第178話

「だ、だから私は星を見る為にあの森に居たの!」


「オレット先輩、そういった見え透いた嘘をつかないで下さい。どうせ先輩の事ですから私の忠告を無視してあの屋敷について調べようとしてたんですよね。」


「そ、そんな事無いもん!それにそんな事を言うミアちゃんだって、姫として人々の暮らしを護る為に独自調査をして……なんて言ったりしてさ!それこそ嘘じゃん!」


「いいえ!私の話は嘘ではありません!そうですよね、九条さん?」


「あ、えぇまぁ、そう、ですかね……」


 街までもう少しだってのに終わらない説教に巻き込まれてしまった俺は、すぐ隣でニコニコしたまま黙っているセバスさんを恨みがましい目でジッと見ていた……!


「ちょっとちょっと!九条さんに聞くのはズルいんじゃないかな!?」


「あら、何処がズルいんですか?」


「だってだって!九条さんはミアちゃんに仕えてるんだから、そんな事は無いですよなんて言う訳が無いじゃない!」


「いえ、九条さんは間違っている時は間違っていると言ってくれます。ですよね?」


「は、はぁ………」


「むぅー!!こうなったらさっき話せなかった事を今ここで喋っちゃうんだから!」


「んなっ!?オレット先輩!それは卑怯だと思いますよ!」


「卑怯なのはミアちゃんじゃない!」


「あぁもう!2人して車内で暴れるんじゃっていたたたた……!」


 小窓の向こうでジタバタしているお姫様とオレットさんを止めようと身体を捻った瞬間、全身にズキッとした痛みが走って俺はうずくまる様な体勢を取っていた。


「だ、大丈夫ですか!?やっぱりまだ傷が……すみません……」


「あぁいや、そんなに深刻そうにしなくても大丈夫ですよ。本当、不意に痛くなったからつい声に出ちゃっただけですから。」


 そう言って申し訳なさそうにな表情を浮かべている2人に声を掛けてからしばらくした後、セバスさんの運転する馬車は正門を通り過ぎて王都の中に入って行った。


「ほっほっほ、何とか警備兵の目を掻い潜る事が出来ましたね。」


「えぇ、セバスさんのおかげで。」


「いえいえ、私は何もしておりませんよ。」


「またまたご謙遜を。セバスさんが信頼されているからこそ、カーテンが閉め切ってある馬車の中を確認されずに済んだんですよ。普通なら怪しまれてもおかしくないと思います。こんな時間に王都に入って来る行商用でもない馬車なんて。」


「そうでしょうか。まぁ、お力になれたのなら何より。そう言えばオレット様、この後は馬車でご自宅までお送り致しましょうか?」


「あっ、それはダメです!うちの家族って朝が早いから、馬車で家の前まで行ったら夜中に抜け出したのがバレちゃいます!だから申し訳ないんですけど、私の案内した場所で降ろしてもらえますか?」


「はい、かしこまりました。」


 オレットさんの案内に従って運転していったセバスさんは、大通りから少し外れた人通りの少ない道の路肩に馬車を停車した。


「ありがとうございます、セバス・チャンさん!わざわざここまで送ってくれて!」


「いえいえ、どういたしまして。」


「えへへ!ミアちゃんと九条さんも色々とありがとうございました!何だか頭の中がモヤモヤしてあんまり覚えてないんですけど、私って2人に助けられたんですよね?今度、何かお礼をしますから楽しみにしていて下さい!それでは!」


 ビシッと敬礼してから馬車を降りて行ったオレットさんは、最後にニコっと笑みを浮かべてから軽い足取りで帰って行くのだった。


「……オレットさん、やっぱり屋敷での事を覚えてなかったみたいだな。」


「一応人形に襲われて捕まったって言う記憶はあるみたいだけど、悪い夢か何かだと思ってるみたいだからねぇ……まぁ、それならそれで良いんだけど。」


「……面倒な事情を説明しなくて済むからか?」


「そういう事よ。それじゃあセバス・チャン、城まで運転をお願いね。」


「はい、かしこまりました。」


 2人のやり取りをボーっとしながら眺めていると、不意にお姫様がこっちに視線を向けて来た。


「ん?なんだ?」


「いやその………えっと……ア、アンタにお礼を言ってなかったと思ってね!」


「………………は?」


「ちょっと、何よその反応は?」


「あ、その………あまりにも普段のお前からはかけ離れた言葉が聞こえげふぅ!」


「うっさい!失礼な事を言ってるんじゃないわよこのバカ!」


「ぐ、ぐふ……確かに失礼だったが………怪我人にボディーブローはねぇだろ……」


「ふんっ!手加減はしたんだから感謝しなさい!」


「な、殴られて感謝しろってのは無理があるだろうが……」


 腹をゆっくり撫でながらため息交じりにそう言うと、うっと唸ったお姫様がバツの悪そうな表情でこっちを見てきた。


「ま、まぁそうよね……ごめんなさい、急に殴ったりして……」


「い、いや……別に怒って無いからそこまで落ち込まなくても……」


「あらそう、なら良かったわ。」


「な、なぁっ?!」


 一瞬でけろっとした表情になったお姫様に思わず驚いていると、物凄いバカにした感じの顔で俺の事を見て来やがった!?


「全く、アンタってな本当に女の子に対する経験値が無いわよね。この程度の演技でころっと騙せちゃうんだから。」


「んなっ!?って事は今のは演技ってやつかよ?!」


「当たり前じゃない、私がアンタの言葉で傷つく訳が無いでしょ。」


「じゃ、じゃあお礼がどうのってのも!」


「あぁ、そっちは本当よ。」


「……へ?」


「あのね、アイツに捕まった時に私を見捨てずに助けてくれて本当にありがとうね。アンタが居なかったら私はここには居られなかった……本当に、感謝してるわ。」


 俺の手をそっと握り両手で包み込んだお姫様は……それはそれは魅力的な微笑みを浮かべてジッと見つめてきて………パッと手を離すと俺を見て鼻で笑いやがった!?


「はっ、こんなんで私に見惚れてくれるなんてアンタって本当にちょろいわね。」


「だ、誰がちょろいっててててててて!!!」


 お姫様に反論しようとした瞬間にいきなり激しい痛みに襲われて何が起こったのか分からず混乱していると……!


「やれやれ、どうやら傷薬に配合されていた痛み止めの効果が切れちゃったみたい。セバス・チャン、悪いんだけど城に戻ったら常駐している医師にコイツの治療をしてもらえるように言っといてくれる。」


「はい、勿論でございます。」


「ち、治療?」


「そうよ。応急処置はしたけど、そんだけ大怪我してるんだからちゃんとした治療をしておかないといけないでしょ。」


「そ、そうは言うけど、この後に国王陛下達に別れを挨拶をっていてててて!!」


「残念だけどそれは諦めるしかないんじゃない?まぁ後の事はこっちで上手くやっておくからアンタはしっかりと体を治しなさい。」


「い、いやでも!いっててててて!」


 俺は馬車の中で痛みに襲われながらこの後の展開がどんな風になっていくのか凄く不安になるのだった……!ってか、マジでどうすんだよおい!?

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