第364話

「うおおおおおおおっ!!!」


 恥も外聞もかなぐり捨てて叫び声をあげながら移動速度を上げる為にありったけの魔力を込めた風を全身に纏った次の瞬間、地面を勢いよく蹴り飛ばしてガドルさんに突っ込んで行った俺はブレードを彼の胴体目掛けて振り下ろした……だがっ!


「ははっ、素晴らしい一撃ですが……私に届かせるにはまだまだですね。」


「っ!?」


 その場で微動だにしないまま右手に持ってたショートブレードで攻撃を防ぎ切ってニコっと微笑みかけてきたガドルさんの瞳の奥にゾッとする様な恐怖を感じた俺は、反射的に後ろに飛び下がって行くと左手を前に出して無数の魔方陣を出現させた!


 俺はそこから鋭い形状をした細長い氷の塊を幾つも射出してガドルさんを貫こうとしたんだが、それとほぼ同時ぐらいの速度でガドルさんが真正面に同等数の魔方陣を展開してそこから寸分違わず同じ形状の氷を撃ち出してきやがった!?


 あまりの対応の早さに驚きながら後ろに倒れない様に踏ん張りながら地面を滑っていると、ガドルさんの撃ってきた氷が俺が出現させた氷を木っ端みじんに砕き散らしながらこっちに向かって飛んできやがった!


「くっ!」


 咄嗟に左方向に前転する様にしてその氷をギリギリの所で何とかかわした俺は、勢いそのままに立ち上がると次の魔法が放たれる前にガドルさんに向かって走り始めた!


 そして今度は下から斬り上げる様にしてブレードを振ったんだがソレもあっさりと防がれてしまったが、俺はそんな事はお構いなしで連続して斬り掛かっていった!


「ハァッ!」


「なるほど、そうきましたか……ですがっ!」


「がはっ?!」


 ガドルさんに体勢を崩す様にしてブレードを弾かれてしまい体が前のめりになってしまったその瞬間、腹部に凄まじい蹴りを食らってしまい強烈な痛みが襲い掛かってきたと頭の中で認識した時にはもう俺の体は後方に向かって吹っ飛んでいた……!


 全身から冷や汗がドッと湧き出るのを実感しながら無様に地面を転がる事になった直前、ブレードを手放さない様に持ち手を強く握りしめながら空きになってる左手で地面を叩きつける様にして触れた俺はその場所に新しく魔方陣を出現させた!


 そこに石のトゲを無数に生み出してガドルさんに向かわせた俺は、呼吸もまともに出来ない状態のまま四つん這いになる様にして体勢を立て直すともう一度だけ地面を叩いてすぐさま彼を石壁で取り囲んだ!


 その瞬間に片膝をついて左手かざした俺はガドルさんの頭上に魔方陣を展開して、彼が逃げ出す前にソコから鋭い氷の塊を射出して足元から出現させた石のトゲと共に貫いてやった!………何て言うのは、俺の甘すぎる幻想だった。


「逃げ場を奪ってから攻撃を仕掛けるのは見事ですが……」


「なっ!?ぐはっ?!」


「あの程度の魔法、私なら簡単に抜け出せますよ。」


 真横に人の気配を感じて瞬発的に右腕で顔をガードした直後、そこに衝撃が走って俺は再び地面を転がりながら吹き飛ばされていた……!


「うっ……げほっ!げほっ!……はぁ……はぁ……!」


 ヤ、ヤベェな……戦闘が始まってまだ数分ぐらいしか経ってないのに……授かった特典のせいで嫌でも理解しちまったじゃねぇか……!


「九条さん、聡明な貴方なら既に気が付いていますよね。」


「はぁ……はぁ……ぐっ!」


「この先、貴方がどれだけ全力を出してあがいたとしても……私には絶対に敵わないという事を。」


 ……クソッ……そんなの、言われなくても分かってるよ……!俺とアンタの間には経験値10倍ブースト程度じゃ絶対に埋められないぐらいの絶望的な実力の差が存在しているってのは……!だが、例えそうだとしてもだ……!


「お、俺は……ソフィの迷いを断ち切る為にここに立ってるんだ……」


「えぇ、分かっていますよ。だから先ほども申し上げた様に、早く敗北を認めて」


「やる訳にはいかないんですよ……!」


 ガドルさんの言葉を遮り両手でブレードの持ち手を握り締めながら痛みをこらえる為に歯を食いしばった俺は、無理やりにでも笑顔を作ってやった。


「……どういう事ですか?」


「ハッ、そのままの意味に決まってるじゃないですか……ソフィが俺達と貴方達との間でどうしたら良いのか迷ってるって言うんなら……俺がやるべき事はただ1つ……アイツを……こっち側に引き戻します……絶対に、貴方の思う通りにはさせない!」


 ソフィを自分の思想通りの存在に仕上げる為だけに連れて行こうとするんなら……どんな相手だろうと一歩だって引く訳にはいかねぇんだよ!


「ははっ、九条さんの意気込みはよく分かりました……それならば、此方としても一切の手加減は無しでいかせてもらいますね。」


「ぐっ!がはっ!」


 笑みを消してショートブレードの剣先をこっちたガドルさんがそう宣言した直後に攻撃を仕掛けようと一歩前に踏み出そうとした瞬間、目の前にいきなりガドルさんが現れて俺は驚くよりも先に全身に強い衝撃を食らって吹き飛ばされていた!?


 そして痛みにあえぐ暇も無いまま今度は腹部に何かがぶち当たる痛みを感じながら空中に投げ出され、地面に体を打ち付ける事になっていて……!


「ぐふっ!?」


 視界が光に満ちて明るくなったと思ったら……全身を硬い物で殴られた様な痛みに襲われて………意識が……朦朧もうろうとしていると………背中にも……凄い衝撃が………


「がっ………はっ………」


「どうですか九条さん、まだ諦めてくれませんか?」


 ………地面に叩きつけられたと………分かった時には………もう……痛みの感覚が分からなくて………ガドルさんの声も……はんきょうしていて……どこ…から………


「ふむ、これはもう決着が………おや、まだ立ってきますか。それなりに痛めつけてあげたはずなんですけどね。」


「………こ、この程度の攻撃で……へばる訳には……いかないんでね………」


 たった数回……そのはずなのに……何処が痛いのか分からないぐらいで……正直に言えば泣きたいぐらいだけど……まだ、諦める訳には……!


「ははっ、凄い執念ですね。それなら……」


「ぐふっ!がっ、あ、あああああああああ!!!!」


「私の前に立った事を……後悔させてあげますよ。」


 一瞬にして間合いを詰めて来たガドルさんに圧縮された風の塊みたいな物を腹部に押し当てられて受け身も取れないまま会場を囲う半透明に壁に叩きつけられた直後、右肩を貫かれた様な痛みが襲い掛かってきた!?!?!!!


 明滅を繰り返す意識を何とか保ちながら目を開けてみると、そこには俺の使ってたブレードを握り締めながら俺を見上げているガドルさんの姿がっ……!?


「ぐうううううっ!あっ!がっ!」


「いかがですか九条さん、これ以上の痛みを味わいたくなければ……………ソフィ、試合中に会場に近づいて来るなんて一体どういうつもりだい。」


「な……にっ……?」


 冷や汗を大量に流し全身から血の気が引いていくのを感じ取りながら……肩に突き刺さっているブレードの刃を握り締めていると………ガドルさんがそんな事をいったので……顔だけ後ろの方に向けてみると…………そこには…………


「ぱぱ……!もう止めて……!それ以上、九条さんを傷つけないで……!」


 初めて見る様な……そんな表情を浮かべながら……必死にそう告げるソフィが……その直後……前方から大きなため息が……聞こえてきて………


「はぁ……ソフィ、君は本当に弱くなってしまったんだね。」


「っ!」


 心底呆れた……そんな感情が読み取れるぐらいの冷たい声で……ガドルさんにそう告げられたソフィは……一瞬にして萎縮してしまい………


「昔の君だったら、どんな試合も冷静に見ていたはずだ。それなのに……やっぱり、仲間なんて持つべきでは無かったね。うん、これは鍛え直しがいがありそうだ。」


「な……何を……言ってるの……?」


「心配しなくても大丈夫だよソフィ。この街を去った後、必ず昔の様な孤高の存在に戻してあげるからね。」


「こ……んのぉ……がああああああ!!!!!!」


「九条さん!ぱぱ、止めて!お願い!これ以上はもう……!」


「ははっ、残念だけどそれは出来ないな。この試合の決着方法は、どちらかが敗北を宣言するか斬られて地に伏すかの2択だからね。九条さんがこうして意識を失わない以上、彼が負けを認めるしか残っていないんだよ。」


「ぱぱ……!九条さん……負けを認めて……!じゃないと……!」


「わ、悪いが……それは……出来ないなっ……ぐうううああああ!!!!」


「く、九条さん!ぱぱ……!どうしてこんな酷い事を……!」


「どうしてって、そんなのソフィの為に決まっているじゃないか。もう一度……君が最強を目指す道を歩き出せる様に、孤高の存在となれる様に……ね。」


「わ、私はそんな事は望んでない……!ぱぱの勝手な理想を押し付けないで……!」


「ふむ……それならば、どうして彼らを捨てて私達の所に来たんだい?」


「そ、それ……は………」


「おや、答えられないのかい?……それならば黙って客席に戻るんだ。私はこれからソフィを王者の座から引きずり下ろした挙句にその心を弱くした張本人にその責任を取らせないといけないからね。」


「ふぅ……ふぅ……ぐっ!」


 肩を襲う痛みと……刃を握り締めている両手を襲う痛みのせいで……呼吸が出来ず視界がぼんやりとしてきて…………?


「……ない……」


「……ソフィ、何か言ったかい?」


「………私の心は………弱くなんかなってない……!」


「……どうしてそんな事が言えるんだい?仲間に頼る事を覚えて、自分の背中を護る事すら忘れてしまった君が。」


「それは弱くなった訳じゃない……!九条さんに……皆に背中を預けられるって……そう思って……誰かを信じられる様になったから……!1人で戦っていける事が……強いって訳じゃない……!」


「ふむ……それならば、先ほどした質問の答えをもらおうか。どうして彼らの仲間を辞めて、私達と共に来る事を選んだのか。」


「……怖かったの。」


「怖かった?それはどう言う意味だい。」


「……私……ぱぱとままの言い付けをずっと守ってきた……だから……2人に我儘を言ったら嫌われると思った……でも、そんな事はもうどうでも良い……!これ以上、九条さんを傷つけるなら……例え……ぱぱでも許さない!」


 決意に満ちた瞳でガドルさんを睨みつける様にしてそう叫んだソフィの声を聞いた俺は……!


「うっ、おおおおおああああああああっ!!!!!!!!」


「っ!?くっ!」


 ブレードの持ち手を握り締めているガドルさんの両手を捕まえると、絶叫にも似た雄叫びをあげて自分の肩口に刃を突き刺しながら前方に突っ込んで行った!


 そして体内に残っていた魔力を全力で振り絞って創り出した暴風を右足にまとうと、これまでのお返しとばかりに腹部を蹴り飛ばしてガドルさんを吹き飛ばしてやった!


「はぁ……はぁ……う、ぐあああああああああ!!!!」


 地面に落ちる様に着地した俺は、肩に突き刺さっているブレードの持ち手を左手でガシッと掴むと歯を食いしばりながらソレを引き抜いたっ!


「く、九条さん……!」


「っふぅ……ふぅ………はは……お前のそんな顔……初めて見るよ……」


 半透明の壁にもたれ掛かりながら振り返った俺の視界には、ほとんど泣いていると言っても過言じゃないぐらいの表情を浮かべながらこっちを見ているソフィが……


「うぅ……九条さん………」


「大丈夫……大丈夫だから………今は……そこで見守っていてくれ………」


 そう言ってソフィに微笑みかけた俺は辛うじて動かせる左手だけでブレードを握り締めると、いつの間にか笑みを取り戻していたガドルさんと向かい合った。


「いやぁ、あんな手段で反撃をしてくるとは思いもしませんでしたよ……九条さん、貴方をそんなにも突き動かしているものは何なんですか?」


「そんなの……決まってるじゃないですか……俺が、そうしたいからですよ……」


「……ほう……」


「ソフィは……俺達にとって大切な仲間です……だから………コイツを傷つける奴を前にして……一歩たりとも引く訳にはいかないんですよ……例え……その相手が……実の父親だろうがな……!」


 剣先を向けて睨みつけながらそう告げると……ガドルさんは何故か初めて出会った時の様な穏やかな笑みを浮かべてこっちを見てきて……


「…………あぁ……本当に……ソフィと出会ったのが……貴方達で良かった。」


「何……ですって……?」


「九条さん、これからも………」


「………えっ?」


「ソフィの事を……よろしくお願いしますね。」


 ガドルさんの姿が消えてすぐ近くから声が聞こえてきて左肩を軽くと叩かれた……そう思った瞬間………俺の意識は………深い闇の中へ……落ちて行くのだった………

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