第8話 芽吹く日
初めて、庭にでてみた。
ソロリ…ソロリ…足を伸ばしてみた。
不思議な匂いがする。
「少しは新しいお家に慣れた?」
小さな女の子が僕に話しかける。
「アナタの名前はビビよ、よろしくねビビちゃん」
どうやら僕の名前は『ビビ』というらしい。
(僕は『ビビ』…)
季節は春、初めての家…初めての匂い…花の匂い、草の匂い。
小さな花を、ピョンと跳ねて飛び越えた。
鼻がムズムズする。
ドキドキした…初めての季節。
「ビビ、スゴイね」
花をピョンピョン飛び越える度に、あの子は喜んで、僕を撫でたり抱っこしたりして嬉しそうだった。
(僕、スゴイんだ)
晴れた日に、お庭に行くのが好きになった。
暑くなった。
夏というらしい、夏は暑くて、色々な虫が飛んでいる。
なにより、お花が大きい。
黄色いお花、大きいお花、僕は飛び越えられないほど背の高いお花。
「嗅いでごらん」
僕を抱っこして、両手で僕をお空に押し上げる。
クンクン…クンクン…
春のお花とは違う匂い。
黄色いお花、お日様の匂い。
少し寒くなって、落ち葉をカサカサと踏んで歩く秋。
カサカサ…カサカサ…静かに歩けないけど…なんかくすぐったいようで面白い。
たまにワシャワシャってしたくなる。
不思議だね…草の匂いがしなくなる…。
涼しい風が吹いて落ち葉をカサカサさらっていく…。
なんだか少し寂しい気持ちになる。
あの子の隣に走っていって、スリスリ…スリスリしたくなる。
2人なら…あったかいね。
白い雪がお庭を包む。
どこまでも…どこまでも白い世界。
寒くて、何もない世界。
何もないけど…何もないから…何かの大切さを感じることができる。
寒いを知らないと…温かいを感じない…。
幾度も季節が巡り、僕は、だんだんお庭で遊ばなくなった。
陽だまりで丸くなることが当たり前になって、あの子は大きくなって、僕は、この家で独りで過ごすことが多くなった。
あの子といられる幸せを知っているから…あの子が出て行った寂しさを知った。
春になってお庭にでて、花をピョンッと飛び越えてみる。
夏になってお庭で黄色いお花を見上げてみる。
秋になってお庭の枯れ葉をカサカサ踏んでみる。
冬になって…白いお庭を眺めている。
独りでいるから…あの子に会いたい。
楽しくないよ。
いつからだろう…楽しくないよ。
「ただいま」
あの子はたまに帰ってくる。
あの子と過ごす数日間は特別な時に変わった。
昔のように跳ねまわりはしないけど…あの子の傍で眠れる時間は…
特別だと知る。
毎日、一緒にいる時は解らなかった。
あの時間が特別な事に…
当たり前の日なんてない。
特別な日なんてない。
今日は…ただ良い日だった…
それだけ、
そう思えれば、それでいい。
また春を待とう……。
また、あの子を待とう…。
春になれば、また花が咲くのだから。
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