第356話

 闘技場で愚かしくもギャンブルなんぞに手を出してしまってから1時間後……俺は眼下で行われている試合には目もくれずに目の前にある手すりにもたれ掛かりながら財布を持って大きなため息を零すのだった……


「うぅ……こうもあっさり全財産を失っちまうなんて……ギャンブルって怖い……」


 しょ、勝率の高い方に賭けたはずなのにそいつ等が大どんでん返しの末に全敗するなんて誰が予想する事が出来るんだよ……


 負けた分を取り返す為に同額、更に同額を上乗せして賭け続けたせいでそれなりにあった金がすっからかんって……やべぇ……今月どうやって過ごそう……


「九条さん、財布を片手に何を落ち込んでいるんですか?」


「へっ?……あっ、ガドルさん!?ど、どうしてこんな所に……?」


「ははっ、ソフィとサラさんが女子会に行ってしまって1人で過ごす事になったので闘技場に遊びに来たんですよ。そう言う九条さんも私と目的は同じみたいですが……どうやら悲惨な結果に終わってしまったみたいですね。」


「ははは……その通りで……ガドルさんはどんな感じですか?そちらも同じく?」


「いえそれが、幸運な事に全勝させてもらっています。」


「えぇ!?そ、それは凄いですね……って言うかそれ、勝率が低いと予想されている選手の方に賭け続けていたって事なんじゃ……」


「はい、そうですよ。勝負の行方は誰にも予想する事なんて出来ない……だからこそ私は、自分の直感を信じてみたんです。そうしたら、運良く勝ち続けられました。」


「おぉ……王者であり続けている人の言葉は説得力が違いますね……俺が同じ台詞をあいつ等の前で吐いたら絶対にバカにされますよ……」


「あははっ、そんな事は無いと思いますよ。ソフィも含めて、九条さんのお仲間達は貴方を慕っていると思いますからね。」


「それは……どうなんでしょうかねぇ……」


 こうして朝のやり取りを思い返してみても……慕われるだなんてとてもじゃないが思えないんだよなぁ……俺の大人としての威厳、何処に家出しちまったんだよぉ……頼むから帰って来てくれぇ……ついでに財布の中身も返ってきてくれぇ……


「って、そんな願いが叶う訳もないか……はははっ……はぁ……」


「九条さん、ため息ばかり零していると気分が沈んでしまいますよ。」


「それはそうなんですが……コレがこうも軽くなってしまうと………」


「ははっ、確かにそうなってしまうと仕方ないかもしれませんね。」


「分かってくれて助かります……あーマジでどうすっかなぁ……次の小遣い日がくるまでにはまだまだ時間があるし……」


「……九条さん、この後にお時間はありますか?」


「えっ?あぁ、まぁ大丈夫ですけど……一体どうしたんですか?」


「もしよければ、試合を全て見終わった後に私とクエストに行きませんか?」


「ク、クエストですか?」


「はい。昨日は九条さんとご一緒に戦えませんでしたので、いかがですか?」


「えっと、お誘いは嬉しいんですが……その……」


「おや、どうしたんですか?」


 ガドルさんにそう尋ねられた直後、周囲の人達にかき消される様にして俺の腹からぐぅ~という音が響いてしまい……


「あはは……すみません……」


「ははっ、そう言えばそろそろお昼時でしたね。」


「えぇ……だから一度、家に戻らないといけないてですね……外で食べる金がご覧の通り無くなってしまったので……」


「大丈夫ですよ九条さん、お昼ぐらい奢りますから。」


「いやいや!流石にそこまで甘えさせて頂く訳には!」


「昨日、街を案内して下さったお礼とでも思ってください。」


「あぁ、いや………本当に良いんですか?」


「勿論ですよ。さぁ、そうと決まれば試合を見届けるとしましょう。コレが終われば次は現王者との戦いが見られますからね。」


「……ありがとうございます。」


 こうして偶戦にも再会を果たしたガドルさんと試合を最後まで見届ける事になった俺は、何とも言えないえにしを感じながら昼飯までの一時を過ごすのだった。

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