第606話

「ふぅ……スッキリしたぁ……」


 賞金に目がくらんで迂闊な行動を取ってしまった事から始まったイベントの話題を陽が暮れるまで振り返り続けた後、宿屋に帰る前にトイレを貸して貰った俺は洗った手を拭きながら皆が待っているリビングに向かって広々とした廊下を歩いていた。


「……九条さん。」


「ん?あれ、ルバートさんじゃないですか……どうしたんです、そんな顔して?」


「……すみません、実は九条さんに幾つかご質問させて頂きたい事がありまして……今、お時間は大丈夫ですか?」


「はぁ……まぁ、大丈夫っちゃ大丈夫ですけど……」


 背後から不意に声を掛けてきたルバートさんが何故か神妙な顔付きをしていたので戸惑いながらもそう返事をすると、今度はスッと距離を縮めて来て……?


「それではお尋ねさせて頂きますが……九条さんはその……イリスさんとは……どこまでの仲になっているのでしょうか?」


「…………………………はい?」


「で、ですから!て、手を繋いだだけとか……キスはもう済ませてしまったのか……とか……はたまた、既にその先まで進んでしまっているのか……とか……!」


「ちょ、ちょちょっ!ちょっと待って下さいルバートさん!貴方はいきなり何を言い出しているんですか?!も、もしかして冗談か何かですか?」


「じょ、冗談でこんな質問はしません!そ、それでどうなんですか?イリスさんとはどこまでの関係に……!」


「い、いやいやいや!ルバートさん!俺達は男同士ですよ!?どこまでの関係も何もありませんから!つーか、マジでどうしたんですか?!シッカリして下さい!」


「っ!す、すみません!そうですね……九条さんはその、普通に女性を好きな男性という事で良いんですよね?」


「あ、当たり前じゃないですか!つーか、どうしてそこを疑ったんですか……!と、とりあえず場所を移しましょう……こんな話をしている所を誰かに聞かれでもしたら俺の今後が危なくなりますから……!」


「わ、分かりました。それでは私の仕事部屋へ……」


 いきなり突拍子もない質問をぶちかましてきたルバートさんに冷や汗を掻かされた俺は、申し訳なさそうな表情を浮かべた彼に近くあった部屋の中に通された。


「はぁ………それで、どうしてあんな質問をしてきたんですか?」


「……すみません。どうしても気になってしまったのもので……九条さんとイリスの仲がどこまで進んでいるのか……」


「そ、それは分かりましたけど……普通に考えたら、そういった思考にはならないと思うんですが……もしかして、アシェンさんの影響ですか?」


「え、えぇ……彼女の生み出す作品の為にイラストを描くのが私の仕事なんですが、その時にどうしても内容を読む必要がありまして……それにイリスさんも九条さんの事を運命の方と何度も言っていましたから……」


「な、なるほど……それで本当の所はどうなのかって確かめようとしたんですか。」


「……はい……」


 いやはや、まさかルバートさんにそういった疑惑を持たれちまうとは……コレってもしかしてアレか?ウチの息子に手を出したら……的な?だとしたら、更なる誤解をされる前にきちんと説明しとかないとな。


「あの、ルバートさん。安心して下さい。俺達の関係は、その……貴方が思っている様なものでは決してありませんから!」


「……分かりました。九条さんの言葉を信じます。それと、改めて申し訳ありませんでした。いきなり変な事をお尋ねしてしまって……」


「い、いえいえ!息子さんを心配する気持ちは……子供はいませんけど、少しぐらい理解出来るつもりですので!あ、あはは……そ、それじゃあ戻りましょうか!帰りが遅くなってもアレなんで!」


 俺達の間に流れている気まずい空気を何とか払拭しようと無理やり明るい雰囲気を出そうと頑張っていると、ルバートさんが真剣な眼差しでこっちを見つめてきた?


「……九条さん、1つだけよろしいでしょうか。」


「は、はい?どうかしましたか?」


「……この先、どんな事が起きるかは分かりませんが……もし、もしもイリスさんの気持ちと向き合う時が来たら……その時は、嘘も偽りも無く、真正面からぶつかってあげて下さい……お願いします。」


「っ……はい、約束します。」


 深々と頭を下げてそんな事を頼んできたルバートさんと向き合ってお辞儀を返した俺は、何とも言えない感情を抱えながら皆と一緒に宿屋へと帰って行くのだった。

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