第165話

「さてと、時間も無いから早速だけど本題に入らせてもらうわね。」


「お、おう……」


 城門を通って街道に出てからしばらくして、被っていたお姫様の仮面をパッと脱ぎ捨てた彼女に見つめられた俺は自然と背筋を伸ばして話を聞く体勢になっていた。


「アンタをここに呼んだ理由は1つ。学園での過ごし方について幾つか警告しておく事があったからよ。」


「……警告?」


 聞こえてきた言葉に思わず眉をひそめていると、お姫様は小さく頷いて人差し指を外から見えない位置で立てた。


「まず1つ目の警告。アンタが私に奉仕する事になった経緯はどんな事情があろうと誰かに喋る事は許されない……分かった?」


「あ、あぁ……俺も最初から言うつもりは無かったけど……でも、どうしてだ?」


「そんなの決まってるでしょ。握手を拒んで私に仕えられる事が世間に知られたら、それを実行しようとする奴が必ず現れるからよ。」


「……あぁ、なるほどね。確かにその可能性は否定出来ないか。」


「否定出来ないとかって話じゃなくて必ず現れるわ。自意識過剰って思われても仕方ないけど、私は皆から愛されてるって自覚があるの。」


 うわぁ、自信満々に言い切ったよこのお姫様……でもまぁ、実際にあの現場を思い出したらあながちあり得ない話じゃないんだよなぁ……


「分かった、俺が奉仕義務を課せられた経緯については誰にも話さないし、学園内で口にも出さない。」


「えぇ、そうしなさい。そして2つ目の警告、学園内ではこれまで以上に周囲の目を気にして行動しなさい。アンタの行動1つ1つが私の評判に直結する事になってるんだからね。もしも私の評判を落とす様な事があれば……ね?」


「わ、分かってるよ!最大限の注意を払って行動します!絶対に!」


「よろしい。じゃあ最後の警告……って言うか、これは命令ね。アンタ、休憩時間が始まったらすぐに私の所に駆け付けなさい。」


「は?駆け付けるって……セバスさんも一緒にか?」


「いいえ、アンタだけよ。セバス・チャンにはゆっくり休んでいてもらうわ。」


「えぇ……それなら俺も休みたかったんですけど……」


「……何か文句でもあるの?」


「……いや、無いっちゃ無いけどもさ……」


「だったらゴチャゴチャ言ってんじゃないわよ。セバス・チャンはただでさえ忙しいってのに、アンタの面倒を見なくちゃいけなくなって更に忙しくなってるのよ。」


「うっ!そ、そうだったのか……?」


「そうだったのよ。理解したんなら学園内ではセバス・チャンの分も動きなさい。」


「りょ、了解致しました……」


 確かにお姫様の言う通り、セバスさんには色々と迷惑を掛けてるだろうからな……仕方ない、今日は1人で頑張ってみるしかないか……


 どうにも嫌な予感がしてならないがそう言われてしまっては拒否する事も出来ないので諦めて静かにため息を零していると、運転席の方に付いていた小窓がコンコンと叩かれる音がした。


「ん、何だろう?」


「さぁね、そこを開けて何があったのか聞いてみなさい。」


 お姫様にそう指示された俺は小さく頷いた後に、運転席側にある小さな窓を開いてセバスさんに声をかけた。


「セバスさん、どうかしましたか?」


「いえ、そろそろ例の森が見えてきますので九条殿にはお知らせしておこうかと。」


「例の森って……まさか、昨日の報告に出て来た?」


「はい。進行方向の左側に見えますので、是非ご覧になってみて下さい。」


「わ、分かりました……それじゃあ、失礼します。」


 ぶっちゃけ余計なお世話です!なんて事を心の中で思いつつセバスさんにお辞儀をして窓を閉めた俺は、お姫様と一緒に窓の外に目を向けた。


 そうしたら視界の先に陽の光が全く届いてない真っ暗な森が姿を現した……ってか何だよあの森?!ホラーゲームに出て来るタイプの森じゃねぇか!絶っ対に幽霊系のモンスターが潜んでいるだろマジで怖すぎじゃね!?


「あら?九条さん、体が震えているみたいですが大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫ですよ!……って、なんでその喋り方を?」


「いえいえ、気になさらないで下さい……あれ、今そこに人影の様な物が…」


「うえぇ?!そ、そんなのがどこに?!えっ!?」


「ふふっ、どうやら見間違いの様でした。すみません。」


 ……ヤバい、厄介な相手に苦手な物がバレた可能性が!?い、いや!まだそうだと決まった訳じゃない!よ、よし!ここは大人としての余裕って物を見せてやろうじゃないか!


「ま、まったく!そんな見間違いをするなんて、ミアお嬢様って怖がりなんじゃないですかね!」


「ふふっ、そう思いますか?」


「え、えぇ!お、俺はそういうの怖くないですから!もし何かあったら頼ってくれて全然良いですよ!はっはっは!」


「……それは本当ですね?」


「はっは……は?」


「本当に……何かあったら頼っても良いんですよね?」


「は、はは……え、えぇまぁ……」


 ……え?なに?何なのこの空気?どうしてお姫様は森を見つめて黙ったの?あれ、もしかして俺、何か取り返しのつかない事を言ってしまったのか?いやいや、そんなまさか……ねぇ?


「それでは九条さん……何かあった時は、必ず頼らせて貰いますね。」


「……へ?」


「ふふっ、ふふふっ……」


 俺は王都の南東に位置する王立学園に向かう為に右折した馬車の中で遠ざかる森と不気味に微笑むお姫様の姿に若干の恐怖を感じるのだった……

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