第126話

 ニックさんとサブさんが帰ってからしばらくした後、ロイドとソフィが見て分かるレベルで落ち込んでいるエルアを連れて我が家に帰って来た。


「……すみませんでした、いきなり飛び出してしまったりして……」


「いやいや、気にすんなっての。とりあえずは戻って来てくれて何よりだ。ロイドとソフィもありがとうな。」


「うん、どういたしまして。九条さん、家の前に居た人達が居なくなっていたけれどエルアのお父さんはもう帰ってしまったのかい?」


「あぁ、お前らが戻る少し前にな。」


「そうか、挨拶が出来なかったのは残念だったな。」


「………」


「……さてと、それじゃあ全員適当に座ってくれるか。俺達が聞いた話を一応は説明しておきたいからさ。」


 気まずそうにしているエルアが気になりつつ話を進める事にした俺は、ついさっき聞かされた事情ってやつを順を追って説明をしていった。


「……父さん、そんな理由で僕の事を連れ戻そうとしていただなんて……幾ら何でも心配し過ぎですよ……!何時までも子供扱いして……」


「ふふっ、それは仕方ないんじゃないか。だって紛れもなく、エルアはニックさんの子供なんだからさ。」


「…………」


「それに今の話を聞いて思ったよ。やはり娘を持つ父親と言うのは何処の家庭もそう変わりはしないんだなってね。」


「……えっ?」


 おかしそうに笑いながらそう言ったロイドはきょとんとしてるエルアの顔をジッと見つめると、静かに瞳を閉じて昔を思い出す様な表情を浮かべ始めた。


「これは九条さん達と出会う少し前の事だったんだけど、私を慕っている女の子達と一緒に行ったクエストでちょっとしたかすり傷を負ってしまったんだよ。そうしたら父さん、大慌てで街中の医者を集めろだなんて言い始めてね。本当に参ったよ。」


「へぇ、そんな事があったんですか?」


「うん、本当に小さな傷だったんだけどね。流石に今はそんな事も無くなったけれど父親と言うのは娘の事に対しては過敏に反応してしまう物らしい。だからこそニックさんもエルアが怪我をしたと聞いて慌ててここまで来てしまったんじゃないかな。」


「っ……それなら……だったら……母さんの事も……」


 ほんの一瞬だけエルアの周りに張り詰めていた空気が柔らかくなった気がしたが、その直後に今度は静かな怒りみたいな感情が俺達全員に伝わってきた。


「……あの、エルアさん。良ければ聞かせてもらえませんか?一体お父さんとの間に何があったのか……どうしてそこまでして強くなりたいのか……ダメ、ですか?」


 マホから真っすぐな視線をぶつけられたエルアは微かに顔を伏せて何かを悩む様な素振りを見せたが、数秒も経たない内に決意に満ちた様な表情になって顔を上げた。


「僕が強くなりたいと、母さんを護らなくちゃいけないと強く思ったその理由は……つい先日、父さんに恨みを抱いている人達に襲われたからです。」


「お、は、はぁ!?」


「お、おそ、襲われたって!え、えぇっ!?!!?」


 予想外の発言が出て来て驚きのあまり俺とマホが思いっきり動揺ているその隣で、ソフィと共に冷静を保っていたロイドが顎に手をやりながら唸り声をあげた。


「ふむ、そんな事があったなんて……まさかその時にお母さんに何かあったのかい?例えば大怪我をしてしまったとか。」


「いいえ、僕も母さんも身辺警護をしてくれている人が居てくれたので無事ではありました……ですが……」


「ですが……何かあったんですか?」


「……その逆です、何もありませんでした。僕と母さんが襲われたと連絡されたはずなのにあの人は、すぐに家に帰る事もせず連絡の1つも寄越しませんでした。」


「そ、そんな!?一体どうして?!」


「仕事が忙しかったそうですよ……どうしても手が離せない状況だったとか……本当なのかどうかは分かりませんけどね……」


 怒っているのか悲しんでいるのか、はたまた別の感情があるのか読み取れない顔で乾いた笑いを浮かべたエルアの姿を目にして俺達は言葉を失ってしまっていた。


「……エルア、どうしてニックさんがそんな状況になってたのか聞いたのか?」


「……そんな事、聞く気もありませんよ。どんな理由があったにせよ、あの人は僕と母さんよりも仕事を選んだという事に変わりありませんからね。」


 多分だけど俺の考えが間違ってなければニックさんが2人の所に駆け付けなかった理由ってのは……いや、今のエルアに何を言った所でそんなのは無駄でしかないな。


 俺以外の皆もそれなりに有る程度の事情は予想出来てそうだけど、それを口にする権利は完全なる部外者である俺達にはない……だったら、やる事は1つしかないか。


「……よしっ!お前が強くなりたい理由は分かった!これ以上はもう何も聞かん!」


「えっ?」


 バッと勢いよく立ち上がった戸惑いながら見つめて来たエルアと視線を交わすと、今度は皆に目配せをしていき……


「エルアは母親の事が護れるぐらい強くなりたくて、そして父親であるニックさんの事を見返してやりたい!そうだろ?」


「は、はい……」


「だったらこんな所でのんびりしている暇はねぇ!さっさと昼飯を食ってクエストに行くとしようぜ!な!」


「ふふっ、そうだね。残されている時間もそう多くは無いから、強くなりたいのならもっともっと努力していかないとね。」


「戦闘技術、魔法の扱い、モンスターについての知識、覚える事はまだ沢山ある。」


「えぇ!私もサポートしますので頑張って下さいエルアさん!」


「……皆さん……は、はい!ありがとうございます!僕、今よりももっと強くなってみせま……あっ……」


 テーブルに両手を付いた勢いでエルアが椅子から腰を上げた直後、ぐぅ~~という可愛らしい音がリビングに響き渡って……


「ははっ、さっさと昼飯作りに取り掛かるとしますかね。」


「う、うぅ……はい、そうしましょう……」


 顔を真っ赤にしながら両腕で腹を隠しているエルアを見ながら笑い合った俺達は、静かな決意を胸に動き始めていくのだった。

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