第230話

 誰にも見つからない様に気を付けながら何とか宿屋の裏まで戻って来る事が出来た俺は、窓の状態が抜け出して来た時と変わってない事に一安心をしていた。


「ふぅ……どうやら俺が抜け出した事はまだバレてないみたいですね。」


「僕の部屋の寝室の明かりも点いてないから大丈夫かな。」


「俺の所も問題なさそうだぜ!」


「私の部屋の同じです。」


「そうですか……それなら、後は気付かれない様に部屋に戻るだけですね。」


「………そう言えば、九条さんはどうやって部屋に戻るおつもりなんですか?」


「あっ、九条さんはあの窓から抜け出してきたんだもんな。マジでどうすんだ?」


「………まぁ、それとは逆の方法を使って戻るしかないでしょうね。」


 3階まで飛び上がって窓枠に掴まって静かに部屋に侵入して…………あぁもう!!あの部屋に寝室があったら俺も普通に扉を使って抜けだしたのに、そうじゃねぇから窓を使うしかなかったじゃねぇか!ちくしょう!


「えっと……九条さん、もしあれでしたら僕達が宿屋の主人にお願いして部屋の鍵を開けてもらう様にお願いしましょうか?」


「………いや、扉の鍵を開ける時にデカい音が鳴るんで止めておきます。そのせいで抜け出した事がバレて怒られるのは絶対に嫌ですから。」


「そ、そうですか……」


「……って言うか、皆さんはどうやって部屋を抜け出して来たんですか?最上階の窓は全て閉まっていますよね?」


「あぁ、私達は普通に部屋の扉を通ってここまで来たんですよ。」


「えっ、そうなんですか?」


「俺達が使っている階の部屋は寝室が別にあってな!注意して鍵を開ければ寝室まで音が届かねぇんだよ!」


「な、なるほど。」


 良いなぁ!俺もそんな部屋だったら戻る時にこんな苦労をしなくて済んだのに……いやいや、バカンスに同行させて貰ってる身分でそんな文句を言える訳がないだろ!


 頭を振って浮かんできた考えを振り払った俺は少しだけ開いてる窓を見上げながら静かに覚悟を決めると、こっちを見ている皆さんと目を合わせた。


「じゃあ、今日はここで解散という事で………」


「ちょっと待った九条さん!その前に伝えておかなきゃいけない事があるんだよ!」


「は……え?な、何ですか?」


「ほら、さっき言っただろ?リリアを九条さんに任せられるかどうかって話だ!」


「あ、あぁ……野盗と戦う前にそんな事を言われましたね。」


 ぶっちゃけ言われるまで忘れてたな………でもしょうがないって!だってさっきの戦闘、目の前にいる人達の実力がマジでヤバかったからな!!


 襲い掛かる攻撃の全てを殴り飛ばしていたディオスさんに、それを見て動揺してる野盗を魔法で一気に拘束して気絶させたファーレスさん……そして全体の状況を把握して的確に指示を出すエリオさん。


 これが長年の友情が築き上げたコンビネーションなのかって本当に驚いたもんだ!まぁ、それに敵わないと判断した野盗達は俺に向かって一斉に襲い掛かってきたって訳なんだけどもさ………あの時ばかりは野盗を少しだけ応援しちまったよ!もう少し頑張って強敵に挑む根性を見せてみろってな!!


「おっ、思い出してくれたみたいだな!よぉし、それじゃあ早速結果を発表するぞ!どぅるるる………」


 小声でドラムロールを鳴らし始めたディオスさんからそっと目を逸らし困った様に笑っているファーレスさんと穏やかに微笑んでいるエリオさんを見た俺は、少しだけ緊張しながら何を言われても………まぁダメだろうなと思いながら心の準備をした。


 ……それからしばらくしてドラムロールの音が段々小さくなって来たと思ったら、目をカッと見開いたディオスさんと視線が交わった。


「九条さん…………リリアの事、任せたぜ!」


「……………え?」


「おいおい!そこは、え?じゃなくて、はい!って気持ちよく返事をしてくれよ!」


「は、はい!」


「うんうん、それで良いんだ!」


 ……思ってたのとは正反対の答えを与えられて思わず戸惑っていると、ファーレスさんがこっちに歩いて来てニコっと微笑みかけてきた。


「九条さん、僕からもライルを任せるかどうかの結果を教えるね。」


「え、あ、はい。」


 顔を少しだけ下に向けてそっと目を閉じたファーレスさんは、その直後にニコっと微笑むと俺の右手を強く掴んで握手をしてきた。


「九条さん、僕の分までしっかり彼女の事を護ってあげてね。」


「………は、はい!分かりました!」


 父親2人から大事な娘さんを任せると告げられ本気で驚いていると、エリオさんが近寄って来て俺の肩にポンッと手を置いてきた。


「勿論ですが、ロイドの事もお願いしますよ。」


「りょ、了解です!」


 訂正、父親3人から重大な頼まれ事をされてしまった俺は凄まじいプレッシャーを感じ少しだけ涙目になりながら返事をするのだった………ってか、これを断れるとかそんなの無理に決まってるじゃないですか!


「……さて、そうと決まればここで九条さんに怪我をさせる訳にはいきませんね。」


「うん、部屋に戻るのを失敗して娘を任せられなくなっては困るからね。」


「うしっ!それじゃあ九条さんを部屋に送り届けるとするか!」


「は、え?」


 宿屋に背を向け中腰になったディオスさんとその隣で杖を構えたファーレスさん、その反対側で空を見上げているエリオさんを見て何事かと戸惑っていると………


「九条さん、私とファーレスが魔法を使い部屋まで戻れる様にサポートをしますから準備が出来ましたらディオスの両手に乗って飛び上がって下さい。」


「あ、い、いや!そんな悪いですよ!」


「がっはっは!気にすんなっての!娘を任せるって相手を、こんな所で怪我させる訳にはいかないからな!」


「あはは、それに僕達は何度かこういう事をやっていますから安心して下さい。」


「そ、そう言われても………ってか、何度もやってるんですか?」


「はっはっは、学生だった頃の話ですよ。さぁ、準備は出来ましたか?」


 こ、これは……さっきと同じで断れる雰囲気では無いよな……あぁ、こうなったら腹をくくってやるしかねぇか………


「……分かりました。それじゃあお願いします。」


「おう、しっかりぶち上げてやるぜ!」


「窓枠に手が届く丁度の所で制止しますから、しっかりと掴んでくださいね。」


「失敗しても受け取ますから、安心して飛んで下さい。」


「はい………それじゃあ………行きます!」


 ふっと短く息を吐いてから駆け出しディオスさんが出している両手に片足を乗せてグッと力を込めた瞬間、全身が風におおわれる感覚がして俺の体は3階まで一気に飛び上がって行った!


「う、ぐっ!」


 本当に丁度の所で止まる事が出来た俺は歯を食いしばり声を押し殺しながら必死に目の前の窓枠にしがみ付くと、バクバクしてる心臓を落ち着ける為に何度も深呼吸をしてからそっと下に目を向けてみた。


 ……うわっ、マジで怖すぎなんですけど?!どうして俺はこんな高さから飛び降りたりしたんだろうね?!時々だけど自分の神経がおかしいんじゃないかと思うわ!!ってそうだ、エリオさん達は!…………おっ、手を振ってくれてる……………いや、この状況じゃ手を振り返せないんで早く部屋に戻って貰えますかね!?


「……仕方ない。申し訳ないけど一足先に戻るとするか。」


 音を立てない様に細心の注意を払いながら部屋に入った俺は、静かに窓を閉めると皆の寝息が聞こえるかどうか息を潜めて確認をしてみた。


「……どうやら、起きてる奴は居ないみたいだな。」


 その事にホッと胸を撫で下ろした俺は足音を鳴らさない様に移動してバッグを抱え上げると、そそくさと浴室に向かって行った。


「あー…………マジで心臓に悪すぎる…………」


 だけどまぁ、ここまで来れたら後は寝るだけだな……本当はシャワーを浴びて汗を流したかったんだが……そんな事をしてバレるとか流石にマヌケすぎるっての。


「明日の朝に浴びれば良いや……とりあえず、今日はもう寝たい………」


 こっちの世界に来てから夜更かしする事が少なくなったからなぁ……それに野盗と戦って疲れたし……あっ、そう言えば今日はどこで寝よう……まっ、床でも良いか。


「さてと……服も着替えたし……とっとと寝よ………」


 あくびをしながらさっきまで着てた服をバッグに仕舞った俺は、あくびをしながら浴室を出ようとした…………その瞬間、背後からガタッと物音が聞こえた気がした?


「ん、なんだ………………え?」


 何の気なしに扉の方に振り返ってみる……扉がほんの少しだけ開いていて…………そこから沢山の目がジッとこっちを見つめているのに気が付い……………………

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