第166話

「ミアお嬢様、九条殿、学園前に到着致しました。」


 沢山の木々が並び立つ真っすぐ伸びた街道の途中に馬車を停車させ運転席を降りて来たセバスさんに扉を開けてもらいながらそう報告された俺は、お姫様より先に外に出ると周囲の景色をゆっくりと見渡してみた。


「……アレが王立学園か……」


 お姫様と同じスタイルの学生服を着た美少年と美少女達、そんな彼らが向かう先に目を向けてみるとそこには厳重に警備された鉄の門とその奥にそびえ立つバカでかい校舎が存在していた。


 流石は異世界の学園というか何と言うか……マジでこっちの世界の建造物はどれもこれもスケールがおかし過ぎないか?こんな光景、前の世界じゃ絶対にお目に掛かれないっての……


「九条さん、校舎の方をぼんやりと眺めたりしてどうかなさいましたか?」


 現実離れした景色に圧倒されて思わず絶句していると、馬車を降りてきたお姫様が俺の肩をトントンと叩いてから不思議そうに小首を傾げた。


「あ、すみません……ちょっとあまりの迫力に驚いてしまって……」


「ふふっ、そうだったんですか。お気持ち、よく分かりますよ。私も初めてこちらに訪れた時に九条さんと同じ様な反応をしてしまいましたから。」


「ほっほっほ、無理もございません。」


 優しく微笑みながら賛同してくれたお姫様とセバスさんに若干戸惑いながら上着の襟を直した俺は、気合を入れ直す為に短く息を吐き出した。


「それではセバス・チャン、九条さん、後者に向かうと致しましょうか。」


「かしこまりました。」


「か、かしこまりました……!」


 優雅に微笑みながら歩き始めたお姫様の後に続いて後者の方に向かって歩き始めた俺だったんだが……ヤバい、この光景は色々な意味でかなり辛すぎるぞ!?


 学生服を着てる美男美女が青春真っただ中って感じで仲良さそうに歩いている姿を見るのとかちょっとした地獄過ぎる!


 こんなのリアルで見せられたら心がバキっと折れそうになっちゃうんですけど!?あまりにも俺が過ごして来た学生時代と違いすぎてさぁ!ちきしょう!二度とあの頃には戻れないのに心の底から羨ましいとか思っちまうじゃねぇか!!


「九条殿、笑顔が引きつっておられますがどうかなさったのですか?」


「い、いえ、なんでもありません……」


「ふふっ、どうやら九条さんには刺激が強すぎたみたいですね。」


 ぐっ!猫を被りながらバカにしやがって!でも、その通りだよ!今すぐ家に帰ってラノベの世界に逃げたいくらいにこの光景は刺激が強すぎ……ん?


「……あの、急に立ち止まったりしてどうかしたんですか?」


「……すみません、少々こちらで待っていて下さいますか。」


「は?はぁ……分かりました……」


 お姫様は俺達に軽くお辞儀をすると少し先でお喋りしながら歩いている白い制服を着た濃い茶色の髪の少年と、お姫様と同じ黒色の制服を着ている淡いピンク色の髪の少女の方に小走りで駆け寄って行った。


 ……おやおやぁ?これはもしかするともしかするんじゃないだろうか?……うん、セバスさんにちょっと聞いてみよう!


「あの、セバスさん。ミアお嬢様が声を掛けに行ったあの方達は……」


「ほっほっほ、あの方達はミアお嬢様のご学友でございます。白い制服の方がユート殿で、ミアお嬢様と同じ制服を着ているのがルカ殿でございます。」


「あぁ、ご学友なんですか……あっ、1つ聞きたいんですけど、どうしてあの2人は制服の色が違うんですか?何か理由があるんですか?」


「はい。制服の色が違うのはミアお嬢様とルカ殿は1科に在籍しており、ユート殿は2科に在籍しているからでございます。」


「1科と2科……?」


「簡単に申しますと1科には貴族や王族と言った由緒ある血筋を受け継いでいる方が在籍しており、2科にはそれ以外の一般の方達が在籍しているのでございます。」


「……なるほど、言い方が悪くなりますけど地位があるか無いかって感じですか。」


「えぇ、創立時以来ずっと続いている組み分けなのでございます。」


 ふーん、こらまた異世界ならではってやつなのかねぇ?個人的にはあんま好ましく思わない伝統だけど、それはそれで展開的にはありだな!


 平民と蔑まれた少年が格上の奴らを相手に高みを目指して行くってのはラノベ的に王道だからな!これを嫌う奴は滅多にいないだろ!無論、俺もその中の1人だ!まぁこの学園にそんな暗いもんがあるのかは知らんが……でも、そうなると……


「その話を聞くと1科と2科の間には色々と確執がありそうですけど……あのユートって少年はどうやってミアお嬢様とご学友になったんですか?どう考えても接点とか生まれそうにありませんけど。」


「ほっほっほ、それなのですが……つい先日の事、お嬢様が」


「セバス・チャン、九条さん、お待たせいたしました。」


 ぐぬぅ……!い、今から面白い話が聞けそうだったのにどんなタイミングで帰って来てんだよ!?もうちょっと空気を読んでくださいよ!もう!あぁもう、これじゃあ続きを聞く流れにもっていけないじゃねぇか!!ちきしょう!!!!


 俺は心の中で大量の文句を零しながら、セバスさんと一緒に目の前に来たお姫様に小さく頭を下げていくのだった……!


「お帰りなさいませミアお嬢様。ユート殿とルカ殿とはどの様なお話を?」


「ふふっ、ちょっとした朝のご挨拶と先日行われた合同訓練の時のお礼を申し上げてきただけですよ。」


「……合同訓練?お礼?」


「はい、九条さんがお城に来る少し前に1科と2科との合同訓練の時にユートさんとルカさんと一緒に訓練を行う事があったんです。その時にちょっと色々ありまして、その時のお礼を伝えてきたんです。」


「い、色々ですか?その、具体的にはどういう……」


「ふふっ、それは秘密です。それよりも私達も早く行きましょう。」


 人差し指を唇の前でピッと立てながら可愛らしくウィンクをしてみせたお姫様は、俺達に背を向けるとそのまま学園に向かって歩き始めてしまった……


 あーあーお姫様が秘密って行った事をセバスさんが言う訳は無いし、こりゃ色々の内容は分からずじまいか……


 それに先日知り合ったばかりって事らしいから、ユートって少年との恋愛フラグはまだ出来てないっぽいよなぁ……フラグが成立していたら絶対もうちょいそれらしいリアクションをするだろうし……俺の唯一の楽しみが消えちまった……


 なるべく笑顔を崩さない様にしながらそっとため息を吐き出してからしばらくして降車に通じる正門前に到着すると、先に敷地内へ足を踏み入れたお姫様が振り返って俺達に対してニコッと微笑みかけて来た。


「それでは2人共、また後でお会い致しましょう。」


「はい、いってらっしゃいませ。ミアお嬢様。」


「いってらっしゃっ?!」


「きゃっ!」


 セバスさんと一緒に頭を下げてお姫様を見送ろうとした直後、背中に凄く強い衝撃が襲い掛かって来た!?何事かと思ってバッと後ろを見てみると、黒色の制服を着た紫髪の少女が尻もちをついていた。


「あいっててて……」


「す、すみません!大丈夫ですか?」


「あっ、はい!大丈夫です!って言うかこちらこそみませんでした!ちょーっと後ろ向きに歩いてたらぶつかっちゃって……」


「そ、そうなんですか……」


 おどけた感じで笑ってる少女に手を差し伸べようかどうか悩んでいたら、その間に元気よく立ち上がってスカートをパンパンッとはたき始めた……


 うぅ、本当に申し訳ない……!だけど、目の前に居る美少女を助け起こすだなんて展開を繰り広げる勇気は俺には無かったんだ……!あぁ、あまりにも自分が情けなさ過ぎて今すぐこの場から逃げ去りたい……!


「もうオレット!気をつけないとダメじゃないか!」


「あはは、ごめんごめん。」


「まったく、謝るなら僕にじゃなくてぶつかった人にだろ。あの、本当にすみませんでした。お怪我は……って、え?」


 今度は白い制服を着た黒髪の少女がこっちに駆け寄って来て、オレットと呼ばれた少女に注意してから俺の方に向き直って謝罪しようとしてくれたのだが……


 え、どうして俺の顔をジッと見ながら固まってるんだ?なに?なんか俺の顔に変な物でもついてるのかしら?なんて考えていると、驚きの表情を浮かべて固まっていた少女がこっちに向かってゆっくりと歩いて来て……?


「も、もしかして……く、九条さん……ですか?」


「は?なんで俺の名前を……って、え?も、もしかして……エルア……か?」


 聞き覚えのある声で名前を呼ばれた様な気がして恐る恐るそう問い返してみると、少女はパァッと笑顔になってこっちに駆け寄って来て俺の手を力強く握ってきた!?


「は、はいエルアです!お久しぶりですね九条さん!まさかこんな場所で九条さんと会えるなんて!うわぁ!うわぁ!!僕、とっても嬉しいです!!」


「そ、そそそうか!お、俺も嬉しいよ!うん!」


 ニッコリと微笑んでいるエルアに至近距離で見つめられながら、俺の心臓は今にも爆発しそうなレベルで動きまくっていた!!


 だってショートぽかった髪が少し伸びて以前よりも凄い女の子らしくなってるし、制服姿が似合ってて可愛いし良い匂いがするしでもう俺のキャパは限界突破をしているんですけども!?


 って言うか初めて会った時のエルアはもうちょっと大人しい子だったのにどうして今はこんなに明るくなってんだ?!もしかしてこっちの方が素だったのか?あぁもうこんな状況じゃ思考が上手く働かねぇよ!お願いだから助けに来てくれマホォ!!


 ……なんて願いが叶ったのかどうかは分からないが、お姫様がこっちに歩いて来て微笑みながらエルアの前に立った。


「初めましてエルアさん。私、九条さんの主のミア・リエンダルと申します。以後、お見知り置きを。」


 お姫様の自己紹介を聞いたエルアは一瞬だけポカンとした後、バッと俺から離れていくとオレットという少女の隣で背筋をビシッと伸ばした。


「は、初めましてミア様!ぼく、あ、私、エルア・ディムルドと申します!えっと、申し訳ありませんでした!お見苦しい姿をお見せしてしまって!」


「もーエルアちゃん、そんなに畏まらなくても大丈夫だって!ミアちゃんはちょっとぐらい失礼な態度で接したって怒らないから!ねっ?」


「そ、そんな訳にいかないだろ!ミア様は1科の学生でもあるお姫様なんだから!」


「ふふっ、その様な事はお気になさないで下さい。科は違えど私達は同じ学園に通う学生同士なのですからね。まぁ、オレット先輩にはもう少し接し方を考えて頂けると助かるのですが。」


「あっはは~それについてはあんまり期待しないで貰えると嬉しいかな!だけどミアちゃんがそう言うなら今後は気をつけてみるよ!なるべくね!」


「えぇ、是非そうして下さい。ところで……エルア先輩。」


「せ、先輩?」


「はい。胸のエンブレム、四つ葉という事は4年生の方ですよね。という事は、私の先輩という事になりますからエルア先輩です。」


「そ、そんな!先輩だなんて恐れ多い……」


 微笑んでいるお姫様と謙遜するエルアのやり取りを眺めながら横目で2人の来てる学生服を見比べると……うん、確かにエルアのが四つ葉でお姫様のが三つ葉だ……


 なるほど、要するに学年が上がると葉っぱが増える仕組みなのか……それを知ったからなんだって話なんだけどさ。


「……所で先程から気になっていたのですが、九条さんとエルア先輩はどの様な関係なのですか?随分と親しくしている様に見えましたが……」


「あっ、実はそれ私も気になってたんだよね!ねぇ、本当にどういう関係なの?」


「え、えっと……僕と九条さんの関係は……」


 2人から質問されて戸惑ったエルアがチラッと視線を送って来たので、俺は小さく頷いて話をする様に促す事にした。


「別に隠す様な事でもないから教えてあげてくれ。」


「わ、分かりました。えっと、僕と九条さんはですね……簡単に言ってしまえば師弟関係になります。」


「師弟関係!?えっ、じゃあこのおじさんってエルアちゃんのお師匠様なの!?」


 ぐはッ?!……や、やっぱりこの歳の子から見たら俺っておじさんなんだよな……

いや分かっていた事なんだけど改めて言われるとやっぱりショックだわ……


「オ、オレット!おじさんだなんて失礼な事はってちょっと!?」


「ふーん、なるほどねぇ……」


「おわっ!?はっ、へっ?」


「な、何をしてるんだオレット!」


 心に受けたダメージを癒す為にぼんやりと空を眺めていたら、オレットと呼ばれた少女がいきなり至近距離にやって来た?!って、マジで勘弁してくれ!言動はかなり残念な子だけど、見た目は美少女だから近くに来られると心臓に悪すぎる!!


「いやぁ、エルアちゃんが結構前から話題に出すお師匠さんってどんな人なのかって気になってたからさぁ……へぇ、この人がねぇ……」


「ちょちょ!近い近い!……って、わ、話題?エルアが俺の?」


 何とかその場で踏み止まりながら上体を反らして目の前の少女をどう遠ざけようか悩んでいると、気になる単語が聞こえてきて少女に目を向けた……その瞬間、少女の瞳の奥がキランッと怪しく光った様な気が……


「おや、もしかして気になりますか?エルアちゃんが師匠についてどんな事を話していたのか!」


「ま、まぁそりゃあ……」


「ふっふっふー……それでは教えてあげましょう!エルアちゃんはですね!」


「うわぁあああ!」


「ぐうぇ!?」


 オレットという少女が俺に話題の内容を話そうとした途端、慌てた様子のエルアが駆け寄って来て少女の首を絞めながら口を塞いでしまった!


「オレットのバカ!その話はしないって約束だっただろ!」


「ご、ごめ…!ちょエルアちゃ、首が締まって…息が……!」


「エ、エルア?」


「な、何でもありませんから!今すぐ!オレットの話は忘れて下さい!」


「お、おう……それは構わないけど……その子、大丈夫か?何だか顔が青白くなってきたみたいなんだが……」


「はっ!ご、ごめんねオレット!つい!」


「い、いや、私こそすみませんでした……もう二度と、余計な事は言いません……」


 ……うーん、外見はメインヒロイン級の可愛さなのにやっぱり中身が残念だなぁ。でもまぁ、いずれあのユートって少年にフラグを建てられるだろうからその時がくるまで頑張れよ!


 おっさんは元気いっぱいのキャラが好きな相手を前にしたら、大人しくなっちまう展開も大好物だからな!だからその時が来るまでその残念なキャラを貫いてくれよ!ファイト!


「……何でだろう、よく分からないけど嬉しくない応援を受けた気がする……」


「こら、変な事を言ってないで早くこっちに来るんだ。」


「あーん、ちょっと引っ張らないでよライルちゃ~ん!」


 やれやれ、エルアがオレットという少女を引きずる様にして離れてくれたおかげで何とか一段落着いたって感じだな……ってか、まだ学園の敷地内にも入って無いのにイベントが濃すぎじゃないですかね?奉仕もしてないのに疲れてきちまったよ……


「……それであの、話が逸れちゃったんでもう一度お聞きますがどうして九条さんがここに居るんですか?先程、ミア様が九条さんの主と名乗っていた気が……」


「あぁ、それは……」


 どう答えるべきか考えながらチラッとお姫様に目をやると……はいはい、そんなに圧を掛けてこなくても奉仕義務に関係する事は一切言いませんってば。


「……実は、数日前から執事見習いとしてミアお嬢様にお仕えしてるんだよ。」


「えっ、そうなんですか?一体どうして……」


「まぁ、色々と事情があってな……詳しい事は契約上の理由で言えないから、これで納得してくれると助かるんだけど……ダメか?」


「……分かりました。九条さんがそう言うなら、これ以上は何も聞きません。」


「そっか、ありがとうなエルア。本当に助かるよ。」


「い、いえ!感謝される程の事では!」


 ふぅ、エルアが良い子で助かった……なんて考えながら安堵していると、オレットという少女が頬を膨らませて俺の事をジッと見てきた。


「むぅー……どうせだったらもうちょっと詳しく聞きたいんですけど……」


「いや、えっと……その……」


「オレット、無茶を言って九条さんを困らせない。」


「ちぇっ!つまんないのー」


「あはは……申し訳ありません。」


「大丈夫です、謝る必要はありませんよ。」


「もう、エルアは私と師匠さんとどっちが大事なの!」


「そんなのどっちも大事に決まっているだろ?それよりもオレット、九条さんにまだ自己紹介をしてないんだからしっかりしておかないと。」


「あっ、そう言えばそうだね!ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません!私はエルアちゃんと幼い頃からの親友で『オレット・グローリー』と言います!よろしくお願いしますね!」


「あぁ、俺は九条透だ。よろしくお願いします。」


「はい!…って、そうだ!私ってば今日は朝から先生に呼び出されてたんだったよ!すっかり忘れてた!そう言う訳だからミアちゃんと九条さん!悪いんですけど、私はここで失礼させて貰いますね!」


「あ、あぁ、分かったよ。」


「やれやれ……すみません、僕も用事がありますので先に行かせてもらいますね。」


「おぅ、それじゃあな。」


 小走りで去って行く個性あふれる美少女達を見送った後、俺は少しだけ肩を落とし自然とため息が零れだしていた……


「ふふっ、大丈夫ですか九条さん。」


「えぇまぁ……お嬢様のご学友はどうやら刺激的な方が多いみたいですね……」


「いえいえ、そんな事はありませんよ。オレット先輩が特に元気があるというだけの話です。」


「な、なるほど……」


「さてと、それでは私も先に失礼します。セバス・チャン、九条さんに手続きのやり方を教えてあげて下さい。」


「かしこまりました。それでは行ってらっしゃいませ、ミアお嬢様。」


「いってらっしゃいま……ん?」


 お姫様を見送る為に俺もセバスさんと一緒になってお辞儀をしようとしたその時、ほんの一瞬だけだが突き刺さる様な視線を感じた……気がしたんだが……


「九条さん、どうかなさいましたか?」


「……いえ、誰かに見られていた様な気がして……」


「誰かに、ですか?」


「えぇ……もしかしたら気のせいかもしれませんけど……」


「うーん……それでしたらオレット先輩たちとのやり取りを見ていた方が物珍しさでついこちらを見ていただけかもしれません。」


「そう、ですかね……」


「ほっほっほ。気になるならば、次に同じ様な視線を感じた時に周囲を探してみてはいかがでしょうか?」


「……それもそうですね。」


 こういった事を何でも無いって流したら絶対に面倒事になりそうだから、言われた通りに気配ってもんを探ろうとしてみたんだが……そんな歴戦の戦士みたいな能力を持ち合わせていなかったので、俺は静かに首を横に振った。


「ダメでしたか?」


「えぇ、まぁ何かあれば自分で対処しますんで大丈夫ですよ。それではミアお嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」


「……はい、行ってきます。」


 小さくお辞儀をしてくれたお姫様が校舎に向かって歩いて行くと、すぐに生徒達が彼女の周りに集まり始めて……うん、もしかしたらこの世界ではあのお姫様が主人公なのかもしれないなぁ……


「九条殿、私達も校舎に入る為に手続きをすると致しましょうか。」


「あぁ、はい。」


 正門を通り過ぎてすぐ近くにある建物の方に歩いて行くと、テーマーパークの受付みたいな窓ガラスを挟んだ向こう側に警備員らしき人が居て俺達に目を向けて来た。


「おはようございます。学園に入る手続きをお願いしたいのですが。」


「あぁ、セバス・チャンさんおはようございます。学園に入る手続きですね。かしこまりました……おや、後ろの方はどなたですか?初めてお見掛けいたしますが。」


 警備の人にそう聞かれたセバスさんがスッと横に移動して目配せをしてきたので、俺は一歩前に出てゆっくりお辞儀をしていった。


「お初にお目に掛かります。執事見習いとしてミアお嬢様にお仕えしている九条透と申します。以後、お見知り置きをお願い致します。」


「ほう、執事見習いの方……という事は、許可証の登録はまだですよね。」


「……登録?」


「はい。許可証を利用する為にはこちらで必要事項に記入をして頂き、正式に登録をする必要があるんです。」


「あぁ、勝手に使われない様にする為にですか?」


「その通りです。セバス・チャンさんは既に登録済みですので、九条さんはこちらに来て頂いて記入をお願い致します。」


「わ、分かりました。」


「セバス・チャンさんは、許可証の提示をお願いしますね。」


「かしこまりました。それでは、お願い致します。」


「はい、確かにお預かりしました。」


 俺は警備の人から渡された紙に名前とか色々書き込みながら、横目でセバスさんの許可証が機械にセットされる様子を見ていた……ふーん、こういう所は加工屋とかと似た様なシステムなのかねぇ。


 ……しばらくして必要事項を書き終わった紙と許可証を警備の人に渡すと、ほんの数十秒で許可証の登録が完了した……顔写真とか無いけど大丈夫なんだろうか?


 なんて事を疑問に思いながら手続きを済ませた俺とセバスさんは、馬車を学園内の停車場に移動させるとそのまま校舎の中に足を踏み入れるのだった。

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