第135話
普段は絶対に手を出さない高級食材を使って料理をするって以外は特に変わらないエルアのお別れ会を開催した次の日、俺達は凍えそうな寒さに耐えながら家を出ると数多くの馬車が集まっている正門前までやって来ていた……その目的は勿論……
「よぉ、おはようさんエルア。」
「あっ、おはようございます九条さん!それに皆さんも!」
「はい、おはようございますエルアさん!昨日はよく眠れましたか?」
「えぇ、おかげ様でぐっすりと眠れました。」
「ふふっ、ソレは良かった。荷物の方はもう馬車の中に入れ終えたのかい?」
「はい、ついさっき運び入れたばかりです。後は出発時間になるのを待っているだけなんですけど……」
気まずそうな表情を浮かべたエルアがチラッと後ろを振り返ると、被ってる帽子をサッと上げて小さく頭を下げる御者さんと目が合った。
「申し訳ございません、実は荷物の搬入作業が遅れていて出発時刻が10分程ズレる事になりまして……」
「あぁ、そうだったんですか……って事は、ここら辺で喋ってたらご迷惑になる感じですかね?」
「いえそんな、ご迷惑だなんて事はございません。しかし出発前のご歓談をされるのであれば、ここでは無い方が良いのでは……と、思いますが。」
「……ですね、お気遣いありがとうございます。それじゃあすみませんけど、少しの間だけ失礼します。」
「はい、かしこまりました。出発の準備が出来ましたら案内のベルが鳴りますので、なるべく広場から離れない様にお願い致します。」
「分かりました。」
御者さんに軽く頭を下げてから皆とその場を後にする事にした俺達は、搬入作業をしているマッチョ達の邪魔にならない場所に移動していった。
「さてと、こうして改まって話をしろってなると何を喋れば良いのかねぇ……大体の事は昨日の内に話し終えちまった感じもするし……」
「あはは……僕なんかの都合に付き合わせてしまってすみません、もしアレでしたら皆さんは先にお帰り頂いても大丈夫ですよ。」
「もう、エルアさん!そんな風に私達に対して気を遣わなくても良いんですよ!」
「うん、マホの言う通りだ。10分という時間は思っているよりも長いんだ。それに下手をすると、もっと多くの時間が掛かってしまうかもしれない。」
「エルア、遠慮しなくても良い。」
「家に帰った所でやる事と言えば朝飯を食うか二度寝するかぐらいもんだしなぁ……まぁ、エルアが俺達に帰って欲しいって言うんなら話は別だけども……」
「そ、そんな帰って欲しいだなんて!く、九条さ~ん!」
「ははっ、悪い悪い。名残惜しくてついからかいたくなっちまった。」
「おぉ、おじさんにしては珍しいですね。女性にそこまで強気に出られるなんて。」
「うん、もしかしたら後で吹雪いてくるかもしれないね。エルア、帰りは気を付けておくんだよ。」
「おい、お前達は俺を何だと思ってるんだ?言いたい事は分からなくも無いけど……エルアは俺の中では弟子って扱いになってるから変に緊張はしないってだけだ。」
「……弟子、ですか……むぅ……」
「ん?どうしたエルア。何でそんなに膨れてんだ?」
「……いえ、お気になさらないで下さい……大丈夫ですから……」
「お、おう……?って、マホは何でそんな呆れ様な顔でこっち見てんだ……?」
「……私の方もどうか気にしないで下さい。本当におじんさんってばヤレヤレですねって思っているだけの事ですから……」
「はぁ?なんじゃそりゃ……まぁ、気にしなくても良いなら時間を潰す為の無駄話を始めるとしますかね。つっても、話題に関してはどうしたもんか……」
「ふむ、それなら最後にエルアが師匠としての九条さんをどう思っているのか聞いてみたら良いんじゃないかな。」
「……はい?」
「あっ、それは良いかもですね!昨日はおじさんが邪魔をしたせいで、シッカリその話を聞く事が出来ませんでしたもん!」
「もんって、そりゃ邪魔するに決まってんだろうが!流石に聞かされる俺が恥ずかし過ぎるわ!絶対にそんな話をさせる訳にはいかな…い………」
「おじさん?急に黙っちゃってどうしたんですか?そんな風に誤魔化そうとしたってエルアさんが喋るって決めちゃったら止める事は出来ませんから!ですよね?」
「え、えっと……そう言われると少しだけ困ってしまうんですけど………九条さん?あの、本当にどうされたんですか?もし本当にお嫌でしたら僕としても無理にお話をするつもりはありませんけど……」
「……あーいや、そういう事じゃないって訳でもないんだが……ったく、そんな所でこそこそしてないで出て来たらどうですか?」
「えっ?出て来たらって………っ!?」
「あ、え、えぇ?!」
「おっと、妙な気配がするなとは思っていたけれど……なるほど、そう言う事か。」
全員の視線が向けられた建物の陰、そこからスッと姿を現したのは俺達って言うかエルアにとってはラスボスとも言える存在……ニックさんだった……
正直に言うとまさかの展開に軽く頭が混乱して上手く考えがまとまらないが、俺としては好都合か……運が良いのか悪いのか役者が揃っちまったみたいだし、心残りをここで何とか片付けられる様に動いてみるとしますかねぇ。
「……何しに来たの。」
「な、何をしにってそれはその……お前が心配だったから、迎えに、だな……」
「心配?心配だって?ハッ、今更そんな事を言うなんて一体何の冗談」
「はいっ!そこまでだ、エルア。」
「……九条さん?」
話を強引に遮る為に手を打ち鳴らした直後、エルアから冷めきった突き刺さる様な視線をビシビシと浴びせられる結果になっちまった……!
ぶっちゃけ怖すぎてちょっと心が折れかけているけど、ここで引き下がったら親子関係がこじれまくって面倒な展開に発展していくのは目に見えている!だから勇気を持つんだ九条透!この厄介極まりないイベントに終止符を打つ為に!!
「……良いのか、ちゃんと確かめなくて。」
「……何をですか。」
「言わなくても分かってるだろ?」
「………」
「ニックさん、教えてくれませんか。どうしてエルアと奥さんが襲撃されたのにすぐ家に帰って来れなかったのか。何か事情があったんですよね?」
「……それは……」
「何も無い訳ないですよね。エルアの事を心配して王都からトリアルまで二度も来るぐらいなんですから。エルアだって聞きたいだろ?……違うか?」
「……違いません。」
「エルア……俺は………」
「勘違いはしないで下さい。どんな事情があったかを聞いた所で貴方を許すつもりはありません。」
「…………」
「……でも、話も聞かずに否定ばかりするのは止めました。だから、教えて下さい。どうして……どうして、僕と母さんの所に帰って来てくれなかったんですか……?」
決意や不安、他にも様々な感情を滲ませた表情を浮かべ少しだけ声を震わせながらそう問いかけたエルアと無言のまま見つめ合っていたニックさんは……短くため息を吐き出して何かの覚悟を固めたかの様に見えた。
「俺が……家族が襲撃されたと教えられても、すぐに帰らなかったのは……お前達を襲った連中を見つけ出して……もう二度と、そんなふざけた真似をさせない為に一人残らず根絶やしにする為に時間が掛かってしまったからだ……」
「……へっ?ね、ねだ……え?」
「あのゴミ屑共……!俺だけを狙うのならまだ手加減はしてやった……!だが、俺の大事な家族に手を出し傷付けようとしたその罪……!この俺が、直接、徹底的に叩き潰してやらなきゃ気が済まなかったんだ……!」
「……な、なるほど……」
「本当ならお前達の所に何を放ってでも帰りたかった……しかし……あぁ、思い出すだけでも腹が立つ……!くそっ、もう何発がぶん殴ってやれば良かった……!」
「……え、えーっと……?」
般若の様な顔になって歯を食い縛り腕に血管を浮き出させながら握り拳をプルプルさせているニックさんから目線を逸らしたエルアが戸惑った感じでこっちを見つめてきたが……いやいや、そこで俺を見られても困りますってば!
「すまないエルア……お前達が俺を頼りにしてくれていたと言うのに、傍に居てやる事が出来なくて……!う、うぅ……!俺は、なんて酷い父親なんだ……!だが、だがどうしても……!自分の手でケリを付けなければ……そう思って……俺は……!」
「う、うん……そう、だったんだね……あ、ありがとう父さん。そ、それと……色々言っちゃってごめん……僕、自分勝手だったね……」
「そんな事は無いぞエルア!全ての原因は俺にある!依頼人を護るだけで、襲撃者の後始末については警備兵に任せっきりだった!もうこんな事にはならない様、仕事の内容を見直してこれからは恨みを買う隙すら見えない程にっ……!」
「わ、分かった、分かったよ父さん!あっ、そろそろ出発の時間みたいだ!皆さん、今日までお世話になりました!また何時か!お会い出来る日を楽しみにしています!それまでどうかお元気で!ほ、ほら!行くよ父さん!」
「ま、待てエルア!まだ俺の話は終わって!こ、こら!腕を引っ張るんじゃ!っと、アンタ達にも礼をしないと!」
「い、いえいえいえ!どうかお気になさらず!そ、それでは~!……な、何と言うか勢いだけで全部が片付いち……まったのか?コレは……」
エルアは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらニックさんの腕を引っ張ると、ベルを鳴らしている御者さんの方にそのまま走って行ってしまったんだが……
「えっと、あの馬車ってエルアさんの分しか予約していなかったと思うですけど……あっ、発車しちゃいましたね……」
「……まぁ、こうなっちまったら俺達が気にするだけ無駄ってもんか……」
「ふふっ、そうだね。後の事はきっと流れに任せておけば大丈夫だと思うよ。」
「で、ですよね……エルアさんもニックさんがどれだけ家族の事を愛しているのかが分かったと思いますし……うん、きっと何とかなりますよね。」
「何とかなる。」
「はぁ……だと、良いけどなぁ……ははっ。」
自然と肩が落ちて乾いた笑いが出ちまったけど、心の中はホッとしている事に気が付いた俺は大きく息を吸い込みながら太陽が昇り始めた澄み切った青空を見上げるのだった。
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