第133話

「エルアさん、ここがトリアルのお土産さんですよ!他にも何店舗かありますから、ここで買いたい物が見つからなかったら教えて下さい。案内しますから。」


「はい、ありがとうございますマホさん。」


「いえいえ、どういたしまして!」


 昼飯を食べてる時にお土産屋を見て回りたいとエルアから提案されたので、俺達はロイドから聞いた情報とマホの案内を頼りに近くにあった店まで連れて来てもらっていた。


「ふーん、かなり落ち着いた感じの店みたいだな……確かエリオさんとカレンさんがよく利用している店なんだっけか?」


「うん、父さんが王都の知り合いに渡す贈り物を買う際によく来ているね。この店で取り扱っている工芸品はどれも素晴らしい物ばかりだから、きっとエルアが気に入る土産物が見つかると思うよ。」


「はい、期待しています。でも、もしもの時は相談に乗ってくれますか?」


「えぇ!何時でもどうぞ!あっ、おじさんのセンスはアレですから相談に乗れるかは分かりませんけどねぇ。」


「やかましいわ。さてと、店の前で何時までも喋ってたら迷惑になっちまうから中に入らせてもらうとしますかね。」


 カランカランと鳴り響くベルの付いたドアを引いて店内に足を踏み入れていくと、建物奥にあるカウンターの向こう側に座っていた品のあるお婆さんと目が合った。


「いらっしゃいませ……あらあら、ロイドさんじゃありませんか?」


「うん、久しぶりだね。」


「はい、どうもご無沙汰しております。ご一緒に居る方々はご友人ですか?」


「ふふっ、彼らは私と同じギルドに所属している冒険者仲間だ。今日は彼女の両親に贈る土産物を探しに来させてもらったよ。」


「あっ、初めまして!エルアと言います。今日はよろしくお願いします!」


「はい、よろしくお願いしますね。うふふ、元気のいい可愛らしいお嬢さんですね。ご両親に渡すお土産を買いに来て下さったんですか。」


「は、はい……そうです、ね……」


「……分かりました。それではどうぞごゆっくりお過ごし下さいませ。」


 口籠って少しだけ表情が曇ってしまったエルアの顔を見て何かを察してくれたのか店主さんは深くは聞かず、そこで話を終らせて丁寧にお辞儀をしてからカウンターの方へと戻って行った。


「……すみません、何だか変な空気にしてしまって……」


「いや、謝らなくても良いさ。それよりも土産物を探すんだろう?俺達も手伝うから色々と見て回らせてもらおうぜ。」


「えへへ、もしかしたら私達が欲しい物を先に見つけちゃうかもしれませんけどね!だって並べられてある物、どれも凄く綺麗で魅力的なんですもん!」


「そうだね。だからこそ、時間を掛けてジックリ選ぶとしようか。九条さん、私達はあちらの方を見て回るからこちら側はお願いしても良いかな。」


「おう、それじゃあまた後でな。」


「あぁ、また後で。ソフィ、行こうか。」


「うん。」


 それなりに広い店内なので別行動を取る事にした俺達は、2人が向かった先と違う方向に歩みを進めて行きそこにある品を見てみる事にした。


「うわぁ……!綺麗な色のグラスですね……あっ、こっちにも!」


「どうやらここら辺には主にガラス細工の食器とかを置いてるみたいだな……ってかこりゃまた随分とお手頃価格だこって……」


「えぇ、これだけの物は王都で買おうとしたらかなりの値段がすると思います。」


「だよな……いやはや、これじゃあ土産物を1つに絞るのは難しそうだな。」


「はい、本当に……1つに絞るのは勿体ない気がします……」


「…………」


「うふふ、だったらどれか1つだなんて言わないでお土産を渡したい人の事を思って色々と買ってみたらどうかしら。」


「えっ?あっ、店主さん……」


 後ろから声を掛けられて3人揃って振り返ってみると、店主さんが穏やかに微笑みながらそこに立っていた。


「ごめんなさいね、お邪魔かもしれないと思ったけれど悩んでいるみたいでしたからついお声掛けしてしまいました。」


「あっ、それはそれはお気遣いどうも……えっと、何と言うか本当に見惚れてしまう様な商品ばかりですね。」


「ありがとうございます。そう言って頂けると主人も喜びます。」


「主人も?って事は、こちらにある商品ってご主人の手作りの物なんですか?」


「はい。王都から仕入れた商品も幾つかございますが、並んでいる品物のほとんどは主人が工房で造った物なんです。」


「へぇ、そうなんですか。凄い方なんですね。あの、もしよろしかったら意見とかを頂いても良いですかね?これだけ素晴らしい品があると本当に悩んでしまって……」


「はい、喜んでお手伝いさせてもらいますよ。確かそちらのお嬢さんがご家族に贈るお土産の品を探していたんでしたよね。よろしかったらお母様の事についてお伺いをしてもよろしいでしょうか。」


「え、えぇ……その、僕の母さんはとても優しい人でどんな時も前向きで……本当に心の底から尊敬出来る素敵な人です。」


「うふふ、自慢のお母様なのね。」


「はい、特に母さんが作ってくれるクッキーや紅茶は本当に美味しくて……父さんの職場で……一緒に………」


 さっきと同じく表情を曇らせて口を閉ざしてしまったエルアの気持ちを察する事が出来ない訳じゃない俺は、ここで助け舟を出してあげるのが正解なのかどうか迷ってしまうのだった……


「……お父様と、何かあったの?」


「……そうですね……僕の父さんは……とても、最低な人で……」


「最低……どうしてそう思うのかしら?」


「……あの人は、僕や母さんの事よりも自分の仕事を第一優先に考えている人で……自分の家族の事なんてどうでも良いって思っていて……それで………」


 おっとっとっと……やっぱり今のエルアにとってはニックさんの話題は超特大級の地雷だったみたいだな……にしてもこの店主さん、さっきは気遣ってくれたってのにどうしてまたこんな話をしてきたんだ?


「……そう思っているって、お父様から直接言われたの?」


「そ、それは……直接そういった事を言われた訳ではありません……でも、そう思うのに充分な理由があって……」


「……その理由、差し支えなければ教えて頂けないかしら。」


「……分かりました。」


 店主さんの持っている柔らかな人柄のおかげなのか分からないが、エルアは自分と母親に起きた一連の出来事をぽつぽつと話し始めた。


「……なるほど、お嬢さんとお母様にそんな事があったのね。だからこそ、お父様の事が許せない。」


「はい……きっと父さんは僕や母さんの事なんかどうでも良いと思っていて……」


「……エルアちゃん、貴方は本当にそう思っているの?」


「……えっ?」


 うつ向き固く握られていた右手を優しく包み込んだ店主さんに名前を呼ばれてそう問いかけられたエルアは、戸惑いの混じった表情を浮かべながら顔を上げていった。


「間違っていたらごめんなさい。多分だけど、貴女はきっと気付いている。お父様が自分やお母様の所にすぐ来てくれなかった事には事情があるって。」


「…………」


「だけど、それでも許せなかった。怖い思いをして傍に居て欲しい時に自分達の所に帰って来てくれなかったお父様に失望をしてしまったから。」


「そ、それは……」


「うふふ、別に責めている訳じゃないの。だって、そう思うのも仕方ない事だもの。私だって、自分が辛い思いをしている時に主人が仕事にばかり熱中していたら嫌いになってしまうかもしれないわ。」


「店主さんも……ですか?」


「えぇ、だけどもしそこにどうしてもやらなければいけない事情があったのなら……どうかしらねぇ。怒りはするかもしれないけれど、少なからず理解をしてあげる事は出来るかもしれないわ。」


「……理解……」


「エルアちゃん、お父様の事を許してあげる必要は無いわ。ただ少しだけ良いから、何があったのか、どうして帰って来なかったのか事情を聞いてあげたらどう?」


「…………」


「それを聞いてまだ許せないと思うのならそれもまた仕方のない事よ。だけどもし、少しでも理解してあげられると思ったのなら……その時は、ちょっとだけで良いから歩み寄ってあげたらどうかしら。大切な、家族なのでしょう?」


「…………」


 何かを思い悩む様な表情を浮かべながらその場から動かなくなってしまったエルアから静かに離れて行った店主さんは、優しい笑顔でこっちに微笑みかけて来ると背を向けてそのままカウンターの奥に引っ込んで行ってしまった……!?


 いやいや、ちょっと待って下さいってば!流石にこんな重苦しい状況の中で放置をされると俺とマホも色々と厳しい物があるんですけども……!


 なんて考えてどうしたもんかと考えながらしばらく身動きが取れずにいたら、店主さんが長方形のケースみたいな物を持って俺達の前に戻って来た。


「エルアちゃん、もし良かったらコレを受け取ってくれないかしら。」


「……えっ?」


 店主さんはそう言ってすぐ近くにあった背の低い何も並んでない陳列棚の上にそのケースを置くと、掛けられていた鍵を外して蓋をゆっくりと開いていったので俺達は中身を覗き込んでみた。


「うわぁ……!凄い、綺麗なティーカップですね……!」


「あ、あぁ……素人目だがメチャクチャ手が凝ってるのは分かる……あの、コレってもしかしてご主人の作品ですか?」


「えぇ、そうです。この3つのティーカップとポットは主人が作ってくれた物です。エルアちゃんどうかしら?お代は結構だから受け取ってもらえない?気に入らないと言うのなら諦めるしかないけれど……」


「い、いやいや!気に入らないだなんて事は無いですけど、悪いですよ!こんなにも素敵な物をお代は結構だなんて……!えっと、お幾らなんですか?」


「さぁ、コレは売り物じゃないから特に値段は決めていないの。主人があげたい人が出来たら渡せば良いって作ってくれたものだから。」


「そ、そうなんですか……?いえでも……初めて会ったばかりなのにここまでの事をしてもらう訳には……」


「遠慮はしないで。それとも、やっぱり若い人の好みの柄では無いのかしら……」


「あぁいや!そんな事は決して!……ではその……受け取らせて頂いても……良い、でしょうか?」


「うふふ、はいどうぞ。」


 わーお、笑顔でメチャクチャごり押してきたぞ店主さん……まぁ、おかげ様で何か良い感じに話が転がりそうな予感がしてきたから今の所は感謝しておくか……


「……ありがとうございます。大事に使わせて頂きますね。」


「えぇ、そうしてくれると主人も喜ぶわ。それでは私はコレで、失礼します。」


「あっ、はい。どうもありがとうございました……」


 ティーセットの入ったケースを陳列棚の上に残したままカウンターの方まで戻って行ってしまった店主さんから目を逸らした後、俺達は何とも言えない気まずい空気の中で買い物をすると店を後にするのだった。

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