第10話 窓辺にて

 外は狭くて四角い…

 アタシはこの広いお部屋で暮らしている。

 ご飯があって、お風呂もあって、トイレもいつも綺麗にしてくれる同居人がいる。


 他は誰も居ない。


 ガラスの向こうは、青くなったり、赤くなったり、黒くなる。

 不思議な景色…

 空というらしい。

 アタシはココ意外にソコしか知らない。

 ソコは色が変わる不思議なトコロ…ガラスの向こうの四角い場所。


 毎日、毎日、アタシは四角い場所を眺めている。

 今日は雨が降っている。

 灰色の空から水が落ちる。

 パタパタ…パタパタ…水が降る。

 水の音は不思議…

 狂ったように降る日も、静かに降る日も、雨の日…

 静かに降る雨は好き…うるさく振る雨は嫌い…


 今日はパタパタ…パタパタ…雨が降る。

 嫌いじゃないけど…

 四角い景色は、ゆっくりと変わっていく、青くなったり、オレンジになったり、黒くなって、白くなる…そしてまた青くなる。

 それを繰り返す、今日も相変わらず、ゆっくりと変わっていく。


 それを眺めるだけの日、毎日…毎日…アタシは、その他にやることを知らない。

 だから、ソレをツライとも思わないし、楽しいとも思わない。

 比べる物がないからかもしれない…。


 ある日、同居人とはまるで違うものを見た。

 アタシはソレを知らないが、パタパタと空を飛び、スーッと現れて、スーッと去っていく。

『鳥』というのだそうだ。

 ソレは四角い景色を横切るように飛び、時々歩いてガラスの向こうからアタシを見ている。

 不思議な生き物だ。

 アタシより小さい、誘う様に空を舞う。

(羨ましいな…)

 アタシの同居人は、いつしかガラスの向こうにもご飯を置く様になった。

『鳥』が集まってくるようになった。

 白い鳥、黒い鳥、茶色の鳥…大きい鳥、小さい鳥、沢山いるのだなと思った。

 アタシは、アタシと同居人しか知らなかった。

 ガラスの向こう…四角い向こうには、色々な『鳥』がいるのだと知った。

 ココより小さく狭いと思っていた四角い世界は、思いのほか広いのだという。


 知りたいと思った…


 ココしか知らないアタシは…ココでずっと暮らしてきた。

 ガラスの向こうのことなど考えたこともなかった、鳥を見るまでは…


 ある朝、アタシはガラスの向こうへ踏み出した。

 鳥のご飯を用意する同居人の足元をスルッとすり抜けて…


(広かった…)


 アタシが見ていた四角い空はどこまでも広く、アタシが暮らしていた世界は四角く小さな箱だった。


 外は、色んな匂いがする。

 溢れる色がある。

 なにより、鳥以外の生き物がいる。


 世界はアタシと同居人だけではなかった。


 とても…とても…高い場所にいることも知った。

 アタシが暮らしている部屋は、とても高い場所にあった。

 下にも世界は広がり、上には空が広がる。

 アタシはその中心にいるのかもしれない。


 鳥はとても高く飛ぶ。

 羨ましいと思った。

 アタシは四角い部屋からでれない。


 どこまでも四角い世界でアタシは暮らしている。


 手すりの上に飛び乗って、下を見る…上を見る。

 どちらにも行けない自分を知る。


(思い切り…飛んでみようか?)


 鳥たちに誘われるまま…

 後ろ足にグッと力を込める。

(空へ…空へ…)


「ミア…こっちにおいで、窓を閉めるわよ」

 同居人がアタシを呼ぶ。

 スッと力を抜いて…四角い部屋へ戻る。


 アタシが飛んで行ってしまったら?

 この同居人は独りになる。

 アタシも飛んだら…アタシも独りになる?


 だから…空は憧れるだけ、地は眺めるだけ…

 アタシはその真ん中で…

 四角い場所で世界を眺める。


 それだけでいい。


 狭い世界でも…独りより誰かがいたほうがいい。

 スリッと身を寄せる、アタシの場所はココでいい。


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