第173話
「しばらくここで待機するわよ。2人共、周囲に気を配っておきなさい。」
「かしこまりました。」
「……かしこまりました。」
お姫様から手渡された武器の入ったベルト付きの鞘を背中に回しながら返事をした俺は、馬車からなるべく離れない様にしながら周囲を軽く見渡してみたんだけど……コレってどう考えても時間の無駄だよなぁ……やれやれ、早く2時半にならねぇかな
……サ……シ…
「………ん?」
「九条殿、どうかなさいましたか?」
「あぁいえ………なぁ、誰か何か言ったか?」
「は?別に何も言ってないけど。」
「そ、そうか………そうだよな……」
おかしいな……確かに人の声が聞こえた様な気がしたんだが……って、そんなはずないよな!だ、だってさ!だ、だって……そんな声が聞こえたら………それって……
……ビ……イ……
「うおおおっ!?!!?」
「ちょ、ちょっと!急に大きな声を出してどうしたのよ?ビックリするじゃない!」
「わ、悪い……何でもない……」
「何でもないってアンタ……まさか…‥」
「そ、そんなはずないだろうが!バカな事を言うんじゃない!」
「……まだ何も言ってないんだけど。」
そうだ!そんなバカな事があるはずないだろうが!これは俺のちょっとした不安な気持ちが聞かせた幻聴に決まってる!はっはっは!まったくヘタレすぎるのも困ったものだ……な………って……
「………へっ?」
馬車にもたれ掛かっていたお姫様と話していると、不意にポーチの中が軽くなった気がしてゴクリと喉を鳴らしながらゆっくりと手を入れてみた……
そうしたらさっき入れたはずの人形が忽然と消えてしまっていて……その事に驚く間もなく今度はどういう訳かお姫様の両目が大きく開かれて……
「サビシイ……カナシイ……」
………いやいや……そ、そんな事があるはずないって……そ、そうだよ……これはお姫様が俺を驚かせるために仕掛けた魔法か何かに決まってるって……よ、よーし!そうと決まったら振り返るぞぉ!3……2……1……そいやっ!
「……ワタシト……アソンデ……クレル?」
……ニッコリ、微笑みながらふわふわと空中に浮かんでいる人形と至近距離で目が合った俺は……ふっと意識が遠くなって全身の力が一気に抜けて……いき………
「……さっさと起きなさい!このバカ!」
「ぶほぁっ!?」
バチンッという破裂音と共に頬に強烈な痛みと衝撃が伝わってきて目を覚ますと、お姫様が俺の胸倉を思いっきり掴み上げていた!?
「本当にもう!この非常事態に何時までも気絶してんじゃないわよ!」
「は、はぁ?!この俺が気絶なんてする訳が無いだろうが!ちょっと眠たかったから目を閉じて仮眠してただけだから!」
「言い訳するんじゃない!って、アンタと言い争ってる暇は無いのよ!起きたんなら辺りをちゃんと見渡してみなさい!」
「は?辺りって……!な、なんじゃこりゃああああ!?!?!!!」
思わす叫び声をあげてしまっていた俺の視界に映り込んできたのは、まるで鮮血に染められてしまったかの様な風景で……
「驚くにはまだ早いわよ。ほら、あっちを見てみなさい。」
呆れているのか冷静を保とうとしているのか分からないが静かな声でお姫様が目を向けた方に視線をやってみると、真っ暗闇でしか無かった深い森の奥に異様な気配を放っている怪し気な屋敷みたいな物が…………
「あっ……」
「だから気絶しそうになってるんじゃないわよ!シャキッとしなさい!」
「ってぇ!?な、殴らなくても良いだろうが!……つーか、セバスさんは?何処にも姿が見えないけど……」
「あぁ、セバス・チャンなら屋敷を偵察してくるって森の中に入っていったわ。」
「は、はぁ?!それって大丈夫なのか?下手したら帰って来れなくなったり……」
「ほっほっほ、ご心配には及びませんよ九条殿。」
「うおっ!?セ、セバスさん!無事だったんですね!」
「はい、屋敷の外周を軽く見て回ってきただけですから。」
「そうだったんですか………それで何か分かりましたか?」
「残念ですが、詳しい事は何も。屋敷の窓から中を覗いて見ようと思ったのですが、どの部屋にも灯りが無くそれは叶いませんでした。」
「なるほど、って事は直接自分の目で確かめるしかない訳ね。」
「はい、その通りでございます。」
セバスさんの報告を聞いたお姫様は小さくため息を吐いて屋敷を見つめた後、急に振り返って俺の事を見てきた……ヤバい、この後の最悪な展開が読めるんですけど!
「アンタ、屋敷に向かうから急いで準備を」
「俺は行かないぞ!」
「……はぁ?」
「だから行かないって言ってんだよ!あんなヤバそうな屋敷に誰が行くってんだよ!って言うかセバスさんも止めるべきじゃないんですか!?明らかに危険ですって!」
「ほっほっほ。私はミアお嬢様がやりたいと思った事については全力でお手伝いするだけでございます。」
「ぐっ、セバスさんに期待した俺がバカでしたね!」
「ご期待に沿えず申し訳ございません。」
いやこの状況で笑ってられるってマジでこの人おかしいぞ!?お姫様が大事だって言うんだったら城に連れ戻してはいかがですかねぇ?!孫に激アマなお爺さんだってこんな危険な事は認めないと思うんですよ!?
「ゴチャゴチャと煩いわね。忘れてるみたいだから忠告しておくけど、アンタの奉仕義務は明日の朝まで続いてるのよ。」
「い、いやそれは……!そもそもこれは奉仕の範疇なのか?!」
「当たり前じゃない。」
「勿論でございます。」
「こ、この……!声を揃えて言いやがってぇ……!」
「どうする?このままアタシに逆らってお城に帰る?そうなったら色々と大変な事になっちゃうと思うけど……ふふっ、いかがなさいますか?」
こんな異常しかない状況の中、勝ち誇った様に笑ってるお姫様と目を合わせたまま奥歯を噛み締めていた俺は……俺は……!
「……あぁもう!分かった!覚悟を決めれば良いんだろ!?行くよ、行ってやるよ!ただしヤバいと思ったら強引にでもお前を連れて屋敷を抜け出すからな!」
「えぇ、それで良いわよ。」
「ぐぅ……!」
「それでは九条殿、ミアお嬢様の事をくれぐれもよろしくお願い致します。」
「……はい、どうなっても責任は取れませんけどね!!」
「誰もアンタに責任を取ってもらおうだなんて思ってないわよ。」
「ったく、どうしてそんなに余裕でいられるんだ……ってか、武器と防具は?まさか何にも持たずにあの屋敷に行くつもりか?」
「その事については後で説明してあげるわ。それじゃあ行くわよ。」
「あっ、おい!1人で先に行くなっての!」
「ほっほっほ、行ってらっしゃいませ。どうかお気を付けて。」
何をどう気を付けたら良いのか分からないのにそんな事を言ってきたセバスさんを一瞬だけジト目で睨んだ後、俺は魔法の光で周囲を照らしながら屋敷の方に向かって行くお姫様の後を慌てて追いかけて行くのだった。
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