。

 ワタシはピョンッと、お婆さんの膝に飛び移る。


 お婆さんはウトウトしながらワタシを撫でる。

 ゆっくり…ゆっくり…


 ワタシもつい、ウトウト…してくる。


 ………

『お婆さん?』


 つい眠ってしまった、目を覚ますとお婆さんは、まだ眠っているようだ。

『お婆さん?』


 お婆さんはバタンッと倒れた…。


 どうしよう…どうしよう…

 ワタシはオロオロ…オロオロ…

 ガラスケースの上に戻って「にゃあー」と大きな声で鳴く。

 誰も来ない…誰も居ない…

 どうしよう…どうしよう…


 冬だから、ガラスの窓は締まってる。

 開かない…どうしよう…


 いつも来る、あのオジサン…今日は来るかな?

 来てよ…来てよ…早く来てよ…


 コンコンッ

 ガラスを叩く男の人

「にゃあー!!」

 ワタシは必死で鳴いた。

 大きな声で何度も鳴いた。

 ガラスを爪で引っ掻いた。

 折れてもいい、だから、だから…


 ガラス窓がガラッと開いた。

「タバコを…」

 男の人が中を覗いた。

『助けて…早く、お婆さんを助けて!!』


 …………

 ワタシは、お婆さんの帰りを待っていた。

 知らない女の人が、ご飯をくれて店の面倒をみてくれた。

 お婆さんの娘らしい。


 ワタシは、お婆さんが帰ってくるまで、ずっと店のガラスケースの上に座って待っていた。


 車が停まって、お婆さんが降りてきた。

 ワタシは大きく鳴いた。

『おかえり、お婆さん』


 ワタシは今日もガラスケースの上で座って「にゃあ」と鳴いている。


 お婆さんは…もういなくなってしまった。

 今は娘がタバコ屋に座っている。


 今日は、温かいな…

 日差しが柔らかで…ウトウト…ウトウト…


 昨日も座っていたし…今日も座っている。

 でも…明日は……


 なんだか…眠い。

 娘がワタシを撫でて泣いている。


「ずっと…ありがとうね…お母さんのところへ逝くのね…」



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