第7・5章

第136話

 弟子が出来ると言う普通に生きてたら起こり得ないイベントが無事に終わってからあっという間に数週間が過ぎていき、俺達が挑んだダンジョンが消失したのと同時にトリアルに訪れていた季節は春へと移ろい始めていた。

 

 そんなある日の事、春物の服を買いに行って来ますと言って出掛けた皆と別行動を取っていた俺は特にする事も無かったので丁度良い感じの小遣い稼ぎが出来る簡単なクエストでも探そうかと思って斡旋所までやって来ていたんだが……


「うーん、やっぱり冒険者が活発に動く様になってきた影響だなぁ……コレと言って旨いクエストが見当たらねぇ……ったく、こんな事なら服に興味が無くても買い物について行けばよかったか……?」


「ん?そこに居るのはもしかして九条さんじゃありませんか?」


「え?……あっ、どうも親方。珍しいですね、ここで顔を合わせるだなんて。」


 背後から名前を呼ばれて振り返った先に立っていたのは、加工屋で見る作業着ではなくてラフな感じの私服を着ていた親方だった。


「そうですね、私も何度かここには足を運んだりしているんですがこうして会うのは初めてになりますか。っと、そう言えば他のお仲間は?ご一緒じゃないんですか?」


「えぇまぁ、実は俺以外の皆は春服を買いに出掛けちゃってて……特に服を買おうと思わなかった俺はさっきまで家で留守番してたんですけど、あまりにも暇だったんで良い感じのクエストでもないかなと思って斡旋所に来てはみたんですが……」


「はっはっは、その顔はどうやら思う様な成果を得られなかったみたいですね。」


「はい……今まで冬眠中だった冒険者達が雪解けを合図にして一斉に活動を再開したみたいでして……って、こんな事は既にご存じだったりしますよね。」


「勿論、ウチもここ最近は武器や防具の手入れを依頼されたりしてそれなりに忙しくしてもらってますので。」


「やっぱりそうでしたか……それじゃあ今日は、その依頼関連の事で斡旋所に来たんですか?」


「いえ、全く関係無いと言う訳ではありませんが今日は依頼を発注する為に斡旋所に来たんです。」


「依頼?って事はクエストを出したんですか?何か困った事でもあったんですか?」


「困った事って程では無いんですが……実は……」


 なんて話を親方としてから数十分後、斡旋所を去って向かった先で俺がやっている事って言うのが……


「げほっげほっ!……いやはや、凄い埃ですね……親方!この鎧ってどっちの運べば良いんですか!」


「あぁ、それはさっきのと同じで店の奥にお願いします!……すみません九条さん、店の大掃除を手伝わせたりなんかして……」


「いえいえ、これぐらい何でも無いですから気にしないでくださいよっと……ふぅ、とりあえず大きな物はこれで最後かな?」


 額から流れる汗を手の甲で拭ってサッパリした店内を眺めながらホッと一息ついていると、俺と同じ作業をしていた娘さんがニコッと微笑みかけて来た。


「うん!ありがとう九条さん!本当に助かっちゃったよ!ね、親父!」


「おい、だから店では親方と呼べって何度も」


「別に良いじゃん!だって今日はお店をお休みにしてるんだからさ!九条さんだって気にしないでしょ?」


「まぁ、そりゃあ俺は気にしませんけど……」


「ほらほら!九条さんもこう言ってくれてる事だしさ!それよりも親父、早く掃除に取り掛からないと今日中に終わらないよ!」


「ったく、誰のせいで今まで掃除が出来なかったと……」


「そ、それは言いっこ無しでしょ!それに親父だって仕事が忙しいって言って今まで掃除をしようと思ってなかったじゃん!」


「いや、だから俺は仕事を制限すべきだって言ってただろうが!それなのにお前が、腕を上げる為にはとにかく仕事がやりたいって我が儘を言いやがって!」


「わ、我が儘じゃないもん!私は職人としてちゃんと立派になろうと思って!」


「まぁまぁまぁ!ね、掃除!やりましょう!ね!」


 再び親子関係の面倒事に巻き込まれるのだけは避けたかった俺は2人の間に割って入り強引にこの場を収めると、埃の舞う店内の掃除に取り掛かって行くのだった。


「……いやはや、改めてにはなりますけど九条さんと斡旋所で運良く会う事が出来て本当に良かったですよ。俺だけだと力仕事が終わりそうにありませんからね。」


「むぅ、その言い方だと私が役に立たないみたいに聞こえるんですけど?私だって、気合を入れたら力仕事ぐらい楽勝なんだから!」


「ハッ、空っぽのタル1つ満足に動かせなかった癖によく言うぜ。アレも九条さんがわざわざ運び出してくれたんだろうが。」


「そ、それは仕方ないじゃん!あのタルって武器を入れる為に作られてるから見た目よりも頑丈で重たくなってるんだから!それに~?親父だって腰をやられかけて運ぶ事が出来なかったじゃん!」


「や、やかましい!それ以外は普通に俺も運んでただろうが!グダグダ言ってないで自分の仕事をちゃんとやりやがれ!」


「何おう!」


「……あの、俺が口出しするのもアレなんですけど父娘喧嘩ばっかりしてないで掃除してもらえますかねぇ?」


 別にお互いを嫌い合ってるって訳じゃないのは全然分かるんだけど、この2人って似た者同士と言うか何と言うか……マジでちゃんと歯止めになっていかないと掃除が終わりそうにねぇなぁ……


 いがみ合ってる仲良し親子を微笑ましく思いながらしばらく拭いたり掃いたりしていたら、扉の開く音が聞こえてきたので俺は反射的にそっちの方に顔を向けて……


「あっ、ごめんなさい!今日は大掃除中なんで仕事の依頼はって!」


「おっと、旦那じゃないですか。」


「おう、邪魔して悪いな。店をやってないってのは知ってたんだが、どうしても依頼したアレを受け取りたくてよ。迷惑を掛けて申し訳ないが、どうだ?」


「えぇ、問題ありませんよ。既に仕事は終わっていますから。おい、裏からこの人の仕事道具を持って来てくれ。」


「はいはーい!それではお客さん、引き換えのデータが入力されてるカードの提示をお願い出来ますか?」


「おう。」


「ありがとうございます!えーっと……はい、ちょっと待ってて下さいねー!」


 顔に傷のある身体のデカい厳つい男性から受け取ったカードを機械に通して何かの確認作業を行った娘さんは、タッタッタと小走りで店の奥に引っ込んでしまって……


「……ん?俺の顔に何か付いてるか?ってか、アンタ初めて見る顔だな。もしかしてこの店の新入りか?」


「えっ?あぁいや、そう言う訳では無くて……え~……」


「旦那、その人はウチの常連さんで冒険者の九条透さんだ。今日は大掃除をするのを手伝ってもらってるんだよ。」


「ほぉ、そうだったのかい。俺はてっきりあの子の彼氏か何かのかと思ったよ。」


「はっはっは!そいつは冗談にも程があるってもんだろ!……ねぇ?」


「え、えぇえぇえぇ!!そ、そうですよ!俺なんかがあんなに可愛いお嬢さんの彼氏だなんて!恐れ多いですってば!」


「ん、そうかい?パッと見た感じではお似合いに見えたけどなぁ。」


「あ、あははは!またまたぁ!」


 あぁもう、この人ってば何処の誰か知らないけど変な事を言わないでくれよ……!親父さんが笑顔なのに目だけが笑ってないって状態になっちゃったじゃねぇか……!


「お待たせしましたー!はいコレ、手入れをされていた品です!どうぞご確認を!」


 何とも言えない気まずさのせいで背中から冷や汗が流れ出しそうになっていたら、ナイスなタイミングでケースを抱えた娘さんが店の奥から戻って来てくれた!


「おっ、悪いな。それじゃあ早速……うん、やっぱり道具の手入れはこの店の職人に任せるに限るぜ!アンタも常連ならそう思うだろ?」


「え、えぇまぁ……って言うかそれって……」


 旦那と呼ばれてた男性が右手に持って自分の目に前に誇らしげに掲げていたのは、刃の部分がキラッと輝く包丁だった。


「がっはっは!俺の仕事道具だよ。実は大通りから少し外れた場所で飲食店をやっていてな。自分で手入れする暇が無い時はよくここを利用させてもらってるんだよ。」


「へぇ、もしかして親方達はそちらのお店の常連さんで?」


「はい、そんな所ですね。」


「えへへ、このおじさんの作ってくれる料理ってとっても美味しいんだよ!九条さん達も今度行ってみたら?」


「ははっ、機会があれば是非。」


「おう!その時はサービスさせてもらうぜ!……って、そういやアンタ……」


「……な、何ですか?」


「あぁいや、アンタの髪の毛と瞳の色がさっきウチに来た連中が言ってた奴の特徴と一致してるなと思ってな。」


「連中?お客さんですか?」


「いや、客じゃない。そいつ等、警備兵みたいな恰好をしていたんだが人探しをしていたらしくてな。黒髪黒目の男を知らないかってついさっき聞かれたんだ。」


「黒髪黒目?……確かに九条さんの外見と一致してるみたいだね。」


「そうみたいだな……一体何の目的でそんな事を?」


「さぁな。事情を聞く前にとっとと居なくなっちまった。アンタ、心当たりは?」


「心当たり……は、無いですね。」


「そうかい。っと、そろそろ仕込みに戻らねぇと昼に間に合わねぇやな。それじゃあ俺はコレで失礼するぜ。また時間がある時にでも店に来てくれよな。」


「はーい!それじゃあ、ありがとうございましたー!」


 包丁を再びケースの中に仕舞った男性が加工屋を去って行った後、大掃除に戻った俺達は2時間程掛けて店の中を綺麗にしていくと……


「うん!こんなもんかな!いやぁ、これで新人冒険者さんを出迎える事が出来るよ!九条さん、手伝ってくれてどうもありがとうね!」


「いやいや、お役に立てたのなら何より。」


「九条さん、感謝します。お礼と言っては何なんですけど、さっきの旦那がやってる店で一緒にお昼でもどうですか?勿論、私の奢りで。」


「えっ?いや、悪いですよ。」


「悪くない悪くない!だってコレは掃除を手伝って貰った報酬なんだから!遠慮とかする必要ないって!……それとも、私達と一緒にお昼ご飯は食べたくない?」


「うっ……!そ、そういう訳では無いけど……」


「だったら決まり!ほらほら親父!早く支度して!」


「ったく、我が娘ながら色々と末恐ろしいな……九条さん、お願いですからコロっと騙されたりする様な事は……」


「わ、分かってます分かってます!ちゃんと心得ておきますから!」


「ん?何の話か分かんないけど早く早く!私もうお腹がペコペコだよ!」


「あぁうるせぇ!すぐに支度してくるからちょっと待ってろ!」


 その後、予想もしていなかった展開に巻き込まれて加工屋親子と一緒に昼飯を食う事になった俺は他愛もない談笑をしながら腹を満たしていくのだった。

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