第6話 あの子じゃないさ

 砂場で遊ぶ子供が1人、お母さんに手を引かれて、やってくる。

 いつも、独りで遊んでる。

 僕も独りだから、いつも見ていた。

 寂しそうだな…

 僕も寂しいから、いつもそう思っていた。


 お母さんは、公園のベンチで座ってる。

 お弁当を持って、お昼ご飯を食べて、日が暮れる前に帰って行く。


 お母さんは、僕を見ると、ご飯をくれる。

 僕は、ご飯を食べると、ベンチの下から砂場で遊ぶ子供を見ている。


 雨の日は、あの子は来ない。

 だから誰もいないベンチの下で、誰もいない砂場を見てる。

 僕にはお母さんはいないから…


 今日は晴れてる、あの子が、お母さんに手を引かれてやってくるかな?


 いつものように、お母さんからご飯を貰って、僕はベンチの下から、あの子を見ていた。

 いつも、いつも、砂場で砂を集めて、山を作って、穴を開けて向こうからコッチを覗いて笑ってる。

 お母さんも、あの子に手を振る。


 楽しいの?


 僕も…ちょっと…


 僕は砂場にソロリソロリと近づいた。

 僕にも覗かせて…

 僕が穴の向こうを見ると、いつもの景色が違って見えた。

 不思議だ。

 反対側に回って覗いてみると…お母さんが見えた。

 あの子と、ご飯を食べている。

 なんだか、いつもより遠くに行っちゃったみたいだ。

 穴から見なければ、いつもと同じなのに…

 不思議だ。


 あの子は、いつも不思議を見てた。

 スゴイね…あの子は、スゴイものを作ってたんだね。


 僕が穴を覗いていると…

 あの子が反対側から覗いてた。

 ビックリしたけど、あの子はなぜか笑ってた。


 次の日、僕は、穴から覗いて、あの子を待った。


 穴の向こうからあの子が見えた。

 コッチに来るよ…お母さんに手を引かれながら、僕のところへやってくるよ。


 寂しい日が、少し減った。

 寂しい時間が少し増えた。


 あの子が来る日は嬉しくて…あの子が帰ると寂しくて…

 晴れた日には楽しくて…雨の日には悲しくて…


 そんな毎日がクルクル…クルクル…続いてた。


 雨の日には、あの子は来ない…

 でも…ベンチの下から砂場を見てた。


 黄色い傘がやってくる…

 あの子じゃないさ…雨の日には来ないんだ。

 僕は知ってる。

 1人で歩いてやってくる。

 あの子じゃないさ…お母さんと一緒じゃないよ。


 あの子じゃないさ…あの子のわけないさ…


 車に跳ねられ…運ばれていったのは…あの子じゃないさ…そんなはずないさ。


 だけど…

 晴れの日にも…あの子は来ない。

 あの子のはずないのにな…


 雨の日はホッとする。

 あの子は来るわけないんだから…

 晴れた日にはドキドキする。

 あの子のはずないのに…来ないから…


 ベンチの下で、今日も砂場を見ている。

 たまに誰か来るけれど…あの子じゃないんだ。


 たまに穴を作る子いるけど…ドキドキ不思議じゃないんだ。


 雨の日に…黄色い傘がこっちに来るよ…

 あの子じゃないよ。

 ベンチの前でしゃがんだ、お母さん…

 少し悲しそうで…

 僕にご飯をくれた。


 僕は、お母さんに聞いたんだ。

 あの子はどうしたの?

 あの子はどこ?


 お母さんは、僕を抱っこして…


 僕は…公園に住んでない。

 新しいお家は屋根がある。

 寒くないし…暑くない。


 お母さんがいて…お父さんがいた。

 あの子はいないけど…


「この猫かい? サトシと遊んでいた猫は」

「そうよ…あの子が退院したら、驚かせようと思って…一緒に暮らそうかなって」

「いいよ、サトシもずっと気にしてたんだから」


 だけど寂しくないよ…

 また、この家にあの子が来るんだ。

 元気になって帰ってくるんだ。


 もうすぐ帰ってくるんだんだって。


 今度は、皆で公園に行くんだ。

 あの子が帰ってきたら、皆で公園でご飯を食べるんだ。

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