第124話

「え-ーっと、紅茶とケーキです……よろしかったらどうぞ……」


「おっと、こりゃすまないな。」


「あぁいえ……それと、こっちがエルアさんの分になります……どうぞ……」


「……ありがとうございます、マホさん……」


 食卓のテーブルを挟んで目を合わせはしないが向かい合う形で座ったエルアと親父さんの前に俺が買ってきたケーキと淹れたばかりの紅茶を淹れたマホは、そそくさとその場を離れるとソファーに腰を下ろしている俺達の方に戻って来たんだが……


「……それで?わざわざ王都から何の用事でここまで来たのさ。


「何の用事って……お前に会う為にトリアルまで来たに決まっているだろう。大事な一人娘が黙って居なくなったんだ。心配をするなと言う方が無理な話で」


「ふんっ、大事な一人娘だなんてよく言うよ。」


「…………」


 冷たい声でそう言い放ったエルアと気まずそうに口を閉ざしてしまった父親の姿をチラッと伺っていた俺は、あまりの空気感に胃が痛くなり始めていた……!


「うぅ、何でまたあんな事に……って言うかさっき、あの人エルアの事を大事な一人娘って言ってた気がするんだが……?」


「……やっぱり気付いてなかったんですね、おじさん。」


「やっぱりって……知ってたのか?エルアがその、女の子だって……」


「えぇ、勿論じゃないですか。」


「だ、だったら言ってくれよ!お前のその口振りからすると、俺が気付いてないって分かってたんだろ?それなら……」


「嫌ですよ。極端に女の子に不慣れなおじさんにエルアさんの性別を教えたら、変に意識して今の関係を築けなくなってたかもしれませんからね。違いますか?」


「うぐっ……!そ、そう言われると強くは否定出来ねぇけど……」


 確かに包丁の握り方を教える時に後ろから抱きしめる様な動きをした事があったりしちゃったんだが……うわっ!そう考えたらコレまでやって来た事ってかなりマズい感じなんじゃないのか!?やっべぇ……今更ながらに恥ずかしくなってきた……!


「それで?僕には何の用事も無い訳だけど、父さんは一体何の用事があってここまで来たって言うのさ。ただ僕に会いに来ただけって事でもないんだろ。」


 苛立ちみたいな物が滲んでるのが嫌でも分かる様な声色でエルアがそう告げると、親父さんは両目を閉じて眉をひそめたまま静かにため息を吐き出していった。


「……俺がここに来た理由、それは……お前を連れ戻しに来たんだ。」


「連れ戻しにって……ハァ!?いきなり意味が分からないんだけど!」


「お嬢、お願いですから親父の話を最後まで聞いてやって下さい。どうか……!」


 エルアの親父さんに付き添わせて欲しいと頼み込まれたので家に入る事を許可したスキンヘッドの男性は両手を膝の上に乗せると、深々と頭を下げていった。


 つーかエルアの親父さんってやっぱりそういった感じで呼ばれてるのね……いや、だからって別にそう言う事じゃないよな!うん、この人はきちんとしたカタギの人!絶対に……絶対に裏社会の重鎮的な人では無いはず……ですよね?


「……分かったよ、そこまで言うのなら話だけは聞いてあげる。でも、何を言われた所で僕は帰る気なんて無いならそのつもりで……って、何さ。」


「エルア……一体どうしたって言うんだ……?」


「はぁ?どうしたって、何の話だよ。」


「だ、だから!その言葉遣いだよ!一体どうしたんだ?!」


「……言葉、遣い?」


「エルア、お前ウチに居た時はではちゃんと自分の事を私って呼んでたじゃねぇか!それなのに何でそんな男の子みたいな口調で喋る様になっちまったんだ?!」


「そ、それは……そんなの父さんには関係ないだろ。」


「いやいや、関係あるに決まってるだろ!それに何だよ父さんってのはさ!今まではちゃんとパパって呼んでくれてたじゃねぇか!」


「パッ?!ちょ、ちょっと止めてよ恥ずかしい!九条さん達が見てるじゃないか!」


「恥ずかしいって何だよ!?俺達は親子なんだから何処にも恥ずかしがる要素なんて無いじゃねぇか!」


「有るよ!もう!大体父さんは何時も何時も僕の話も聞かないで勝手に……!」


 あ、あら?さっきまで逃げ出したい気持ちで溢れかえってたってのに、急に見てるのが恥ずかしいぐらいの微笑ましい喧嘩が始まっちゃった気がするんですけども……


「そ、それはお前の事を心の底から心配しているからであって!そ、そうだ!ママに聞いたぞ!お前が言葉遣いを変えた理由、どうもその九条透って男が原因みたいじゃないか!」


「……へ?」


 エルアの親父さんに急にビシッと指を差された俺は自分でも間抜けだと思える様な声をあげながら反射的にエルアの方を見ていて……


「ち、違う!あっいや、そうじゃなくて!ぼ、僕はもっと強くなる為に口調を」


「口調を男の子っぽくしたからって強くなれるかどうかは関係ないだろう!と言うかどうしてお前が強くなる必要があるって言うんだ!」


「っ、そんなの決まってるだろ!何かあった時に僕が母さんを護る為だ!」


「ま、護るって……それはエルアの役目じゃなくてパパがする事で!」


「うるさい!そんな言葉、信じるもんか!父さんはいつも仕事仕事で家に帰って来る事の方が稀じゃないか!そんな人がどうやって母さんを護るって言うんだ!!」


「そ、それはだな!今の仕事が片付いたらきちんと考えて」


「うるさいうるさい!言い訳なんて聞きたくない!父さんなんか大っ嫌いだ!!」


「あっエルアさん!待って下さい!お、おじさん!」


「分かってる!でも、俺が追い掛けてもダメな気がするからロイドとソフィに任せて良いか。」


「うん、大丈夫だよ。」


「行って来る。」


「おう、よろしく頼んだ。」


 泣きながら家を出て行ってしまったエルアの後を追ってロイドとソフィがリビングから居なくなった後、俺とマホは揃ってある一点を見つめた。


「だ、だだ、だい、だいき、だいき、だいきらい……………」


「お、親父!シッカリして下さい、親父!」


「……やれやれ、こりゃどうしたもんかなぁ……」


「えぇ、本当に……」


 虚ろな目をしながら天井を見上げて壊れたテープレコーダーが如く同じ台詞を繰り返している親父さんと慌てている付き人、その両方の姿を見つめながら俺達はそっと頭を抱えるのだった……

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