第276話

 村を出発してから数時間後、見覚えのある景色が窓の外に見える様になってきたと思っていたら運転席側の小さな窓がコンコンと叩かれて静かに開かれた。


「皆様、もうそろそろトリアルにご到着を致します。九条様達は正門の前でお降りになるという事でよろしかってですよね?」


「あ、はい。」


「九条さん、ご自宅までお送りしても構いませんが本当によろしいんですか?」


「えぇ、実はバカンスに行く前に冷蔵庫を空にしてしまったので市場に寄って行って晩御飯の材料を買ってかないといけないですよ。」


「なるほど、そういう事でしたら分かりました……では正門前まで頼んだぞ。」


「はい、かしこまりました。」


 落ち着いた声で返事をしてくれた御者さんが静かに窓を閉めてからしばらくして、俺達を乗せて走っていた馬車は夕日に染まっているトリアルの正門の前でゆっくりと停車をするのだった。


「それではエリオさん、カレンさん、改めてになりますけど俺達をバカンスに誘って下さって本当にありがとうございました。」


「いえいえ、こちらこそ楽しい思い出をありがとうございます。またいずれ、機会がありましたらご一緒に旅行をしましょう。」


「はい、その時は是非お願いします。」


「うふふ、今からその時を迎えるのが楽しみですね。」


「母さん、それは流石に気が早いと思うよ。まぁ、私も同じ気持ちだけどね。」


「勿論、私も一緒です!」


「次の機会を楽しみに待ってる。」


「はっはっは、その時はわしもついて行くからな!」


「分かってるよ……それではエリオさん、カレンさん、本当にお世話りなりました。それとレミ、2人に迷惑かけない様に気を付けるんだぞ。」


「これ!子供じゃないんじゃから言われんでも分かっておるわ!それより九条、今度お主の家に遊びに行くからそのつもりでな!」


「はいはい、その時は事前に手紙でも送って教えてくれよ。お前が食べる飯の食材を買っておく必要があるからな。」


「うむ、覚えておればそうさせてもらおう!」


 ……小さな胸を張って自信満々に微笑んでいるレミを見て苦笑いを浮かべた俺は、改めて別れの挨拶をしてから皆と馬車を降りて大きく伸びをした後に預けてた荷物を取りに行くのだった。


 その後は待ってくれていた2つの家族と少しだけ話をして彼らが乗っていた馬車が街中に去って行くのを見送って、俺達は久々に晩飯の買い出しに向かうのだった。


 それからしばらくして大量の食材の入った袋を抱えながら家に帰るまでの道を皆と一緒に歩いていたんだが……


「はぁ………なんだかなぁ………」


「おや、どうしたんだい九条さん?」


「何と言うかさ、こうやって晩飯に何を作ろうかって考えながら家に向かっているとバカンスが本当に終わっちまったんだなって……」


「もう、しっかりして下さいよおじさん!ほら、もうお家が見えてきましたから!」


「ふふっ、久しぶりの我が家だね。」


「あーあー……明日は掃除をして、旅行で使った着替えを洗濯して、当番だから飯も用意して……そうだ、集めた素材についても報告しねぇと………いや、それは明後日でも別に良いか………とりあえず明日は旅行の後片付けで忙しくなりそうだな。」


「まぁまぁ、私達も一緒にやるんですから頑張りましょうよ!」


「……クエストはいつから行く?」


「……4,5日ぐらい経ってからだな。クアウォートで嫌って言うぐらい受けたからしばらくは斡旋所も見たくねぇわ。」


「おやおや、それでは私がクエストに付き合おう。勿論、家の事をすべて終えた後になるけどね。」


「うん、分かった。すぐに終わらせてみせる。」


 ……両手をグッと握り締めてやる気を出してるソフィを横目に見ながら家の前までやって来た俺は、ポーチから鍵を取り出して扉の鍵穴に差し込みガチャッと開いた。


「あっ、ちょっと待って下さいおじさん!」


「ん?どうしたんだ。」


「折角こうして帰って来たんですから、皆で一緒に挨拶をしましょうよ!」


「……挨拶って、なんの?」


「そんなの帰って来た時に言う挨拶に決まってるじゃないですか!」


「……なるほどね、確かにその挨拶は大切だ。」


「……ここで言うのは2週間ぶり。」


「……そう言う事か。まぁ、別に反対する理由もねぇから良いけどさ。」


「えへへ、それじゃあ扉を開けて下さい!」


「はいよ。」


 満面の笑みを浮かべているマホに言われた通りに扉を開いた俺は、大きく息を吸い込むと皆と揃って久しぶりの挨拶をするのだった。


「ただいまです!」


「ふふっ、ただいま。」


「ただいま。」


「……ただいま。」


 その言葉を口から出した瞬間に俺は自然と口角が上がって肩の力がふっと抜けて、日常に戻って来たんだって事を心の底から実感するのだった。

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