第175話

「ぶべらっ!!」


 扉を通り抜けた直後にお姫様が手をパッと離したせいで体勢を崩してしまった俺は勢いそのままに固い地面に倒れ込んでしまっていた……!


「全く、いい歳してそんな風に転ぶだなんて恥ずかしい奴ね。」


「だ、誰のせいでこうなったと思ってんだっつうの……」


「ふんっ、誰のせいってアンタのせい以外に何かあるの?それよりも執事服が汚れる前にさっさと立ち上がりなさい。」


「ったく、俺の心配より服の心配かよ……」


 いや別に心配してくれるんじゃないかなって期待はしてなかったけど、そういったフリぐらい見せてくれても良かったんじゃないんですかね?!仮にも心優しいお姫様って感じで普段は過ごしてるんだからさ!


 なんて心の中で愚痴を零しながら起き上がって服に付いた汚れを軽くはたき落していったその後、周囲に広がる光景を目の当たりにした俺は思わず息を呑んでその場で身体が動かなくなってしまっていた。


「へぇ、それなりに雰囲気があるじゃない。ねぇ?」


「ね、ねぇって聞かれても困るんですけど……なぁ、こうして屋敷の中も見た事だしもう満足しただろ?そろそろセバスさんの所に戻ろうぜ?きっと物凄く心配してると思うしさ……」


「残念だけど戻るのは無理よ。」


「な、なんでだよ!?ここが危険な所だってのはお前も感じてるだろ?!」


「えぇ、痛いぐらいにね。だけど後ろに振り返ってみなさい。」


「はっ?振り返ってって………えっ嘘だろ?!と、扉が消えてるじゃねぇか!」


 どうなってんだよ!?さっき入って来た扉が跡形も無く消えてるんだが!い、いやそんなバカな事があるはず……!あっ!もしかして見えなくなっただけどか……


「おいおい、冗談じゃねぇぞ!どうして壁の感触しか伝わってこねぇんだよ!?こ、ここにあった扉は一体何処に行ったんだよ!?」


「ねぇちょっと。」


「ま、待て!き、きっと何か仕掛けがあって扉は一時的に隠されただけで!」


「そんなのは後にしなさい。アタシ達、歓迎されてるわよ。」


「か、歓迎?何を言って………う、うおおおおわおおおおっ!?!??!!」


 扉があった所からバッと後ろに振り返ってみると、紅い光に照らされた沢山の人形が廊下の向こうからこっちを見てゆらゆらと浮いていやがった!し、しかも何故だか人形達の手には赤黒く錆びついた小さなノコギリやナイフが握られていてっ!?


「やれやれ、アンタって本当に情けない奴ね。ちょっと怯え過ぎじゃない?」


「アレを見て怯えるなってのが無理な話だってーの!反対に聞くけど、なんでお前はそんなに冷静で居られるんだよ!アイツ等が持ってる物が見えないのか?!」


「見えてるわよ。あの人形達が手にしている刃物は恐らく数百年前に使用されていた物でしょうね。多分だけど人を人形に加工する時に使われていた……って、どうしてアタシの前に立つのよ。邪魔なんだけど。」


「やかましい!俺だってこんな事はしたくないけど武器も防具も持ってないんだから俺が前に出るしかないだろうが!良いか、お前は後ろから魔法で支援をしてくれっ!あぁもう最悪だよちきしょう!」


 お姫様を護る為にブレードを引き抜いて廊下の奥でゆらゆら浮かんでいる人形達を睨みつけたまでは良いんだが……やっぱりメチャクチャ怖ぇ!?こういう役目をするのは俺みたいなおっさんじゃなくてお姫様を護る主人公の役目だろうが!クソッ!


 歯を食いしばって恐怖心を噛み殺していると、人形達が持っている凶器を突き出しながら次々とこっちに突っ込んで来る姿が見えて……!


「ふーん、アンタの事をちょっとだけ見直してあげるわ……だ・け・ど!」


 後ろに居たお姫様がそんな事を告げた直後、眩いぐらいの光が放たれて部屋全体が眩いばかりの光に覆われ始めた!?


 何事かと思ってバッと振り返ってみると、俺とお姫様の間に金色の魔方陣が出来ていてそこから剣の持ち手みたいな物が突き出ていた!?


「は、はっ!?それはっ!?」


「ふふっ、アンタの心意気だけは買ってあげるけど……アタシを護ろうと思うとか、生意気なのよ!!」


 持ち手を握り締めて魔法陣の中から刀身のデカいブレードを引き抜いたお姫様は、空中を斬り裂く様にして勢いよくソレを振り下ろして…………


「…………へっ?」


「……ふぅ、スッキリした!さてと、それじゃあ奥に行くとしましょうか。」


「……………い、いやいや……いやいやいや!!な、何なんだよそれは!って言うかなにアレ?!どういう仕組み!?」


「ソレとかアレとか言われても分からないわよ。ちゃんと人に伝わる様に言いなさいよね。」


「だ、だから……!その武器は一体何なんだよ!?それと人形達と廊下とぶっ壊した光の事も説明してくれ!もう色々と起こり過ぎて脳の処理が追い付かん!!」


 目の前で起こった現実離れした出来事、お姫様が振り下ろしたブレードの刀身から光の刃みたいな物が飛び出して突っ込んで来ていた人形達を跡形も無く消し飛ばしたという光景を目にした俺はそれはもうみっともなく狼狽えまくっていた!


「はぁ……オロオロしちゃって情けないわね。さっきまでの威勢はどうしたのよ。」


「あんなもん見たらオロオロするに決まってるだろうが!だってもう、マジで意味が分かんねぇからな!ってか、その武器は何なんだよ!?」


「コレは私が生まれた時にお父様が私に引き継がせてくれたブレードよ。確か正式な名前はエクスカリバーとかって感じだったと思うけど。」


「エ、エクスカリバーだって!?!」


 ソレって前の世界で流行ってたアニメとかゲームではお馴染みレベルで名前を聞くメチャクチャ有名な剣じゃねぇかよ!そんな物まで存在してんのか、この世界は!?


「それと人形達を消し飛ばしてやったあの技だけど、アレはブレードに魔力を込めて放った光の刃よ。悪しき存在を滅する力があるって言われてるらしいわ。」


「マ、マジかよ……ってか、それがあるから武器を持ってこなかったのか?」


「えぇ、これさえあれば他に武器なんていらないからね。」


「………そりゃあ……そうだろうな………」


 見せびらかす様にエクスカリバーを上下に振っているお姫様と目を合わせながら、俺はこの状況を喜べば良いのか悲しめば良いのか情けないと思えば良いのか分からずただひたすらにどうしたもんかと感情の行き場を失ってしまうのだった……


「さてと、人形の程度もどんなもんか知る事が出来たし探索を始めるわよ!」


「えっ!?」


「えっ、って何を驚いてるのよ。ここまで来て逃げ帰るなんて選択肢が存在してるとでも思ってたの?こんな風に思いっきり力を解放出来る機会なんてそうないんだから今夜は悪霊だろうと亡霊だろうと徹底的に消し飛ばしてやるんだから!」


「あっ、おいちょっと!俺を残して先に行くなっての!」


 ワクワクしているのが丸分かりの笑みを浮かべながら廊下の方に向かおうとしてるお姫様の後を急いで追いかけようとしたその時、コツンという堅い物が当たった様な感覚が足先に伝わって来て反射的に視線を下げてみると……


「……これって……」


「ちょっと!そんな所でしゃがみこんでるじゃないわよ!もしかして怖くなって腰が抜けたとかそんなんじゃないでしょうね!」


「い、いやそうじゃなくて……!ちょっとコレを見てくれ!」


 足元に転がっていた物を拾い上げて急ぎ足でお姫様の所に駆け寄って行った俺は、右手に持ったソレを目の前に差し出して見せた。


「全く、何をそんなに慌てて……えっ?コレって……もしかしてカメラ……?」


「あぁ、やっぱりそうだよな……しかもこの型って」


「ちょ、ちょっと貸しなさい!!」


 切羽詰まった様な声をあげて俺の手からカメラを奪い取ったお姫様はさっきまでの陽気さを一切無くし、真剣な面持ちでカメラを調べ始めて……


「……間違いないわ、これはカメラは、オレット先輩の物よ……!」


「マジかよ……それじゃあもしかして、オレットさんはこの屋敷の中に……?」


「……っ!」


「あっ、おい待て!」


「待てる訳ないでしょ!早くオレット先輩を助け出さないと!」


「だ、だから待てって!1人で突っ走ろうとするな!居るかどうかまだ分からないがオレットさんを助け出したい気持ちは俺も同じだ!でも、だからって手当たり次第に探してどうにかなるもんじゃないだろ!」


「それじゃあどうしろって言うのよ!?急がないとオレット先輩の身に危険が迫っているかもしれないのに!」


「……まずは屋敷の最上階を目指すぞ。」


「どうして?!」


「さっき屋敷を外から眺めてた時、最上階だけ他の階とは構造が違って見えたんだ。もしかしたら見間違えかもしれないけど、何の目的も無く屋敷の中を動き回るよりは良いんじゃないか。」


「……最上階に何も無かったら承知しないわよ。」


「おう、義務期間の延長でも何でもしてくれ。で、どうすんだ?」


「……あぁもう分かったわよ!アンタの言う事を信じて最上階を目指すわ!遅れない様にシッカリついて来なさいよ!」


「ふっ、了解しました!」


 手にしていたブレードの持ち手をグッと握り直した俺は、お姫様に引き離されない様にその後を追い掛け始めた!……その時!


「新手が前から来たわ!」


「はいよっ!」


 廊下の奥から無数に突っ込んで来る人形達にお姫様が光の斬撃を放ったその直後、俺はソレを避けて向かってきた人形達を斬り壊した!しかし……!


「チッ!次から次へとキリが無いわね!こっちに行くわよ!」


「分かった!あらよっと!」


 目の前にあった曲がり角に進んで行ったその後、すぐに魔力を込めながら壁を殴り付けた俺は人形達が追い掛けて来れない様に木製の柵を大量に作り出した!


「……ふーん、やるじゃないの。だけどそれ、この先が行き止まりだったらどうするつもりなの?」


「その時は……ソレで柵ごと人形を吹き飛ばして頂けると助かります。」


「やれやれ、そこは自分がどうにかしますって言えないの?」


「あぁ、俺にはそこまでの実力は無いんでな!」


「自信満々に言う事じゃないでしょうに……まぁ良いわ、アンタはその調子で人形の足止めを頑張んなさい!」


 その後、外観からは想像が出来ない程に広々とした迷路みたいな屋敷内を突っ走り続けた俺達は襲い掛かって来る無数とも思える人形達を壊しながら幾つもある階段を駆け上がって行った!そして……!


「はぁ……はぁ……ふぅ~……さ、流石にしんどいな……!」


「えぇ、だけど辿り着けたみたいよ。アンタの言ってた、最上階にね。」


 他の階とは違い真っすぐ伸びた長い廊下とその先にある巨大な扉に目を向けながらそう呟いたお姫様と目を合わせた俺は、荒れた呼吸を整えながら小さく頷いた。


「あの扉の奥には何が潜んでいるか分からない。もしかしたらこの屋敷の主みたいな奴が居る可能性もある……オレットさんと一緒にな。」


「……それはアンタの勘?それとも冒険者としての経験則?」


「そのどっちもだ……こんな予想、外れていてほしいんだけどなぁ……メチャクチャ怖いし……」


「全く、いい歳したおっさんが情けない事を言ってるんじゃないわよ。」


「いや、それはそうなんだが………って、だから先に行くなよ!」


 深紅に染め上げられた廊下に怖気付く様子も見せずに突き進んで行くお姫様の後に続いて扉の前に辿り着いた俺は、隣に居る彼女と目を合わせてから両手を付けて扉をゆっくりと押し開いていった……!

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