【完結】おっさんの異世界生活は無理がある。

第177話

　…………あれ………ここは…………俺はどうなって…………だめだ………ぼんやりして頭が上手く………働かな……い……………

「……いい加減に起きなさい！このバカ！！」

「ごぼぼぼっ！ぶはぁっ！！？」

　誰かの怒鳴り声が頭上から聞こえてきた直後に大量の水が顔面に降り注がれて無理やり意識を覚醒させられて、戸惑いと混乱に襲われながら目を覚ましてみると眼前に両手を腰にあてながらこっちを見下ろしてきているお姫様が突っ立っていて…………

「全く、アタシが呼び掛けたらすぐに起きなさいよね。」

「…………あ、はぁ………っ！いててててっ！！」

「ちょ、ちょっと大丈夫！？」

「だ、大丈夫大丈夫……意識が覚醒したら痛みに襲われただけだ……ってか、そんな心配してくれるんだったらもうちょい優しく起こして欲しかったんだが……？お前のおかげで全身びしょ濡れなんだが……」

「ふ、ふんっ！何度も起こそうとしてあげたのに眠ったままだったアンタが悪いんでしょうが。文句を言うんじゃないわよ！」

「な、なんて理不尽な………あ、あれ？」

　お姫様の言い分にガックシと肩を落としながらため息を吐いたその時、ガサガサという木々の揺れる音が聞こえてきてふっと顔を上げてみると……

「どうしたのよ。」

「あぁいや、えっと…………なぁ、どうして俺達は……屋敷の外に居るんだ？しかも遠くに朝日みたいなものも見えるんだけど……」

　視線の先でうっすら昇り始めている太陽を呆然と見つめながらそう尋ねてみると、お姫様はやれやれといった感じで肩をすくめ始めた。

「正直な所アタシにもどういう理屈か分からないけど、あのバケモノが消えた直後に目の前が真っ白になって気が付いたらここに居たのよ。」

「な、なんじゃそりゃ………えっ、それじゃあ屋敷は？」

「さぁね、ここに来た時にはもう跡形も無く消え去ってたわよ。あの人達をこの場に残したままでね。」

「は？……あっ……」

　体を捻って振り返りお姫様の視線の先を追ってみると、そこには地面に横たわっている人達が大勢居て……だけどその中には……

「なぁ、オレットさんの姿が見えないんだが………ま、まさか？！」

「縁起でもない事を考えてんじゃないわよ。オレット先輩はアンタが起きる少し前に目を覚ましたから森の外に居るセバス・チャンを呼びに行ってもらったわ。」

「あぁ、そうだったのか……はぁ、良かったぁ………って、いたたたた……」

　お姫様のその言葉を聞いて緊張感が消えたせいなのか激痛がぶり返してきた俺は、再び体を丸めて歯を食いしばりながら痛みに耐えていた！

「はぁ、しょうがないわね。ちょっとジッとしてなさい。」

「はぁ？な、何を言って………うぇ？！」

　目の前に回り込んで来たお姫様がスッとしゃがみ込んで至近距離から顔を近付けてきた事に驚いていた次の瞬間、彼女は俺の傷口に手を当てて！？

「いったぁああああああああ！！？！」

「あぁもう！暴れるんじゃないわよ！傷薬が塗れないじゃないの！」

「いやちょ、待てって！？その傷薬えらい沁みるんですけども！！」

「えらい沁みるけどそれでも効果は抜群なの！分かったら大人しくしてなさい！」

「お、大人しくって言われても！あ、あ、ああああああっ！！！」

　……それからしばらくして、お姫様から傷薬を奪い取った俺はメチャクチャ涙目になりながらそれを傷に塗り込んでその上から包帯を巻いていくのだった。

「う、うぅ………傷を負った時よりも痛い思いをした気がする……」

「はぁ、いい歳した大人がこれぐらいの事で泣くんじゃないわよ。情けないわね。」

「そんな事を言われても……痛いもんは痛いんだからしょうがないだろうが……」

　効能は確かだったらしくて少しずつではあるが痛みが引いてきた実感があるけど、拷問されてるかと思ったぐらいしんどかったんですけど……

「さてと、これで一応の応急処置は終わったわね。他に傷は？」

「な、無い無い無い無い！！！あっ、そそれよりもお前は大丈夫なのか？怪我とかはしてないのか？」

「えぇ、外傷は特に無いわよ。アイツに無理やり魔力を使われたせいで少しふらつくけど、時間が経てば回復すると思うわ。」

「そうか……なら良かった……」

　ホッと胸を撫で下ろして安堵していると、立ち上がったお姫様があっと声をあげて俺の事を見下ろしてきた。

「そう言えばアンタに聞きたい事があったんだけど、人形に操られてた私の事をどうやって助け出したのよ。」

「ん？あぁ……それはただ単純にお前を操ってた糸を斬っただけだけど……」

「いやいや、だからどうやってあの糸を斬ったのかって聞いてるの。気づいたら体が自由になっててどうやったのか全然分からないのよ。早く説明しなさい。」

「説明か……いや、そんな難しい事でも無いんだぞ？それに上手くいくかどうか俺も賭けみたいな所があったし……やった事と言えば、攻撃と攻撃の間に生まれる僅かな隙を狙ったってだけの話なんだよ。」

「隙？そんなのがあったの。」

「おう、操られていたお前には分からなかったかもしれないんだがあの悪霊はお前と人形を同時には操れなかったぽいんだよ。だから回避じゃなくて防御に徹してそこで操作が切り替わる瞬間を狙って足元にあった刃物を投げ飛ばしたんだ。」

　霊的な力の込められた物だったから下手したら当たらずにすり抜けちまう可能性もあったんだが、何とか上手くいったみたいで本当に良かったわ……アレが失敗したら俺もお姫様もゲームオーバーになってただろうからなぁ。

「……あれ？そう言えば……」

「ん、どうしたのよ。」

「あぁいや、俺ってば脇腹を思いっきり刺された気が……うわっ！やっぱり血の色で染まってやがる！……なのに、どうして傷が塞がってるんだ？」

「どうしてって、そんなのアタシが治したからに決まってるじゃない。」

「えっ、お前がか？」

「他に誰が居るって言うのよ。アンタ、あのままだったらまず間違いなく出血多量で死んでたんだから。」

「そ、そうだったのか？それは……ありがとうな、助けてくれ。」

「ふ、ふんっ！別に感謝される様なことじゃないわ！姫として私に仕えている部下の為に当然の事をしたまでよ！分かった！？」

「お、おう……分かりました……」

　なんでか知らないが怒られたっぽい事に少しだけ困惑していると、不意にガサっと草木が揺れる様な音が聞こえて来たからそっちに目を向けてみる……と………

「あ、あはは……ど、どうもー……」

「ほっほっほ、お目覚めになられたみたいでございますね。」

「ア、アンタ達……」

「な、何をしてるんですか……２人して、そんな所で………」

　茂みの中からひょこっと顔を出しているセバスさんとオレットさんと視線が合ったまま苦笑いを浮かべていると、２人は何事も無かったかの様な顔で立ち上がった。

「え、えへへ！九条さん目を覚ましたんですね！ご無事みたいで何よりです！」

「あ、あぁ……オレットさんも、どうやら無事だったみたいだな……」

「はい！おかげ様でピンピンしています！いやぁそれにしてもビックリしましたよ！目が覚めたら傷だらけの九条さんが地面に横たわっていて、ミアちゃんが大声でな」

「オ、オレット先輩！余計な事を言わない様に……！さもなければ……！」

「あ、あはははは！わ、分かった分かった！これ以上言わないからそんなに怖い顔で睨まないでよ！ね、ねっ？」

「……大声でな……な……？」

「九条さんも少しお黙ってなさいな！下手な事を言ったら後悔させますわよ！」

「……お嬢様、口調が色々とぐちゃぐちゃですよ。」

「う、うるさいですわ！」

「ほっほっほ、皆様ご元気な様子で何よりでございます。」

「あっはっは……すみません、俺は元気とは言い難いんですけども……ご覧の通り、それなりにボロボロになっていますし……」

「おっと、それは失礼を致しました。」

　普段と変わらない様子のセバスさんがお辞儀するのをため息を零しながらみていた俺は、自分の格好を改めて目にしてマズいという感情が溢れてきた！

「あっ、そうだセバスさん！すみません、この執事服なんですけど……コレって弁償とかしなきゃ……ダメ、ですよね？」

「あぁいえ、弁償はして頂かなくても大丈夫ですよ。」

「ほ、本当ですか？後で多額の請求があったりとか……」

「その様な事はございません。安心して下さいませ。」

「な、なら良かったです……はぁ……」

「ほっほっほ、馬車の中に予備の服を置いてありますのでそちらでお着替えをしてはいかがでしょうか。」

「えっ、あるんですか！？それならお言葉に甘えてもらいます……流石にこの格好のままでお城に戻る訳にもいきませんので……」

「うんうん、一体何があったのかって驚かれちゃいますもん！って、私達もそろそろ家に帰らないと！今日、学校があるんだから！」

「えぇ、そうですね。今日は学校があるんです。それなのに、オレット先輩はあんな所に居たんですよね。」

「……あ、アレ？ミアちゃん、ちょーっと顔が怖いなーって思うんだけどー……ほら笑って！」

「はい？何を言っているんですオレット先輩。私、こんなに笑顔じゃないですか。」

「う、うん……そうなんだけど、笑顔の裏になにか潜んでそうな気がして……あっ、ミアちゃん！？そんなに腕を引っ張って何処に行こうと言うのかな？！」

「馬車の所に行くだけですよ。そこで……ちょーっとだけお話があります。」

「お、お話！？やっぱり怒ってる！？でもでも、屋敷に行ったのはエルアちゃん達もだしコレって同罪になるんじゃないかな！？」

「うふふっ、残念ですが私はお姫様なので罪には問われないんですよ。」

「えぇっ！？そんなのって有り！？ちょ、ちょっと引っ張らないでってばー！」

「……行っちゃいましたね……」

「そうでございますね。さてと、私達も行くと致しましょうか。」

「は、はい……って、あの人達はどうするんですか？」

「彼らの事は警備兵の方々にお伝えしてありますので大丈夫でございますよ。それにこの周囲にはモンスターも居ませんし、森を抜けるのはすぐですからね。」

「あぁ、なるほど……分かりました、それじゃあ行きましょうか。」

　セバスさんの言う事を信じて気絶している人達をその場に残して森を抜け出た後、俺は馬車の中に入って新しい執事服に着替えていった。

　その後、お姫様の口調での説教を受けているオレットさん達が入れ替わりで馬車の中に入って行くのを見送った俺はセバスさんと一緒に運転席に移動して行き朝焼けを浴びながら街道を進んで街まで帰って行くのだった。