第4話 不思議なお水

 走って…走って…僕は広いお庭の古い家に迷い込んだ。

 喉が渇いて、お腹が空いて、暑い日…僕は、大きな木の下でクタリと休んだ。

 暑くて…暑くて…日陰でジッとしていても、喉が渇いた。

 ガタガタ…ガタガタ…白いトラックがお庭に停まって、お爺さんとお婆さんが降りてきた。

 僕は、木の後ろにササッと隠れた。

 荷台には野菜が沢山積んである。

 お爺さんが井戸から水を汲み上げて、野菜をバケツに投げ込んだ。

 地面に跳ねた水が吸い込まれて、少しだけ涼しい風が吹いた。

 僕は、喉が渇いていたから、フラフラとバケツに近づいて、お水を飲もうとした。

 お爺さんが僕をヒョイッと抱き上げて、お婆さんが小さなお皿に冷たいお水を僕の前に差し出した。


 それから僕は、この広いお庭の古いお家で暮らしてる。


 お爺さんとお婆さんは、僕に優しい。

 毎日、お外で遊んで、お昼寝して、僕は楽しかった。


 ある日、うるさく鳴く白い車がやってきて、バタバタ知らない人が入ってきて、お爺さんが連れて行かれた。

 僕は怖くて部屋の隅からお爺さんを呼んだけど、大きな声で何度も、何度も呼んだけど、お爺さんは連れて行かれた。


 お婆さんに何度も何度も聞いたけど、

「お爺さんは帰ってくるの?」

 毎日、毎日聞いたけど、お婆さんは僕を撫でるだけ…

 だけど撫でられると、少し安心する。


 お庭が白くなって、寒くなって、僕はお婆さんの布団で眠るようになった。

 お婆さんは暖かくて、僕は、お布団が大好きだけど、お婆さんがゴロンと寝返りを打つたびに僕は目が覚めてしまう。


 だから僕は、お婆さんが起きても、しばらくお布団で眠る。

 温かいから…


 ある朝、とても寒くて目が覚めた。

 外は明るかったけど、お婆さんは、まだ眠っていた。


 僕は寒かったけど、グーンと伸びてお家の中を散歩する。


 お爺さんの部屋に行く。

 お爺さんが居なくなってから、このお部屋はお爺さんの顔が置いてある。

 顔だけのお爺さんは、お爺さんの匂いがしない。

 お婆さんは、毎朝、お爺さんに話しかけてるけど、顔だけのお爺さんは何も喋らない。

 お爺さんは、僕に、不思議な匂いのするお水をくれる。

 夜だけ、眠る前に、小さなお皿にちょっとだけ。

 美味しくはないけど、お水を飲むとポカポカする。

 今日は寒いから、あの不思議な匂いのお水が飲みたいな。


 お水の場所は知っているんだ。


 僕は、お爺さんの部屋を出て、台所へ行く。

 あの茶色の瓶に入ってるんだ。

 僕は知ってる。

 ゴトゴト…ゴトゴト…瓶を揺らしているとガシャンッと瓶が割れてしまった。

 お婆さんに怒られるかな?


 不思議な匂いがする。

 懐かしい匂いがする。


 最後に、お水を飲んだのは…いつだっけ?

 そうだ、お爺さんが帰って来た日だ。

 お爺さんは、木の箱の中で眠ってた。

 僕は起きて、起きてと鳴いたけど、お爺さんは眠ってた。

 お爺さんは、冷たくて、早く、不思議なお水を飲ませてあげなきゃって思ったんだ。

 お爺さんは、お爺さんの匂いがしなくて、僕は、お爺さんを見るまで、お爺さんが帰ってきたこと解らなかった。

 お婆さんが、お爺さんに、不思議な匂いのお水を飲ませた。

 僕も少し飲んだんだ。

 あれから、不思議な匂いのお水は飲んでない。


 少し、不思議な匂いのお水を飲んだ。

 美味しくはないけど、身体がポカポカしてきた。

 お婆さんにも飲ませよう。

 あんなに冷たくなっているから、お婆さんにも飲ませなきゃ。


 僕は、お婆さんの所へ戻った。

 お婆さんは、まだ寝てる。


 起きてよ…起きてよ…

 僕が呼んでも、お婆さんは起きてこない。

 しかたないから…

 もう少し、一緒に眠ろう。

 僕はポカポカだから、お婆さんにポカポカを分けれるかな?


 お婆さんは冷たい…

 今日のお婆さんは冷たい…


 早く起きて、不思議な匂いのお水を飲もうよ。

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