第155話

「ミアお嬢様、どうぞお入りください。」


「ふふっ、ありがとうございます。」


 廊下を進んで目的地の前まで辿り着いた俺は手帳に書いてあった心得を思い出して自習室の扉を開けると、優雅に微笑みながら部屋に入って行くお姫様の後姿を見つめながらそっとため息を吐き出していた。


「九条殿、その調子で頑張って下さいませ。応援していますよ。」


「……セバスさん、俺を応援する前にお姫様の方を何とかしてもらえませんかね……正直ずっと気を張っている必要があるのって疲れるんですけど……」


「ほっほっほ、お嬢様に仕える以上は多少の緊張感は必要ですよ。さぁ、私達も中に入ると致しましょう。」


「……はい。」


 助言はくれるが味方になってくれる気はないという事を改めて理解してから部屋に足を踏み入れてお姫様の後を追って行くと、目つきが少しだけ鋭い妙齢の女性が顔をしかめながら立っているのが見えた。


「ミアお嬢様、3分の遅刻です。一体何をなされていたのですか。」


「遅れてしまい申し訳ございません。実は奉仕義務を課せられているこちらの男性に関する事で少々お話し合いをしておりました。」


「……なるほど。そういう事でしたか。」


 うわーお、まるで汚物を見ているみたーい……やれやれ、何か知らんけどこっちに近寄って来たし、こりゃ無視を決め込むって訳にはいかんらしいな……


「初めまして、奉仕義務を課された九条透と申します……えっと、何か御用がおありでしょうか?」


「……ふんっ、こんな男がミアお嬢様にお仕えする事になるとは……国王陛下も何を考えていらっしゃるのかしら。」


 あらら、初対面だって言うのにこの程度呼ばわりですか……やっぱり見た目の通りキツイ性格のおばさんおおいな……ある意味期待通りで、ちょっと得した気分だわ。


「ステラ殿、そろそろ授業を始めて頂いた方がよろしいのでは?」


「あ、そ、そうですわね!それではミアお嬢様、部屋の奥へ参りましょうか!」


「はい、分かりました。」


 ……おやおや?あの先生のセバスさんに対する反応……?もしかしてそういう感じなのかしら?だとしたら……何だかワクワクしてくるじゃないか!……なんて思っていると、セバスさんが静かに俺の隣にやって来て小声で話しかけてきた。


「九条殿、大変失礼致しました。ステラ殿は幼き頃よりミアお嬢様の教育係を務めておりますので、それであの様な物言いをしてしまったのだと思います。」


「あっ、なるほどそういう事でしたか……納得です。」


「本当に、申し訳ございません。」


「あぁいや、大事なお嬢様の近くに見ず知らずの怪しい男が付き添ってたら誰だってあんな反応をしちゃいますから。それよりほら、早くお姫様達の後を追いましょう。急がないと奉仕義務が延長される可能性がありますからね。」


「……はい、かしこまりました。」


 小さくお辞儀をしてくれたセバスさんは2人の後を追って奥へと歩いて行った……あの人こういう時は本当に申し訳なさそうにしてくれるんだけど、だからって優しくしてくれる訳じゃないからマジで中々の曲者だよなぁ……


 みたいな事を心の中で思いながら幾つもある背の高い本棚に遮られた部屋の奥へと行ってしまった3人の後を追い掛けてみると、そこには勉強机に向かって座っているお姫様と先生の姿があったんだが……


「ミアお嬢様、こちらが本日の課題となっております。9時45分までに終わらせて下さいませ。」


「9時45分ですね。分かりました。」


 ニコッと微笑んだお姫様の事を満足そうに見つめたステラさんは、眼鏡をクイっと上げた後にセバスさんにお辞儀をしてこっちの方に歩み寄って来ると……思いっきり俺の事を睨み付けた後に、そのまま部屋を出て行ってしまった。


「ふぅ、出会ったばっかりだってのに随分と嫌われてるみたいで……つーか、何だよあの課題の量は……指定された時間までに終わらせられるのか?」


「当然でしょ、アタシを舐めるんじゃないわよ。」


「う、うおっ!?き、聞こえてたのか……」


「ふんっ、むしろ聞こえないと思ったの?」


「うぐっ……!」


 そ、そんなバカを見る様な目つきで俺を見るんじゃありませんっ!おっさんの心はデリケートだから不意にショックを与えると壊れる恐れがあるんだぞ!


「……まぁ良いわ、そんな事よりもアンタ。今からアタシの質問に答えなさい。」


「し、質問?急に何だってんだ?」


「いいから正直に答えなさい。アンタ……お父様とお母様に嘘をついたでしょ。」


「は、はぁ!?嘘って……いきなり何の事やら……」


「とぼけてるんじゃないわよ。襲われた村とか森の奥で暮らしたとか……アレ、全部嘘なんでしょ。」


「い、いやいやいや!冗談止めてくれよ!俺にあんな場面で嘘を吐く度胸なんて」


「アンタ、嘘を吐く時に視線が右に動くのよ。知らなかった?」


「えっ!?う、嘘だろ?!」


「……まさかこんな古典的な手に引っかかるとはねぇ。」


「んなっ!?」


 ちょっと待って、俺ってもしかしてバカなのか?!こんな古典的な手に引っかかるとか笑い話にもならないんですけど!!お姫様、マジで呆れてらっしゃるし……!


「最初から最後まで何から何まで嘘まみれだった……それじゃあ一体どうしてそんな嘘を吐く必要があったのか……」


「っ……!」


 おいおい、まさかとは思うけど俺が異世界から来た人間だって事に勘付いた訳じゃないよな!?もしそうだとしたら……いや、考え過ぎだ!だって、そんな……!


「あんたが嘘をつかなければならなかった理由……それは……」


「……そ、それは?」


 ゴクリと生唾を飲み込んで喉を鳴らす……背中には冷や汗が流れ落ちているけど、そんな事を気にしている余裕はない……!心臓が激しく脈打つのを感じながら両目を閉じたお姫様の動向を見守っていると……彼女はカッと目を大きく開いて……!


「アンタの正体が………歴史ある貴族の元跡継ぎだったからよ!」


「…………はっ?」


「ふっふっふーん、その反応……どうやら当たりの様ね!」


「……ぁ…………へっ?」


 予想外過ぎる方向からぶん殴られたせいで脳みそが一瞬だけフリーズしてしまっていると、お姫様は何故か勝ち誇ったかの様な笑みを浮かべ始めた。


「うんうん、放心状態になってしまうのも無理ないわ。こんな事、絶対にバレたくはなかったはずだもの!それにアンタの秘密はコレだけじゃないわ!」


「こ、コレだけじゃない……とは?」


「アンタがその歳にも関わらずレベルが低い理由、それは今までご両親の私財を食い潰して生活して来た引きこもりだったからよ!」


「お、おぅ……」


「ある日の事、そんな情けない生活をしていたアンタはご両親に勘当させられて家を追い出されたの!それで泣く泣く冒険者を始めたの!どうよ?何か言い訳や間違いがあるなら反論してごらんなさい!」


 自信満々に微笑むお姫様と目が合ってた俺の心の中で葛藤で揺れ動いていた……!だって、だってコレを認めれば面倒な追求からは逃れられるだろうがそれってつまり俺がクソみたいな引きこもりだったと認めなきゃいけない訳で……!でも……ぐっ!


「……ミアお嬢様の……言う通りで…ございます……!」


 えぇ、受け入れる事にしましたよ……この不名誉な称号を!だって、反論した所で更なる苦境に追い込まれるのは火を見るより明らかだからな!だったらこの不名誉な称号を手に入れた方が楽じゃないか!面倒事は出来るだけ避けてやるんだい!


「あーはっはっは!やっぱりそういう事だったのね!全く、いい歳して恥ずかしくはないのかしらね!あっ、もしかしてだけどアンタって今まで女の子と付き合った事も無いんじゃないの?」


「うぐはあっ!?」


「やっぱり!アンタって何だか女慣れしてなさそうだもんね!」


 清楚で心優しいお姫様は創作物のなかだけにしか居ないという現実でぶん殴られて精神的大ダメージを負った俺が膝から崩れ落ちた直後、セバスさんからおほんという咳払いが聞こえてきた。


「お嬢様、そろそろ課題に取り掛かりませんと指定事項に間に合いませんよ。」


「ふぅ、それもそうね。コイツを弄るのなんて何時でも出来るんだから、今は課題に集中するとしましょうか。ほら、アンタも何時までもそうてんじゃないわよ。」


「う、うぅ……誰のせいでこんな事になっていると思ってんだ……!」


「ふふっ、ごめんごめん。それじゃあアンタの気を紛らわす為にちょっとした用事を押し付けてあげるわ。ねぇ、喉が渇いたからハーブティーを持ってきて頂戴。」


「はぁ?ハーブティ?」


「そうよ、ほら早く早く!10分以内に持ってこなかったら奉仕期間を延長ね!」


「じゅ、10分?!ま、待ってくれよ!そもそも何処からハーブティーなんて!」


「九条殿、厨房に行けばお嬢様の指定された物は手に入りますよ。」


「厨房……って確か1階でしたよね?こっからかなり距離あるから10分じゃ絶対に間に合わないと思うんですけど……」


「それは歩いて行ったらの場合でございます。頑張って走ればきっと間に合うと私は信じていますよ。」


「……じょ、冗談ですよね?」


「あぁ、注意点がお1つ。城の中で魔法を使用するのは原則禁止となっていますから気を付けて下さいませ。」


「気を付けてって……あ、あの、まさか本気で?」


「制限時間は残り9分30秒でございます。さぁ、お急ぎ下さいませ。」


「ふふっ、死ぬ気で頑張んなさい。」


「う、ぐっ……!ち、ちきしょおおおおおお!!」


 目の前に居る2人は信用ならないと改めて自覚させられた俺は叫び声をあげながら自習室を飛び出すと、死に物狂いで1階にある厨房に向かって走って行くのだった!

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