第170話

「…………なさ……」


「………ぁ……?」


「……やく……なさい…」


「………っせぇなぁ………」


 あーもう……変な夢だなこりゃ……なんでこんな夢を見なくちゃなんねぇんだ……はぁ……無視無視……ほっときゃ聞こえなくなんだろこんな声…………


「んー……!だーかーらー……早く起きなさいって言ってんでしょうが!!」


「うわっひゃおおおおおうぅ?!」


 鼓膜がビリビリと震えたんじゃないかと錯覚するぐらいとんでもない大きさの声が聞こえて来て一瞬にして起きた瞬間、顔を横に向けてみたらっ!?


「うっさいわね、情けない叫び声をあげてんじゃないわよ。」


「なっ!んなっ!は、はああああいったっ!?!?」


 窓から差し込んで来る月明かりに照らされたお姫様の姿を目の当たりにするという現実が受け入れられず再び叫び声をあげてしまった次の瞬間、頭部をスパンっと勢いよく叩かれていた!?


「だーかーらーうるさいって言ってんでしょうが。ほら、起きたんならさっさと服を着替えなさい。」


「き、着替えなさいって……いきなり何を言ってんだお前は!?つーか、ここで何をしてんだよ?!どうやって部屋の中に!!?」


「そんなのマスターキーを使ってに決まってるでしょ。それよりも声が大きいわよ。今何時だと思っているのよ。」


「な、何時って……おいおい、夜中の1時じゃねぇか!」


「そうよ。だから今すぐ静かにしてちょうだい。そして服を着替えなさい。」


「い、いやいやいや……だからなんでまた?!」


「事情は後で説明するわ。それよりも急ぎなさい。さっさとしないと巡回が来て城を抜け出せなくなるでしょうが。」


「は、はぁ?!城を抜け出すだって!?こんな時間にか?!冗談じゃない!行くなら勝手に行ってくれよ!俺にはもう、お前に付き合う義理なんて1つもねぇからな!」


 俺はそう宣言してベッドに倒れこむと掛け布団を頭から被って寝る体制に入った!

ふんっ!どうせ夜遊びをしてみたいとか言う思春期特有の我が儘みたいなもんだろ!奉仕義務を延長されるリスクを背負ってまでそんなのに付き合ってられるかよ!


「……ふーん、そういう態度を取るんだ。まぁ、それならそれで私にも考えがあるんだけどね。」


「ハッ、どんな考えか知らんが無駄だ無駄!ほら、さっさと自分の部屋に帰れ!」


 断固たる意志をもってお姫様の誘いを拒否してからしばらくシーンと静まり返った部屋の中で大人しくしていると、急にギシッという音と共にベッドの一部が沈み込み始めた……?


「……九条さん……お願いです……お顔をみせてくれませんか?そうしてくれないと私……私………」


「っ!?」


 掛け布団越しに聞こえて来る艶やかなお姫様の声に負けて一瞬だけ顔を出しそうになった俺だったが、そんな誘惑に乗らない様にグッと奥歯を噛み締めて……!


「……巡回に来た兵に、九条さんに襲われたと言って警備に助けを求めますよ。」


「……へっ?」


 明るい声で告げられた言葉が理解出来ずに素っ頓狂な声をあげていた俺は、少しの間だけお姫様が言った事を思い出して……掛け布団を思いっきり跳ね除けた!


「ふふっ、顔を出しても良かったんですか?」


「出さない訳に行くか!あんな脅しをされて無視出来る訳ないだろ!!ってか、お前分かってるのか?そんな事をしたらそっちだってマズいんだぞ!?」


「えぇ、そんな事は重々承知していますよ。ですが、後の事なんてどうとでもなるんですよ。だって私、お姫様ですから。」


「んなっ!?お、お前……!」


「さぁ、どうぞお選び下さい。私に冤罪を掛けられて奉仕義務の延長、もしくは罪を着せられて捕まるか……それとも大人しく私と城を抜け出すか。九条さんはどっちの方が良いですか?」


 勝ち誇った様に微笑んでいるお姫様と視線を交わし続けていた俺は……俺は……!フッと笑みを零してやった……!


「ふっ、そんなんで俺を追い詰めたつもりか?」


「……なんですって?」


「あんまり大人を舐めるなよ?お前みたいな奴の言う事なんてな……」


「…………」


 眉をひそめたお姫様からの鋭い視線を受け続けたままベッドから抜け出した俺は、カッと両目を見開くと勢いよく両手両膝を床の上に付いた!


「すみません!急いで着替えるので3分だけ時間を下さい!!お願いしまぁす!!」


「……はい、それでは急いで下さいね。」


 その後、ニッコリ微笑んでいるお姫様に後ろを向いて貰ったままとりあえず廊下を歩いていても不自然とは思われないであろう執事服に着替えた俺は少しだけ泣きたい気持ちを押し殺しながら彼女と一緒に廊下に出て行くのだった。


「……それで、こんな時間に危険を冒してまで何処に行こうって言うんですか?」


「ふんっ、それぐらいアタシが言わなくても察しなさいよ。まぁ、アンタの事だからある程度の予想は付けられるんじゃないかしら?」


「……いやまぁ、こんな時間に城の外に行くって事と俺の中にある記憶を合わせると何処に行くのかは予想を付けられるんだが……その予想、叶う事なら外れて欲しいなって思ってるんですけども……」


「だったらそう願ってなさい。ほら、さっさと行くわよ。」


「……はい……」


 逆らう事など許されない展開に巻き込まれてガクッと肩を落とした俺は、間接照明だけが頼りの薄暗い廊下をお姫様と一緒に歩き始める事になるのだった……

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