第152話

 翌朝6時、目覚まし時計のベル音で目を覚ました俺は恐ろしいぐらいに使い心地が抜群のベッドから出て行くと朝シャンを済ませて依然として気慣れない執事服に袖を通していった。


 それから数十分後、メイドさんがわざわざ持って来てくれたホテルで出される様な豪勢な朝飯を食べ終えた俺は部屋の中に置かれてた鏡で自分の姿を確認しながら息を大きく吸い込んでいくと……


「よしっ、そんじゃあ気合を入れていくとしますかね。」


 どうせ逃げられないと諦めて腹を括る事にした俺は、部屋を後にすると朝日が差し込んできている廊下を歩いてセバスさんの所に向かって行く事にした。


「……ふーん、やっぱりお城勤めの人達の朝は早いもんなんだな。」


 普通に仕事をしてるメイドさんや執事さんに関心させられながら5分程歩き続けて目的地である部屋の前に辿り着いた俺は、何度目かも覚えていない深呼吸をして心を落ち着けてから目の前にある扉を数回ノックした。


「セバスさん、九条です。入っても大丈夫ですか?」


「はい、問題ありませんよ。どうぞお入り下さい。」


「分かりました、失礼します。」


 漆黒の重厚感のある扉を押し開いてセバスさんの執務室にゆっくり足を踏み入れてみると、そこにはシックな色合いの落ち着いた雰囲気の空間が存在していた。


 そして部屋の奥では綺麗に整頓された机の向こう側で微笑むセバスさんの姿が……うーん、パッと見た感じはマジで俺の持つ正統派の執事さんってイメージがピッタリなんだけどなぁ……この人も中々に油断ならねぇ……


「おはようございます九条殿、昨夜はよく眠れましたか?」


「……えぇ、おかげ様でぐっすりと寝れました。」


「ほっほっほ、それならば良かったです。では、こちらへ来て頂けますでしょうか。本日こなして頂く奉仕の内容に関する事をお伝え致しますので。」


「分かりました。」


 セバスさんに指示された通り部屋の奥に向かった俺は高級感のある仕事机を挟んで彼と対面すると、軽く会釈をしてからちょっとした事を聞いてみる事にした。


「あの、セバスさん。お姫様……じゃなくて、ミアお嬢様の予定を聞く前に1つだけお聞きしたい事があるんですが良いですか?」


「はい、どうかなさいましたか。」


「あー……えっと、ですね……俺の格好……変じゃありませんかね?こういった服は初めてなので上手く着れてるのか分からなくて……」


「あぁ、大丈夫でございますよ。何処からどう見ても立派な執事でございます。」


「そ、そうですか……ありがとうございます……」


「いえいえ、他にも何かお聞きになりたい事はございますか?」


「いえ、大丈夫です!」


「かしこまりました。それでは……ふむ、早速ではありますが本題に入らせて頂くとしましょうか。九条殿、まずはこちらをご覧になって下さいませ。」


 胸ポケットに入っていた懐中時計みたいな物を確認した後、セバスさんが机の上に置かれてた一枚の紙をこっちに見せる様に回転させてきたので俺は言われるがままにソレに目を向けてみた。


「……あの、これは一体?」


「そちらはミアお嬢様の予定表でございます。九条殿にはまず、その内容をご自身の手帳に書き写して頂きます。それが分からないと奉仕をする事は出来ませんので。」


「あぁ、なるほど……えっと、すみませんが書く物って……」


「こちらの万年筆をお使い下さいませ。奉仕義務の期間中はお貸ししておきますので遠慮なくどうぞ。」


「あ、ありがとうございます。」


 セバスさんから何ともお高そうな万年筆を受け取った俺は、内ポケットに入れてた手帳を取り出すと目の前の紙と睨めっこしながら予定表を書き込んでいった。


「明日の予定表は本日の業務終了後にお渡し致しますので、お部屋に戻り次第手帳に書き写して頂けますでしょうか。」


「は、はい。その時に割らされる予定表はそのまま部屋に置いておけば良いですか?それとも細かく破いて破棄しますか?」


「部屋にある机の上に置いておいて大丈夫ですよ。後で使用人が掃除を行う際に回収致しますので。」


「分かりました。」


 その後、早書きにはそれなりに自信があった俺は予定表を書き写し終えると手帳とペンを内ポケットに仕舞い込んでいくのだった。


「書き終わりましたか。それでは次にこちらをお受け取り下さいませ。」


 セバスさんは予定の書かれていた紙を机の引き出しに入れると、それと入れ替える様にして今度は紺色の小さくて四角い箱を取り出してきた。


「……これは?」


「ほっほっほ、説明を聞くよりも見て頂いた方が早いですよ。」


「は、はぁ……」


 戸惑いながら目の前に置かれた四角い箱を手に取ってゆっくり蓋を開けてみると、中にはセバスさんがさっき見ていたのと同じ懐中時計が入っていた。


「お嬢様に使える者として時間の管理は必須、どうぞお使い下さいませ。」


「……い、良いんですか?こんなに高そうな物を……」


「えぇ、勿論でございます。付いている鎖は私と同じ様に。」


「あ、はい、分かりました。」


 懐中時計から伸びている鎖をセバスさんを見習って付けた俺は一瞬だけ現在時刻を確かめてから、改めて顔を上げて視線を交わした。


「よろしい。それでは九条殿、この後のお嬢様のご予定は。」


「えっと、この後は確か……勉強の時間でしたっけ?」


「その通りでございます……と、言いたい所なのですがちょっと違います。」


「あ、あれ?俺、間違ってましたか?」


「いいえ、間違っておりません。本日の予定の始まりは勉強の時間です。」


「……ん?それじゃあ、何が違うんですか?」


「実は本来でしたら確かに勉強のお時間なのですが……九条殿にはこれより国王陛下達に改めてご挨拶をして頂きます。」


「…………え?」


「昨日は色々と慌ただしく互いに自己紹介をする暇も無かったと存じます。ですので国王陛下が九条殿をお呼びする様に私に指示を出したのです。」


「……マ、マジですか?」


「勿論、マジでございます。それでは九条殿、早速参りましょうか。」


 ……ニコッと微笑みかけてきながら椅子から立ち上がって執務室の外に向かおうとするセバスさんの後を、俺は重々しく感じる足取りを感じながら追い掛けて行った。

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