第172話

「それじゃあセバス・チャン、私が着替えてる間にこの後の予定をコイツに説明しておいてね。」


「はい、かしこまりました。」


 ご丁寧に深々と頭を下げながらお姫様が馬車の中に消えて行くのを待ったその後、セバスさんは何時もと変わらない笑顔を浮かべながらこっちを見てきやがった。


「……セバスさん、貴方がここに居る理由は大体予想が付きますんでその事について聞きはしません。ただ1つだけ、この後の予定ってやつについてお尋ねしたいんですけども……」


「ほっほっほ、そのご様子では既にお気付きだと思いますので前置きは無しでお教え致します。この後、私達は例の屋敷が出現する森に向かう事になっております。」


 絶対に笑顔で言う事じゃない事をそれはもう満面の笑みを浮かべながら告げてきたセバスさんと目を合わせながらガクッと肩を落とした俺は、嫌な予感が的中した事に対して色々と文句を言ってやりたかったんだがそれよりも……


「あの、どうせ何を言った所で無駄だとは思いますけどコレから森に向かったとして屋敷が出現しなかったらどうするんですか?まさか朝まで待ち続けるなんて事をするつもりはないですよね?」


「勿論でございます。流石にその時間帯まで外出していますと、ミアお嬢様の不在が城の者達にバレてしまう可能性がございますからね。」


「ですよね……それじゃあ……」


「制限時間は2時半まで、それを過ぎたら城に戻るご予定になっております。」


「……2時半……」


 胸ポケットに入れてあった懐中時計を取り出して現在の時刻を確認してみると……よしっ!残り30分丁度って感じだな!コレなら無事に城へ帰れる……はずだ!


「お待たせ、準備出来たわよ。」


 起こされた時間が遅くここまで来るのにそれなりに掛かった事が幸いして残された時間がそんなにない事に喜びのガッツポーズをしていると、背後から馬車の扉が開く音とお姫様の声が聞こえて来たので振り返ってみると……!


 髪型をローポニテにして動きやすそうな格好に着替えたお姫様が居た……ってか、ヤバい!黒髪ロング美少女のポニーテールとか俺の好みドストライク過ぎてお姫様が超絶可愛く見える!これで性格も美人だったら完全無欠なのになんて残念


「いってぇっ!?ちょっ、どうしていきなり蹴ってきたんだよ!」


「なんか今のアンタにイラっとしたのよ!」


 ぐっ!もしかして考えが読まれたのか?!いや、そんな事あるはず無いとは思うがイラっとしたからって人様の尻を思いっきり蹴るんじゃねぇっての!……なんて直接言えない俺は完全なるヘタレですね!あぁなんて情けない!


「ミアお嬢様、落ち着いて下さいませ。ここで体力を消耗してしまっては勿体ないと思いますよ。」


「あっ、それもそうね。全く、アンタのせいで無駄に体力を使っちゃったわ!」


「お、俺のせいなのか?!」


「当たり前でしょ!それよりも急いで馬車に乗り込みなさい!早くしないと2時半になっちゃうじゃない!」


「えぇ……」


 あまりに理不尽な言いがかりに反論でもしようかなんて考えている間に、お姫様は颯爽と荷台に乗り込んで行ってしまった………


「それでは九条殿、私達は運転席に向かうと致しましょうか。」


「あぁ、はい……」


 お姫様が脱いだばっかのドレスが置かれているであろう馬車の中に足を踏み入れるのは避けたかった所だったので、俺は少しずつ増え続けている不安を押し殺しながらセバスさんと一緒に運転席の方に移動して行った。


 その後、手綱を握ったセバスさんの運転で街道を進み出した訳なんだが……うん、考えれば考える程どうしてこんな事になったんだという想いが膨れあがってきて……


 一言ぐらい胸の内にあるものを伝えても許されるんじゃないかと思って座席の方に目を向けてみると、手に持った小さな人形に真剣な眼差しを向けているお姫様の姿が小さな窓越しに見えた。


「………」


「ん?」


 ガタガタ揺れ動く車輪の音に邪魔されたせいで聞こえなかったが何かを呟いたのは見えたのでその事が気になっていると、お姫様が俺の視線に気付いたらしく訝し気な目付きをしながら小窓を開けてきた。


「なによ?」


「あぁいや、その……」


「……この人形が気になるの?」


「……まぁ、な。」


「ふーん……だったら、コレはアンタが持ってなさい。必要になると思うからね。」


「ひ、必要?どういう意味だ……?」


「後で分かるわよ。分からないかもしれないけどね。」


「はぁ?」


「今は気にしなくても良いのよ。それよりも、ほら。」


「あっ、おう……」


 押し付ける様に人形を手渡して来たお姫様はスッと窓を閉じると、そのまま座席に腰を下ろして瞳を閉じたまま動かなくなってしまった。


 そして後に残されたのは青白く輝いた巨大な満月に照らされながら西洋風の人形を抱えているおっさんで……いやはや、自分で言うのも何なんだが怪しさ満点だなぁ。


「ったく……とりあえずコレはポーチに仕舞っておくか……」


 そこまで大きくないおかげでギリギリ人形を押し込める事に成功してからしばらくした後、セバスさんが手綱を握っていた片方の手を離して後ろにある小窓を開けた。


「ミアお嬢様、九条殿、そろそろ例の森の付近に到着致します。」


「ありがとう、セバス・チャン……いよいよね。」


「……頼むから何も起きないでくれよ……」


 我ながらヤバいとは思いつつもフラグになりそうな事を小声でつぶやいていると、俺達を乗せて走っていた馬車は月明かりすら届いていない森を前にしてゆっくり停車するのだった。

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