第164話

 翌朝、時間通りに執務室にやって来ていた俺は仕事机の向こうで座っているセバスさんと向かい合う形で立っていた。


「セバスさん、おはようございます。」


「おはようございます、九条殿。昨日の疲れは取れていますでしょうか?」


「えぇまぁ、ベッドがふかふかのおかげで体調は万全です。」


「ほっほっほ、それならば良かったです。本日も何かと忙しくなると思いますので、九条殿には頑張って頂かないといけませんから。」


「ははは……ですよねぇ……」


 昨日よりは忙しくはならないだろうって話だったけど、あのお姫様の事だから油断してたら絶対に後悔する事になる……そんな気がするわ。


「九条殿、昨夜にお渡しした予定表は拝見致しましたよね。それについて何か質問があれば今の内にお答え致しますよ。」


「あぁ、お気遣いどうもありがとうございます。それじゃあ念の為に聞いておきたい事があるんですけど、学園って王立学園の事で合ってますよね?」


「はい、その通りでございます。」


「ですよね……あの、昨日も聞いたんですけど本当に大丈夫なんでしょうか?」


「ほっほっほ、ご心配になる気持ちは分かりますが……こちらを身に付けて頂ければ問題はございませんよ。」


 セバスさんはそう言って胸ポケットの中にスッと指を差し込むと、そこから金色の紋章がデカデカと描かれてる白いカードを取り出して机の上に置いた。


「こ、これは?」


「そちらは学園に入る為に必要となる許可証となります。従者として付き添う者にはそちらを持ち歩く義務がございますので、どうぞお受け取り下さい。」


「そうなんですか?ってか、何時の間にこんな物を用意していたいんですか?」


「ほっほっほ、許可証は学園側に申請をすれば幾つか予備を頂けるのです。そちらはその幾つかある内の一枚でございます。」


「な、なるほど……」


「学園に入る際、そして学園内を歩いている時にも所持を尋ねられる場合がありますので決して紛失したりしない様にお願い致します。もしも、持っていないという事になれば学園を追い出されるだけではなく最悪の場合は捕まってしまいますからね。」


「わ、分かりました!」


 要するにこの許可証が必要な時に提示出来なければ不法侵入扱いされちまうって事なんだろうな……手帳に挟んで時間が有る時は必ず確認する様にしないと……!


 そう決意した俺は目の前に置かれているカードを手に取ると、胸ポケットの中から手帳を取り出してその中に挟むと元の位置に戻していった。


「九条殿、他に何か質問はございますか?」


「他に……そう言えば、ミアお嬢様が授業を受けている間は俺達って何をしていれば良いんですか?教室内に居るって訳にはいきませんよね。」


「はい、私達は学園内で自由に動き回れませんので基本的には教室近くの待機部屋でミアお嬢様からの指示があるまで控えている事になります。」


「控えて……それはそれで大変そうですね。」


「ほっほっほ。部屋の中には多種多様な本もありますし、私達以外の使用人の方達もいらっしゃいますから退屈はしないと思いますよ。」


「そ、そうですか……」


 うーん、それはそれで何とも厄介な事になりそうな気もするんだけど……強制的に奉仕させられてるって事が知られたら変にキャラの濃い奴とか絡んできそうだし……よし、ここは学生の頃を思い出してひっそり影役に徹するとしますかね!……ね……


「九条殿、他には聞きたい事はございませんか?」


「あっ、はい。大丈夫です。」


「かしこまりました。それでは中庭に向かうと致しましょうか。」


「分かりました。」


 セバスさんと一緒に執務室を後にして1階まで降りて行った後、巨大な扉を通って城の外に出て行くと綺麗に手入れされた中庭付近にメチャクチャ高級感が漂う馬車が停車していて、そっちに向かって歩いて行った俺達の目の前に現れたのは……


「ミアお嬢様、おはようございます。」


「おはようございます、セバス・チャン。九条さんも、おはようございます。」


「お、おはようございます。」


 昨日とは違い学生らしく制服を着ているお姫様と革のカバンを持ちながら微笑んでいるメイドさんで……いや、コレは朝から刺激が強すぎませんかね!?


 黒を基調としたシンプルだが高貴な雰囲気漂う制服とか、こんなのマジでゲームの中ぐらいでしか見た事ありませんけど?!しかもソレを来ているのが中身はアレだが正真正銘の美少女って……!


「あら、どうかしましたか九条さん。私の制服姿がそんなに珍しいでしょうか?」


「へっ?!あ、いや!し、失礼しました!」


 ぐうっ!自分の意思とは関係なく見惚れちまってたせいでお姫様とセバスさんだけじゃなくてメイドさんにまで笑われちまった……!は、恥ずかしい!


「ふふっ、九条さんの面白い反応も見れましたしそろそろ出発しましょうか。」


「かしこまりました。ミアお嬢様、足元にお気をつけてお乗り下さいませ。」


「えぇ、どうもありがとう……九条さんもこちらにどうぞ。」


「……え?」


 メイドさんからカバンを受け取ってからセバスさんが開けた扉を通って馬車に乗り込んでいったお姫様は静かに座席に腰を下ろすと、車窓から顔を出して不意にそんな事を言ってきた。


「九条さんには学園に着くまでの間に少々お話しておきたい事がありますので。」


「あ、はぁ……いや、良いんですか?」


「勿論、私がお誘いしているのですから。むしろ何の問題が?」


「そ、そう言われると困るんですけど……分かりました。」


 言われるがまま馬車の中に足を踏み入れてお姫様の座っている席とは反対側に腰を下ろして行くと、外に居たセバスさんが運転席に移動して行った。


「それでは行って参ります。城内の事、よろしくお願い致しますね。」


「かしこまりました。皆様、どうかお気を付けて行ってらっしゃいませ。」


 深々とお辞儀をしてるメイドさんに見送られながらゆっくりと走り出した馬車は、王立学園を目指して街道を進み始めるのだった。

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