第141話

 トリアルを離れてから大体数時間ぐらいが過ぎた頃、街道を走っていた馬車が急に失速し始めていきそのままゆっくりと停車してしまった。


 何事かと思って窓の外に目を向けながら椅子に座ってしばらく待っていると外からピーという甲高い吹き笛の音が鳴り響き、警備兵の大きな声が聞こえてきた。


「これより1時間、昼休憩を取りたいと思います!馬車の中に居る皆様は今回昼食を用意する事が出来なかった方が多いと思いますので、これから皆さんに弁当をお配りしたいと思います!申し訳ありませんがこちらに順番にお並び下さい!」


 ちょっとした戸惑いはありつつも警備兵の指示に従ってイケメン達と一緒に馬車を降りて行った俺は、隊長さんに事情を説明して弁当を持って来ている事を説明すると預けていた荷物が積まれている馬車の方に向かって行った。


「……ここら辺だったら誰も来なさそうかな。」


 何時の間にか仲良くなってしまったイケメン達と混じって一緒に飯を食うだなんて苦行に耐えられそうにないと瞬時に理解した俺は、持ち前のぼっち気質を発動させて少し離れた場所にあった小高い丘に独りで腰を下ろしていって弁当の蓋に手を……


「おっさん、邪魔じゃなかったら俺もここで一緒に昼飯を食っても良いか?」


「えっ?君は……ヒイロ?」


「おう!名前を憶えてくれてたみたいで嬉しいぜ!で、良いか?」


「あ、あぁ……それは別に構わないけど……」


「へへっ、ありがとうなおっさん!それじゃあ遠慮なく……よいしょっと!」


 ニカッと笑ったヒイロは俺の隣に勢いよく座り込むと、警備兵に渡された弁当……では絶対に無いであろうバカでかい風呂敷を膝の上で開き始めた。


「……ず、随分とデカい重箱だな……それ、君のか?」


「あはは……恥ずかしながら俺のだ……ってか、俺はヒイロって呼び捨てで良いぜ。こうして出会ったのも何かの縁だしな……はぁ……」


 ため息を零しながら3段に重なっている弁当箱をズラしていったヒイロは、中身がギッシリ詰まっている箱の中身を見て苦笑いを浮かべていた。


「うわーお……コレ、全部を食いきるのか……?」


「いやぁ……おっさん、悪いんだけどコレを食うのを手伝ってくれるか?」


「は?俺が食っても良いのか?」


「おう!残しちまったら作ってくれた仲間達にも悪いしな……頼むよ!」


「……まぁ、お前が良いなら有難く頂くけど……」


「助かるよ!ありがとうな、おっさん!」


「お、おぅ……」


 手を合わせて真っすぐに感謝の言葉をぶつけてきたテンション高めのヒイロに少しだけ圧倒されていれうと、配られたのであろう弁当を片手に持った隊長さんが俺達の前までやって来た。


「すまない、私もここで食事を共にしても構わないだろうか?」


「隊長さん!一緒に飯をか?俺は別に構わないぜ!おっさんも良いだろ?」


「あ、あぁまぁ……特に断る理由もないからな。」


「感謝する、それでは失礼させてもらおう。」


 軽く頭を下げた隊長さんが空いている方の手を顔の横まで持って来て指をパチンと鳴らした直後、地面に魔法陣が現れてその上に植物が伸びて行き長椅子に姿を変えていった。


「おぉ!凄いな隊長さん!一瞬でこんなもんを作り出すなんて!」


「驚かれる様な事ではない。さぁ、2人も遠慮なく座ってくれ。」


「ど、どうも……」


「ありがとうな!へぇ、馬車の椅子よりも座り心地が良いや!」


 ……いや、確かにその感想には同意するけど一体どうしてこうなったんだ!?俺はぼっち飯をする為に皆からわざわざ距離を取ったってのにさぁ!?


 あぁ、何かもういちいち驚いたりヒヤッとするのにも飽きて来たわ……これはもうこの状況を受け入れて流されるままに飯を食うしかねぇか……


 なんて事を考えながら隊長さんの用意してくれた植物の長椅子にヒイロと共に座り直した俺は、吹き抜ける心地良い春風を浴びながら弁当を食べ進めて行った。


「……ふむ、そう言えば2人は弁当を持参していたんだな。突然の事だったの随分と準備が良いじゃないか。」


「え、えぇまぁ……もしかしたら今日は遠出するかもしれないって話をしていたもんですから……ヒイロは?何か予定でもあったのか?」


「いや、この弁当は何と言うか……習慣、みたいなもんかなぁ。最初は仲間の1人が私がお弁当を作るって言い出したんだよ。そうしたら今度は他の2人が私が私がって言い始めて……結果、この量の弁当が毎日の様に出来上がる事になっちまって……」


「仲間か……それはもしかして全員が女の子なのかい?」


「うん、そうだけど……それがどうかしたのか?」


「ふっ、いやなに……君は随分とモテるんだなと思っただけだよ。」


「モテ……?いやいや、それは無いって!俺、仲間であるあいつ等以外には女の子の知り合いとかそんな居ないしさ。つーか、モテてたら年齢と同じ年数彼女が作れないみたいな事にはなってねぇっての……」


「……なるほど、これは中々に重症そうだな。そうは思わないか?」


「えっ!?あぁいや、どう、ですかねぇ……あ、あははは……」


 マ、マジで?コイツって鈍感系ハーレム主人公特性まで持ってるの?ソレは流石に恵まれすぎじゃね?ってか、どうして異世界に転移して来た俺にはそういった素敵なイベントが起こらないの?バグ?もしかしてバグなの?


 あっ、違うかぁ!俺には主人公属性が備わってないから女の子とのイベントが発生しないんだな!うん!納得だなぁ……本当に……ちきしょうが……!


 泣きたくなる気持ちを抑えつつ非常に美味い手作り料理を口に掻き込んでいると、ヒイロが食べていた物をゴクンと喉に流し込んでから隊長さんの方に目を向けた。


「そうだ隊長さん!今日と明日ってどんな感じで動く予定になってるんだ?」


「ふむ、それについては後ほど馬車に戻ってから説明しようと思っていたのだが……まぁ一足先に説明をしても良いだろうな。」


 隊長さんはそう言っておもむろに懐から手帳を取り出すと、眼鏡を押し上げてからページをパラパラと捲り始めた……やっぱりその眼鏡のクイッ上げは癖なんだな。


「この後の予定は王都に着き次第、宿屋に直行してもらう事になっている。」


「ふーん、宿屋にか……それって自由行動とかあったりするのか?」


「悪いがそれは無いな。宿屋に着いたら一切の外出を禁止させてもらう。」


「そっかぁ……まぁ、俺達の中に逃亡犯が居たら逃げ出す可能性もあったりするからそうなる事は予想してたから了解だ。で、宿屋に閉じ込められた後は?」


「そのまま宿屋で一泊、翌日は再び我々の指示に従ってもらい王城に向かう。そこで国王陛下達と面会だ。」


「わーお、そりゃまた凄い展開だな……ってか良いのか?俺達の中に国王陛下とかの命を狙うわるーい奴が居るかもしれないってのにさ。」


「心配する必要はない。国王陛下達には一切の手出しが出来ない様、我々がシッカリ警備にあたるからな。不届き者が出ればその場で斬る。ただそれだけだ。」


「おぉ、おっかねぇ……で、面会時間的にはどれぐらい掛かるんだ?」


「何事も無ければ5分程度で終わるだろう。終了次第、王城の外に連れ出されて解放される事になっている。」


「なるほどね……何事も無ければって事は、何かあったら時間が伸びるのか?」


「あぁ、国王陛下達が探している男だけは見つかれば面会時間が伸びるだろうな。」


「へへっ、そりゃそうか。なぁ、解放された後ってどうすれば良いんだ?急に王都に連れて来られたから出来れば帰りの足とか欲しいんだけど……」


「それならば宿屋に戻ると良い。部下の者が待機しているから申告をすれば翌日まで部屋の利用が認められ、早朝の便でトリアルに帰れる。」


「ふーん、だったら安心だな……教えてくれてありがとう、隊長さん。よしっ、飯も食べ終わったしそろそろ馬車に戻るとしますかね。」


「そうしてくれ。私は部下の者と話があるからまた後で。全員が昼食を取り終われば再び王都へ向けて出発するのでそのつもりだな。」


「はいよ!じゃあ行こうぜ、おっさん!」


「……お、おう……」


 ヒイロに促されて立ち上がった直後、隊長さんが指を鳴らして長椅子とテーブルをただの植物に戻していった……つーか、会話に全然入れなかったんですけど!?


 もう本当の意味で俺ってばただのモブキャラに成り下がっていたじゃないか……!しかも優しく爽やかに声まで掛けて来て……!そうやって女の子を攻略して来たのかこの野郎め!その能力、少しぐらい分けてくれても良いじゃないですか!?


「あっ、そうだおっさん!名前、教えてくれよ!」


「……は?な、名前?」


「おう!って、先に俺が自己紹介しないとだよな!馬車の中でも聞いたと思うけど、俺の名前はヒイロだ!短い間だけかもだけど、よろしくな!」


「よ、よろしく……えっと、俺の名前は九条透だ。」


「九条透か!珍しい名前だな!そんじゃあ改めてよろしくな、九条のおっさん!」


「あ、あぁよろしくな……!」


 満面の笑みを浮かべながら手を差し出してきたヒイロと握手をした俺は、おっさん呼びが抜けなかった事にまたもや心を傷つけられていた……!はぁ、どうして主人公特性を持ってる奴てのは一定確率で少し失礼な感じなのか……ん?


 ちょ、ちょっと待てよ……コイツが主人公特性を持ってるって事は……もしかして俺ってば物凄いチャンスに恵まれたんじゃないか?


「……九条のおっさん?どうかしたのか?」


 よく考えてもみろよ……こんなにも黒髪ツンツンの爽やか系王道主人公イケメンが一国のお姫様に会うって言うんだぞ?って事はつまり、フラグも既に成立済みである可能性が大いにあってもおかしくない……!?


「おーい!聞いてるかー九条のおっさーん!」


「っ!あ、あぁ悪い!腹が膨れてちょっとボーっとしちまってたよ!」


「おいおい、シッカリしてくれよ!ほら、さっさと行こうぜ!」


「あぁ!行くか!」


 おいおいおい!コイツは微か……いや、メチャクチャ希望が見えてきたぞ!だって主人公とお姫様なんてそれこそ王道中の王道だもんなぁ!


あ、貴方はもしかしてこの間私を助けてくれた人では?

え?……お姫様、俺達初対面では?

そ、そんな!私の事を忘れたって言うんですか?

うーん、ちょっと記憶に無くて……

ひ、ひどいです!こうなったら……皆さん、この人が私が探していた男性です!

な、なにいいいいいい!?


 みたいな展開がきっとあるはず!そうなったら、ステージから逃げ出した男の事は水に流れて俺も明後日には家に帰れるはず!これは俺にも運が向いてきたぞ……!!


「ヒイロ!明日が楽しみだなぁおい!」


「ん?まぁ確かに、国王陛下やお姫様と会える機会だなんて一緒に一度あるかないかだもんな!どんな人なのかワクワクするぜ!俺、初めて見るからさ!」


「はっはっは!そうかそうか初めてか!うんうん!しっかり見ておくと良いぞ!」


 いやぁ流石主人公!会った事が無いだなんて凄いフラグを立ててくれるなぁ!俺にフラグが襲い掛かるって言うなら、この主人公特性ヒイロにもフラグが襲い掛かって来ないとおかしいもんなぁ!フゥーハハハハハハ!


 その後、心の余裕を取り戻した俺は王都に向かう馬車の中で今後の予定を隊長さんから再度聞きながらヒイロに感謝し続けるのだった!ありがとうヒイロ!君の主人公としての活躍は忘れない!明日はよろしく頼んだぞ!アーッハッハッハッハ!

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