悪役令嬢に転生したので断罪イベントで全てを終わらせます。
吉樹
悪役令嬢の最後の舞台 <上>
「ドリス・ダトリスタ。君との婚約を破棄する」
学園の卒業パーティの最中、爆弾発言をしたのは、金髪碧眼の絶世の美男子。
この国の第一王位継承者である、シオン第一王子である。
そんな彼の傍には、彼に守られるように弱々しい態度の見目麗しい令嬢が。
庶民上がりの子爵令嬢──アナリア。
いかにも「守ってあげたくなる!」ような子猫のような怯えた眼差しで
卒業パーティの穏やかだった賑わいが、一転して緊張を孕んだものへと変わる中、私は小さく息を吐く。
私の名は、ドリス・ダトリスタ。
ダトリスタ公爵家の一人娘であり、父が宰相であることから、この国では王族の次に力を持つ貴族とされている。
そんな国の二大勢力の跡取りが婚姻関係にあるのは、ひとえに、ただの政略結婚。要は、国の力を盤石なものにしたいという、大人たちの勝手な都合である。
だからシオン王子とは幼い子供の頃から許嫁とされてきている関係であり、それゆえに私たちの間にはこれといった恋愛感情もなく、国の安泰の為に結婚するといった程度の感情しかなかったのだが……
「確かに僕たちの間に恋愛感情はなかった。すべては国の為の結婚だ。僕もそれを理解していたからこそ、君との結婚は仕方ないものだと思っていた」
王子は傍にいるアナリア嬢を優しく抱き留める。
「だが、アナリアと出会ったことで僕は真実の愛を知った。彼女は純真無垢でいて、本当に僕を心から愛してくれた。だから僕も……。そんな僕がアナリアと懇意にあることが気に喰わないのか知らないが、君が彼女に行って来た悪行の数々は、あまりにも目に余る」
王子の取り巻きのひとりから手渡されたのは、1枚の紙片。
「これには、アナリアから聞いた君から受けた悪行の数々を記している。君には、国母たる資格はない。この場で読み上げて、この場にいる全員にも君が行った恥ずべき行為を聞いてもらおう」
王子の態度は完全に私を”悪”だと決めつけており、王子の取り巻きたちも私をゴミ虫でも見るような蔑んだ目で見下して来る。
そんな彼らに守られるように小さく震えているアナリア嬢は、誰にも気づかれないよう(私には気づかれたが)薄っすらと口元に笑みを。
「○月×日。君は学園の庭園にいたアナリアを池に突き落したそうだな」
王子は淡々とした口調で私が仕出かしたであろう悪行を述べていき、それを遠巻きで聞いていた野次馬たちが息を吐き、次第に私を見る目が変わっていく。
王子が語る内容の”私”は、二言目には「庶民風情が!」とアナリア嬢を侮蔑していたらしい。
……まったく記憶にないけれど。
興味本位だった小さなざわめきが、私をよってたかって断罪していく雰囲気に。
「まあ、ひどい」
「最低ですわね」
「なんてお可哀想なアナリア様なのでしょう」
「幻滅致しましたわ、ドリス様」
口々に呟き、悪意の視線が私に突き刺さってくる。
「うう……地獄でした……っ」
まるで当時を思い出したかのようにアナリア嬢が震えて口元を抑える仕草など、何も知らない人間が見たら、そっくりそのまま信じ込んでしまうことだろう。
「──以上だ。こうして読み上げてみても、胸糞が悪くなるな」
王子の立場としては口汚いことを呟いた彼は、侮蔑の視線を私に向けてきた。
「何か申し開きはあるか? ドリス・ダトリスタ公爵令嬢」
あえて正式に呼んできたのは、私に自分の立場をわからせるためなのだろう。
それに対して私は……
この場にいる自分以外が全て敵という状況にも拘わらず、内心でガッツポーズをとっていたりする。
(良かった……! 日時が全部同じだ! これなら──
自分以外が敵しかいない現状なれど、私には取るに足らない状況だった。
──なぜならば。
逆転の一手は、すでに事前に用意していたからである。
※ ※ ※
ドリス・ダトリスタ公爵令嬢。
それが、いまの私の名であり身分。
そして”前世”の私の名は、田中美沙。
普通の家庭で育った、普通のOLに過ぎなかった……
──そう。俗に言う転生である。
前世の私は交通事故によって死んだのだ。
しかも、これまたありきたりというかなんというか。
この世界は生前、自分がプレイしていた乙女ゲームの世界であり、私はヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢とかふざけた転生先だったわけである。
なぜに転生先が悪役令嬢? ヒロインじゃないの?
そんな考えが脳裏によぎるのは当たり前だろう。
誰だって、破滅ルートしかない悪役令嬢になんてなりたいわけがないのだから。
もしかして……と思う事があるとするならば。
「この悪役令嬢ってバッカだなぁ……立ち回りが下手くそすぎ。もっとうまいやり方あるじゃん。私だったら──」
なんてことを呟いた記憶があるけれど……
まさか、それだけで悪役令嬢に転生させられたなんて、ふざけた話である。
とまあ、不満はあれども、いつまでもグチグチ考えているわけにもいかず。
悪役令嬢ドリス・ダトリスタ公爵令嬢として生き残る術を考える。
もちろんながら、バレないような嫌がらせをするつもりなんてない。
私をあっさり捨てるような
ならば、どうするか。
国外追放を前提として動き、生活スキルを身に着けるか。
断罪イベントまでにヒロインと仲良くなるか。
ヒロインを他の婚約者とくっつけるか。
ちなみに、いま私が迎えているのは、シオン王子ルート。
まあ、どのルートを選んでも糾弾者が変わるだけであり、内容自体はほとんど変わらないのだが。
この辺りは制作者たちの手抜き加減が伺えるが、まあそんなことは今はどうでもいいんだけども。
私が選択した手段は──ちゃぶ台返しだった。
断罪イベントをひっくり返し、その場で全てを終わらせることである。
要するに「ざまぁ!」展開。
生活スキルを身に着けるのはいいとして、なんで自分を破滅に追いやる腹黒ヒロインと仲良くならなくちゃいけないのか、しかもそんな奴の恋路をなんで応援しなきゃならんのかという話だ。
だから私は、腹黒ヒロインだけじゃなく、私を簡単に捨てたシオン王子もが、報復対象だったのである。
どのみち、もう私には貴族社会で生きていくことが出来なくなるのだから、だったら報復対象も道連れにしてやろうというわけだ。
(私を踏み台にしての王宮での何不自由ない生活なんて……絶対にさせるか!)
拳を握りしめ、固く決意するのだった。
………
……
…
──さて、以上を踏まえた上で。
そろそろ反撃のお時間である。
※ ※ ※
「わたくしがアナリア嬢に嫌がらせを
「なんだと!? 馬鹿を言うな!!」
余裕を持った私の笑みが気に喰わなかったのか、初めて王子が声を荒げた。
周囲も私の発言に騒然としており、震えるアナリア嬢もが目の色を変えたのは、王子の態度に驚いたのか、あるいは……
「確固たる証拠がございますわ」
悠然とポケットから取り出したのは、小さな手帳。
この日の為だけに用意してきたものである。
向こうが提示した、私が仕出かしたであろう悪行の日時や時間など、忘れるわけもなかった。
ハマってたゲームなので、全ルートを網羅していたからだ。
そしてこの断罪イベントでは、いつも同じ内容のやり取りなので、もう見飽きていたりする。
とはいえ、断罪イベント前に悪役令嬢である私がゲームと違う動きをしているので、もしかしたら変わっているのでは、という危惧もあったのだが……
どうやら杞憂だったようである。
(さすがに、あっちがねつ造する日時とか時間なんて、知りようがないもんね)
そう。アナリア嬢が受けたであろう私からの嫌がらせは、その全てがでっちあげ、つまりねつ造だったのである。
それはそうだろう。
私は、彼女に対して何もしてこなかったのだから。
尚且つ、とにかく人前での彼女からの接近には警戒を払った。
嫌がらせをしてこない私に業を煮やした彼女が、私を陥れる為に演技をしてくる可能性があったからだ。
だから二人きりになることは決してなかったし、どうしてもその必要がある場合は、必ず第三者を交えていたものである。
そして念には念を入れて、取り巻きを作ることもしなかった。
だから私の学園生活はほとんどが独りきりという寂しいものになってしまったが、これにより私の名を借りての彼女への嫌がらせも防げるのだから、仕方のない代償といえるだろう。
(まあそのせいで、周りから『孤高の令嬢』と呼ばれることになったけどね……)
とはいえ、アナリア嬢が本当に純真無垢な令嬢だったならば、私のやってきたことは全て無駄であり、断罪イベントも起こりえなかったのだが……
断罪イベントは、ねつ造でもって開始されたわけで。
これがゲーム世界の強制力というものなのかもしれないが。
私の中では、彼女が腹黒ヒロインであると確信した瞬間でもあった。
だから私は、何の気兼ねなく、彼女を──彼女たち、を
「まず……○月×日。わたくしがアナリア嬢を池に突き落したとされているその時間、わたくしは急用があり、”陛下”と会談を行っておりました」
突然降ってわいた国家最高権力者の名前に、その場の空気が一気にざわつく。
「そんな馬鹿な! その時間は、学生はまだ学園内にいるはずだ!」
愕然とする王子の態度からは、私を嵌めようとしている気配はなかった。
だとすると、このねつ造はアナリア嬢の独断ということになるのだろう。
彼女に惚れて盲目となっている王子は、下調べという簡単なことすらしなかったのだろう。
……救いようのないアホである。
幼少期はそれでも王子の事を少しでも好きになろうと努力したけれど……その努力が実らなくて本当に良かったと今なら言える。
私が行いを変えればもしかしたら未来が変わるかもと一時期期待したのだけども、結局は王子が私を見向きもしなかったので、その努力は頓挫することに。
(あの頃から殿下は、私を見てなかったっけ)
婚約者といっても、所詮はただの政略結婚の道具としか、私を見てくれなかったのである。
どんなに頑張っても、歩み寄っても、彼は私を認めてはくれなかった……
だから私はこの王子に見切りをつけ、断罪イベントを回避する為に全力を注いできたというわけだ。
「緊急を要することでしたので。きちんと学園から許可はもらっております。まさか殿下、
「それは……っ」
先程までの威勢はどこへいったのか、王子はしどろもどろに。
「あ、アナリア嬢が、嘘を吐くわけがない……」
どこまでもオメデタイ王子である。
というか……私は、王子の取り巻きをジロリと睨みつけた。
(ひとりくらい、証言の裏を取ろうっていう気の利いた奴はいないわけ?)
取りき巻き全員もが、アナリア嬢の虜ということなのだろう。
しかしながら、私のそんな冷めた眼差しを受けたからか、取り巻きたちが慌てながら主張してきた。
「た、たまたまだろう! そう、たまたまだ!」
「そ、そうとも! きっとアナリア嬢が勘違いしたのだろう!」
「そうに決まっている! ほ、ほかの証言についてのアリバイはどうなんだ!?」
揃いも揃ってアホばかりな面々を前に、私は嘆息を隠す。
(他のアリバイって……他のが崩れたら、自分たちの勝ちだとでも思ってるわけ? 他のが崩れようが、陛下とのアリバイは絶対だろうに……)
すでに、私がこの場の勝利者であることをまだ理解できていないらしい。
根拠もなく粋がる男たちに守られているアナリア嬢は理解したようで、ガタガタと震えて青ざめる姿など、本当に愛らしい愛玩動物のようである。
男共が守りたくなる気持ちがわからないでもないけれど……
「この場にいらっしゃる何名かの方々が、わたくしのアリバイを
ざわつきながら遠巻きで様子を伺う野次馬達へと、余裕のある瞳で語り掛ける。
自分は関係ないと観戦者になっていた
真っ先に国のトップ──国王陛下の名を出したことにより、彼らが嘘をつけない状況に追い込んだ甲斐があったというものである。
だからこそ、その日その時間、陛下となんとしてでもアリバイを造らなければならなかったので、あの時は本当に苦労したものだった。
王子の婚約者という立場がなければ、まず不可能だったことだろう。
謁見理由に関しては、事前に長い時間をかけて用意したものなので、陛下に不審がられることはなかったが。
とにかく私は、その日の陛下との謁見に全てを懸けたのである。
なにせ、反撃の狼煙──最初に出す名前が陛下でなければインパクトを与えることはできないし、それに続く私の潔白を証明してくれる証言者たちが、王子に睨まれたくないと忖度して嘘を吐く恐れがあったからだ。
陛下と王子、天秤にかければどちらに付いたほうが得かなど言うまでもなく。
しかも場の流れが私に傾きつつある以上、彼らが嘘を吐いてまで王子に味方する理由がないのである。
「◆月▽日、お昼休みですわね。確かわたくしがアナリア嬢のお弁当を地面に叩き落としたとか。ですけれど、その時間わたしくは、ミゲール様、貴女と急ぎの生徒会の仕事をしていましたわよね?」
「え……ええ、そうですわ。はっきりと覚えていますわ」
私に話しを振られた生徒会長であるミゲール・ウォータリア男爵令嬢は、こくこくと頷いてきた。
「提出がその日の下校時間までの書類に急に不備が見つかりまして。慌てていたところを、副会長のドリス様にお手伝いして頂いたのですわ。おかげで提出もギリギリ間に合いまして、あの時は本当に助かりましたわ」
「いえいえ。困った時はお互い様ですもの」
まあ、それも私の差し金なのだけども。
副生徒会長の肩書きを利用しての、アリバイ工作。
その不備も本当はもっと早くに気付いていたけれど、生徒会長を利用するために直前まで放置していたものである。
「次に、▲月○日ですわね? 確かその時は、ランゴース様と──」
その後も私は、証言者たちから言質を取っていく。
次々と証言を覆されていくアナリア嬢と、確固たるアリバイを証明していく私。
まあ、そもそもがアナリア嬢の証言には無理があったのだ。
ねつ造だから仕方ないのだが、とにかく彼女の証言では私と彼女は二人きりの状況であり、他の誰も──第三者がいないのである。
私が知っているゲームのシナリオ通りなら、私が取り巻きを率いて嫌がらせをしていたはずのイベントの数々。
無理やりそれを再現しようとするから、こういうボロが出てしまうのだ。
ゲーム世界の強制力の底見たり、というやつだろうか。
次第に青ざめていくアナリア嬢を庇う王子の顔色も、かなり悪くなっていた。
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な! そんなものヤラセだ! でっち上げに決まってる! 三文芝居もいい加減にしないか!! ドリス! 君はそうまでしてアリアナを貶めたいのか!? どこまで卑劣なんだ!!」
「殿下。それは、さすがに不敬かと」
ぴしゃりと言い放った私に、息巻いた王子が眉根を寄せる。
「なんだと?」
「私の潔白を証明してくださる方々の中には、”陛下”もいらっしゃるのですよ」
「──っ──」
王子ばかりか、取り巻きたちもが顔色をあからさまに変える。
そんな中、悲痛な声音で叫ぶ者がいた。
──当事者であるアナリア子爵令嬢である。
「わ、わたしは! わたしは、嘘は吐いていません! ぜんぶ本当なんです! ドリス様が私に嫌がらせの数々を……っ」
まさに悲劇のヒロインたる声と態度だった。
もし私とのやり取りがなければ、この場にいる者たちはコロッと騙されていたことだろう。それだけの”熱演”だったのだ。
とはいえ、もはや白々しいとしか言えなかったが。
いつの間にか、彼女に向けられていた周囲からの同情の視線は、冷たく冷ややかなものへと変わっていた。
そのことにすら気付かないのか。
あるいは気付かない振りをしているのか、アナリア嬢が切実に叫んでくる。
「皆さま! どうか騙されないでください! すべてはドリス様の策略なのです! 庶民上がりの私がシオン様を取ったから、気に入らないのですわ! だから私を貶めようと──」
すでに詰んでしまったというのに、まだ諦めない姿勢のアナリア嬢に、私は内心で思わず感嘆してしまう。
(その頑張りは認めるけどさ……あなたは、頑張り方を間違えたのよ)
ここで情けをかけてやる義理もないので、トドメを刺してやること。
「シオン殿下」
アナリア嬢の言葉を最後まで聞くことなく私は、毅然とした態度と声で、私を捨てた王子へと視線を向ける。
その彼は、困惑と当惑の表情を張り付けていた。
このような展開になるとは、思ってもいなかったのだろう。
私を華麗に断罪した後、皆が集うこの場にて、晴れてアナリア嬢との婚約を発表する頭だったことが予想に難くない。
「な、なんだ……っ?」
よほど動揺しているのか声が裏返っており、せっかくの美男子が台無しである。
まあ、今更そのことを指摘する気もないのだが。
「わたくしとの婚約破棄の件、承りましたわ」
「……な、に?」
「それが、殿下のお望みなのでしょう?」
「あ、い、いや……」
「わたくしがいつまでもここに居ては殿下にとっても不愉快でしょうから、邪魔者であるわたくしは、失礼させて頂きますわ」
「ちょっ、待っ──」
何か言いかける王子の言葉を聞くこともなく、私は完璧令嬢を演じて優雅にお辞儀をする。
「ご機嫌よう」
にっこりと淑女の笑みを浮かべ、颯爽と踵を返すのだった──
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