第357話

「……九条さん、お怪我はありませんか?」


「だ、大丈夫です……ガドルさんは……心配する必要なんて無いですよね……」


 ガドルさんの正体を知った斡旋所のお姉さんから森の奥で群れとなっている凶暴なモンスター達を討伐してきてくれませんかと依頼されてしまった俺達は、その頼みを引き受けてさっきまで戦闘を行っていた訳なんだが……


「まぁ、この程度のモンスターなら若い頃に幾度となく戦ってきましたから。」


「あはは……俺なんて1、2匹を相手にするのやっとだったのに流石ですね……」


「いえいえ、褒められる様な事ではありませんよ。」


「そんな風に謙遜しなくても……ってそう言えば、このモンスター達は一体どこからやって来たんでしょうかね?生息地はこの辺りじゃないはずなんですけど……」


「うーん、私はこの辺りの事には詳しくないので憶測になりますが……恐らくですがこのモンスター達の生息地で何かが起き、そこから逃げざるを得なかったのではないかと思います。」


「逃げざるを得なかったって……その原因は何なんでしょうか……」


「それは詳しく調査をしてみないと何とも……とりあえず私達に出来る事はここまでなので、そろそろ納品作業に取り掛かりましょうか。」


「……えぇ、分かりました。」


 こんな所で思い悩んでいたってしょうがねぇか……厄介事って言うのは、こっちがどれだけ嫌がったって勝手に転がり込んで来るもんだからな……


 そんな風に考えつつ作業を始めてから数分後、周囲に倒れているモンスターの姿が無いのを確認した俺は振り返って少し離れた場所に居るガドルさんに声を……


「九条さん、貴方にお答え頂きたい事があります。」


「は……えっ?」


 振り向いた先に居たガドルさんはさっきまでの笑みを無くしていて……どういう訳なのか知らないが……あの視線は……敵意……?


「九条さん、どうして貴方はソフィを王者の座から引きずり下ろしたのですか?」


「あっ、えっと……質問の意味がよく……」


「偶然、たまたま知り合ったばかりの少女の頼みをどうして聞く事にしたんですか?その理由は?魂胆は?」


「いや、そんなに深い意味がある訳じゃ……って言うか、どうしたんですか?何で、急にそんな事を……」


「なるほど……深い考えがある訳でもない、その場の勢いで適当に安請け合いをして闘技場に参加……そしてソフィを倒した訳ですか………そうですか……」


「っ?!」


 ちょ、ちょっと待ってくれよ……どうしてそんな侮蔑が入り混じった感じの視線で見られなくちゃいけねぇんだ……!?


「今日、貴方とこうしてクエストに来て分かりました。」


「な、何をですか……」


「九条さん、そして貴方のお仲間達はソフィと一緒にいるべきではありません。」


「………は?」


 ニコッと爽やかな笑みを浮かべて……この人は……いきなり何を言ってるんだ……俺達が……ソフィと一緒に居るべきじゃない?


「昨日、久しぶりにソフィと一緒に戦って驚きました。レベル、ステータス、戦闘、そのどれもが昔と比べて強くなっていましたが……アレではダメです。正直、失望をしたと言っても過言ではありません。」


「は、はぁ?!し、失望って……それはどういう意味ですか!?」


 ガドルさんの豹変ぶりに驚きを隠せないままそう尋ねると、彼はヤレヤレといった感じでため息を零しながらこっちをジッと見つめてきた。


「……九条さん、私はあの子を孤高の存在とするべく育ててきたんですよ。その為に強くなる為の術を色々と教え込んできました。それなのに、今のあの子ときたら……仲間という幻想に甘えているせいで、強さに対する探究心が失われつつあります。」


「そ、そんな事はありませんよ!現にソフィは」


「あるんですよ、残念ながらね……昨日の戦闘においてもそうです。昔のあの子なら必死になって私に勝とうとしていました……ですが、心の何処かに甘えがあるせいで本気になろうともせず……えぇ、本当にガッカリしましたよ。」


 これ見よがしにため息を吐き出したガドルさんに段々とイライラして来た俺は……ギリっと歯を食いしばってその感情を押さえながら彼に問いかける。


「……それじゃあ、貴方はこう言いたい訳ですか?ソフィが強さに対して必死にならなくなったのは、俺達のせいだと……」


「はい、ご理解して頂けたのなら何よりです。」


 あー……ヤバいな……コイツの人をバカにしたような笑みを見ていたら思いっきりぶん殴りたくなってきたぞ……!


「……それじゃあどうしますか?ここで俺を殺しますか?幸いにも凶暴なモンスターって言い訳が成り立つ要因もありますからね。」


「いえいえ、それではダメなんです。ソフィが自ら皆さんの元を離れたいと思わなくては……ですので……」


「なっ!?」


「覚悟……しておいて下さいね。」


 さっきまで目の前に居たはずのガドルさんの声が急に耳元で聞こえてきて反射的に振り返ったんだが……


「……ちきしょう……何だってんだよ……」


 何処にもガドルさんの姿は無く……俺は心をグチャグチャに搔き乱されたままで、しばらくその場で動く事が出来なかった……

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