第473話

「すみません皆さん、わざわざ後片付けを手伝ってもらったりして……」


「いえ、自分達の意志でやっている事なんで気にしないで下さい。それよりも2人は他の部員と一緒に帰らなくて良かったのか?」


 家庭科室にやって来てから数十分後、色々な意味で痛くなった試練をどうにか乗り越える事に成功した俺は窓に当たる雨を見つめながら洗い終わった食器類を片付けているエルアとイリスの方に視線を送ってみた。


「はい、これぐらいの雨でしたら大丈夫です。それに、例えモンスターに襲われたとしても返り討ちにするから問題ありません!」


「ふふっ、どうやらしばらく会わなかった間に可愛らしさと共に頼もしさも成長していたみたいだね。」


「へっ!あっ、いや……頼もしさはともかく可愛らしさは……その……あうぅ……」


「エルア先輩、顔が真っ赤ですよ。」


「イ、イリス……そうやってからかってこないでくれるかな!?」


「うふふ、どうもすみません。」


(……あの2人、何だかんだ言いながら仲が良いみたいですね。)


(あぁ……この調子でさっきの勝負の事なんて忘れてくれたら良いんだけどなぁ……)


(いやぁ、それは無理じゃないですか?ご主人様がどっちのクッキーも美味しいから優勝はエルアとイリス!……なんて優柔不断は判定をしてしまいましたからね。)


(ぐふっ……そ、そう言われても俺にはどっちかを選ぶなんて無理だっての……!)


(はぁ……何だか浮気を問い詰められたダメな人みたいな台詞ですね。)


(ふふっ、後ろから刺されない様に気を付けてね。)


(その時は助けてあげない。)


(……そもそも彼女が居ねぇから浮気も何もねぇわ……!)


 頭の中の会話で精神力を削られまくっていたせいで注意力が散漫になっていたら、不意に視界の端に何かが動くのが見えたので意識を戻してみる……とぉっ!?


「うふふふ……九条さん、こうして雨を見ていると思い出しますね……僕達が初めてお互いをハッキリと認識しあった時の事を……ふぅ……」


「ひぅっ!?み、耳に息を吹きかけてくるんじゃねぇよ!つーか、皆が見ている目の前でどうして腕を組んでくるんだよ!?は、離れろ……っ!」


「もう、恥ずかしがらなくても良いじゃないですか。僕と九条さんの仲、しっかりと皆さんに見てもらいましょう。」


「イ、イリス!九条さんが迷惑がっているじゃないか!すぐに離れるんだ!」


「そ、そうですよイリスさん!学園内でそんな……!ダメですよ!それに九条さんもえっと……いけません!」


「あ、あの……!どう見たって俺は何もしていませんよね!?ロイド、ソフィ!頼むからイリスを引き剥がしてくぬぅん!」


「九条さん、雨が降っているせいか少し寒くありませんか?ほら、僕の体温をもっと感じてくれても良いんですよ。」


「だっはっ!イリス!お前どうしたんだよ!?何か様子がおかしくないか!?」


「すみません……しばらくぶりに九条さんに会えたと思ったら……気持ちがどんどん溢れて来てしまって……あぁ……!」


「ひ、ひぃっ!?」


「イ、イリス!九条さんに……!くっ、力が強くて離れない……!」


「ふふっ、恋する乙女の力は凄まじいね。だけど……これ以上は流石に見過ごす事は出来ないかな。ソフィ。」


「うん、任せて。」


「あっ、えっと!わ、私も協力します!」


 メチャクチャ暴走しまくっているイリスを何とか引っぺがしてもらった俺は、荒くなった呼吸を整えると大きくため息を零すのだった。


「悪い、助かった……」


「ふふっ、どういたしまして。」


「イリス、九条さんに謝罪。」


「うふふ、申し訳ありませんでした。でも、おかげで九条さんを補充出来ましたのでもう大丈夫ですよ。」


「お、俺を補充ってどういうこっちゃ……いや、知りたい訳じゃ無いから別に教えてくれなくても良い!そ、それよりも!片付けが終わったし俺達もそろそろ帰るか!」


「あっ、そうですね。さっきよりも雨が弱くなってきたみたいですし。」


「よしっ、それでは……っと、エルア。オレットを迎えに行った方が良いかな?」


「あぁ、オレットならもう帰ったと思いますよ。」


「えっ、そうなのか?」


「はい。オレットは学園外でも色々と活動しているみたいで、やる事が終わればすぐ王都に戻るんですよ。」


「……なるほど。」


 そう言えばミアと一緒に幽霊屋敷の騒動に巻き込まれたあの時も、オレットさんは1人で行動してたっけな……


「皆さん、私は職員室に戻りますのでここでお別れですね。それではまた明日お会い致しましょう。さようなら。」


「あぁ、はい。さようなら。」


 ルゥナさんと別れの挨拶を交わして家庭科室を後にした俺達は、さっきよりも人が少なくなった廊下を歩いて1階のロビーに戻って来ると学園を出て行くのだった。

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