第691話

 イベントの招待状が届いてからあっと言う間に数カ月が過ぎて、特にコレと言って危ない事も面倒な事も起こらないまま梅雨が終わりミューズに向かう日を迎える事になった俺達は本格的に到来した夏の暑さを感じながら早朝の大広場に集まっていた。


「……あー……なーんか急に行きたくなくなってきたなぁ……」


「はい?いきなりどうしたんですか?」


「いや、だってさぁ……ここしばらくマジで心穏やかな日々を楽しんでたってのに、自分でその平和な時間を壊しに行くのかと思うと……」


「はぁ、おじさんは心配性ですねぇ。そんなに後ろ向きな考えをしなくても良いじゃないですか。私達はこれから素敵な場所に向かうんですよ?」


「ふふっ、マホの言う通りだよ。それに旅費も掛からなくて泊まる所はミューズでも有名と名高い豪華な宿屋、むしろここで行かない方が後悔するんじゃないかな?」


「うん、九条さんは私達と一緒に旅行したくないの?」


「そ、そうは言ってねぇけど……」


「だったら覚悟を決めて下さい!今回の旅行、久しぶりに私達だけでするんですから色々な思い出をいっぱい作りましょうよ!ね、おじさん。」


「……そうだな。悪かった、行く前から変な事を言って。」


「いえいえ、分かってくれれば良いんです。」


 満足そうに頷きながら暑さをしのぐ為に買ってきたキンキンに冷やされた飲み物に口を付けたマホを見ていた俺は、ここまでの話の流れを変えようと思ってこれからの予定を改めて確認してみる事にした。


「えっと、王都で2泊してからミューズの街に行くんだったよな?」


「うん、二日続けての長距離移動は体力的に厳しいからね。」


「暑い日が続いてますからねぇ。馬車の中は温度管理がされているので過ごしやすいですけど、一歩外に出たら汗を掻いて大変ですもん。」


「あぁ、だから俺はここしばらく家の外には出なかったぜ!」


「威張って言う事じゃありませんよ。ソフィさんがクエストに行きたいって言っても駄々をこねて本当に外出しませんでしたもんね。」


「……本屋には行ってた……」


「うぐっ……そんな目で見るなって……つーかその件については謝っただろ?それにミューズではイベントの開催日になるまではクエストに付き合ってやるんだからさ、それで勘弁してくれよ。」


「……約束。」


「おう、約束だ。」


 ぶっちゃけた話おっさんの体力が何処まで持つのか分からないが、ソフィの機嫌が直るならそれもまた必要な犠牲という事で……


 何て事を考えながら親指をグッと立てていたら、出発時刻がもうすぐだという事を知らせるベルの音が周囲に鳴り響き出した。


「あっ、時間みたいですね!皆さん、行きましょうか!」


「あぁ、それにしても旅費が貰えるってのはマジで助かるよな。おかげで一番豪華な馬車を貸し切りで乗れる訳だし。」


「ふふっ、それなら実家の馬車でも良かったと思うんだけどね。」


「いやいや、流石に私用でお前ん所の馬車を借りるって訳にはいかんだろ……っと、お喋りしてる暇はなさそうだな。皆、忘れ物はないな?それじゃあ行くぞ。」


「はーい!」


 それぞれの荷物を持って予約をした馬車に向かって歩きながら、俺は心の中でこの旅行が無事に終わる事を静かに祈るのだった。

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