第142話

 夕焼け色に染まり始めた車窓の向こう側を静かに眺めていたら、視界の先に王都のバカでかい防壁が見えてきた。


「先程も説明した通り宿屋に到着後は明日までは部屋の中で待機をしてもらう。何かあれば兵の者に申し付けてくれ。」


 本から目を外した隊長さんがそう告げてからしばらくした後、俺達を乗せた馬車は広場と大通りを走り抜けてそれなりに豪勢な宿屋の前で停車するのだった。


「へぇーここが俺達が泊まる宿屋か……金も払わずこんな所に泊まれるとかラッキーって感じだな!」


「あぁ、普通に金を払って利用するってなったら幾ら掛かるのか分からないからな。そう考えるとある意味では良い思いしてるって言えなくもないかもな。」


「だよな!……いやぁ、それにしても何だか緊張してきたぜ!こんなに豪勢な宿屋に泊まるだなんて初めてだからさ!」


「ふーん、そうなのか?」


「あぁ!実は俺と仲間達ってまだ冒険者になったばかりでさ、あんまり蓄えとか無いから格安の宿屋ばっかり使ってるんだよ!九条のおっさんも冒険者なんだよな?普段どんな所で寝泊まりしてるんだ?」


「俺か?俺はそうだな……」


「2人共、申し訳ないがお喋りはそこまでにしてくれるだろうか。」


「っと、うるさかったか?騒がしくして悪かったな、隊長さん!」


「いや、謝る事は無い。ただ、これから降りる準備をしてもらう為に私の部下が声を掛けに来るのでな。」


 隊長さんがそう告げた直後、荷台の後方に掛かっていた布がバッと開かれて2人の警備兵が姿を現した。


「皆さん!宿屋に到着しましたので馬車を降りて下さい!その後は預けている荷物を受け取って建物内に移動をお願いします!隊長!」


「あぁ、それでは私の後に続いて下さい。」


 一番初めに馬車を降りて行った隊長さんに指示された通り、イケメン達と外に出て行った俺は何となく流れでヒイロと一緒に荷物を取りに行く事になった。


 その後、2人揃って宿屋の中に入って行ったんだが……うーん、高そうだって事は分かるんだけど、ミューズで泊まった宿屋の方が豪華さじゃ上って感じだな。


「うわっ!九条のおっさん見てみろよ!マジで内装が凄くねぇか!?」


「ん?あぁ、確かにそうかもな……」


「はぁ~……1泊すんのにどんだけ掛かんだよここって……あーあー、ちょっとだけあいつ等に対して罪悪感の覚えちまうなぁ……」


 仲間の事を思い出しているのか気まずそうにしながら後頭部をガシガシと掻いてるヒイロに対して何とも言えない微笑ましさを感じていると、宿屋の出入り口に立った警備兵の1人がこっちに向けて大きく手を上げた。


「そこの2人、何をしているんだ!早く宿屋の中に入る様に!」


「あっ、すみません!ヒイロ、変に目を付けられる前に早く行こうぜ。」


「おっと、そうだな!」


 荷物を持ち直してヒイロと一緒に宿屋に入って行った俺は、受付に足を運び部屋の鍵を受け取ったんだが……


「ん?あれ、九条のおっさん!部屋が俺と隣同士じゃんか!凄い偶然だな!へへっ、何だか嬉しいぜ!」


「……なるほど、そう言う事か。」


「え?何がなるほどなんだ?」


「いや、気にしするな。こっちの話だから。」


「んん?まぁ良いや、早く部屋に行こうぜ!」


「あいよ。」


 裏表も無く純粋に喜んでくれているんだろうなって事が分かる笑顔を浮かべているヒイロを目の当たりにして色々と格の違いってヤツ理解してしまった俺は、少しだけテンションを落としながらルームキーに刻まれた番号がある階に上がって行った。


「そんじゃあ九条のおっさん!また明日な!」


「あぁ、また明日。」


 扉に掛かっていた鍵を開けてそれぞれの部屋に入った後、それなりに広々としてる室内を見渡しながら俺は持っていた荷物を床の上に置いた。


「うん、まぁこんな感じだよな。さてと、それじゃあ晩飯の時間になる前にシャワーでも浴びておくとしますかね。」


 あんまり風通しが良くない馬車に長時間居た事とヒイロや隊長さん心臓に悪いやり取りのせいで大量の冷や汗を掻いていた俺は、すぐに浴室に向かって行き身体を綺麗サッパリ洗い流していくのだった。


 それからは新しい服に着替えて快適な部屋の中でラノベを読みながら時間を潰し、警備兵の人が運んで来てくれた晩飯で腹を満たしていった。


 それから数時間後、大人しく待機をしているか確認する為に部屋を訪れた警備兵に明日の出発時間が午前9時頃になると教えられた俺は寝坊しない為に普段よりも少し早めにベッドの中に潜り込んでいった。


「……いよいよ、か……」


 ったく、今になって改めて思うがまさか嫌な予感がそのまま的中しちまうだなんて本当にこっちの世界に来てから俺を取り巻く環境ってどうなってんだかねぇ……


 まぁ、でも大丈夫だろ!俺の近くにはまさしく主人公と呼ぶに相応しい奴が大量に居る訳なんだからな!だから明日は何も恐れる事無く、目の前で起こる可能性が大のラノベ的展開を楽しみにするとしようじゃないか!うんうん、ワクワクしてきたぞ!

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