第123話

「えーっと……うん、とりあえずコレだけ買っておけば大丈夫だろうな。」


 弟子になったエルアに本格的な訓練を行い始めてから早数日、1人で買い物に来ていた俺は腕に抱えた袋の中を覗き込みながらため息を零していた。


「いやはや、エルアが作りたがってた料理の食材と調味料が無くなってたとはな……昨日の内にシッカリ確認しとけば良かったぜ。」


 モンスターを相手にした時の立ち回り方をどうやって教えてやるかって事に意識が向いてたから、家の中の事がすっかり疎かになっちまってた……マホにも軽く説教をされちまったし、今後はもう少し気を付けてかないとな。


「さてと、目当ての物は買えたからこのまま家に帰っても良いんだけど……ここまで来てそれだけってもの何だか勿体ないよなぁ。」


 ここ最近はあんまり自分時間ってヤツを持てなかったから、少しぐらい気晴らしに散歩しても許されるだろう。昼飯までにはまだ時間もある事だしな。


「んーとは言っても別に買いたい物がある訳じゃあないんだけども……ん?この甘い匂いは………あぁ、そう言えばここってケーキ屋があったんだっけか。」


 大通りから少し外れた場所をフラフラと歩き回っていたら不意に甘い香りが漂ってきたので視線をそっちの方に向けてみると、そこにはコレまで何度か立ち寄った事があるケーキ屋が存在していた。


「あぁ、ここか……そう言えば昨日、エルアのレベルが3になったんだったな。」


 よしっ、ちょっとしたご褒美の意味も兼ねて幾つかケーキを買っていくかねぇ……疲れた体には糖分が染み渡るぜ!ってな。


「いらっしゃいませ!ごゆっくり商品をお選びになって下さい。」


 元気よく挨拶をしてくれた可愛らしい店員さんに会釈をしつつ多種多様なケーキが入っているショーケースの前に足を運んだ俺は、楽しそうにしているカップルや家族連れに交じって何のケーキをあいつ等に買っていこうか悩もうと……したんだが……


「やれやれ、何時の間にかあいつ等の好みを把握しちまってたって事か……」


 まだ知り合ったばかりのエルアはともかくとして、マホやロイドやソフィが喜ぶであろうケーキがどれなのか自然と分かっちまってる自分自身に対して何とも言えない気恥ずかしさみたいなものを感じながら俺は店員さんに声を掛けた。


「ありがとうございましたー!またお越し下さいませー!」


 保険として集まる人数よりも少し多めにケーキを購入した俺は紙の箱を持ちながらケーキ屋を後にした俺は、妙な満足感を感じながら小さく頷いていた。


「ふぅ、思いの外時間を食っちまったな……あんまり遅くなるとエルアの昼飯作りに支障が出ちまうし、さっさと帰るとしますか………ね?」


 店を訪れる前まではそれなりに賑わっていたはずの通りが静かすぎる気がして顔を上げてみたら、周囲を歩いている人影が1つも無くて……


「……いやいやいや、は?おかしくねぇか、まだ全員揃ってお家に帰りましょうって時間じゃねぇ……よな……」


 通りを吹き抜ける風は冷たいはずなのに背中からジットリトした汗が噴き出てきて自然と生唾を飲み込んでゴクリとのどを鳴らした直後、視線の先にある路地の方から人影が現れるのが見えた。


「あっ、そうだよな……ったく、変に考え過ぎるのは俺の悪い癖だぜ………あら?」


 ホッとして胸を撫で下ろそうとしていた俺は通りから出て来た人がどう見ても裏の世界に身を置いてますって感じの格好をしていた事、そんな恰好をしてるのが何故か複数人も居て気のせいかこっちに向かって来ている様な気がして……


「……訪ねたい事がある、アンタの名前は九条透か?」


「……え、へっ?」


 目の前にやって来たスキンヘッドの男性にドスの利いた声でそう尋ねられた俺は、脳味噌が完全にフリーズしてしまい気付いたら自分でも間抜けだなと思えるぐらいの素っ頓狂な声を漏らしていた……!


「アンタの名前、九条透か?」


「あ、あー……いやぁ……それは……違うと、思いますけど、ねぇ……?」


 俺の中にある全神経が危険信号を発信しまくっていて、咄嗟に嘘を吐いていた俺は男に背を向けてその場から即座に逃げ出そうとしたんだが……振り返った先にも似た様な恰好をした連中が立っていやがった!?


「ふん、それはおかしいな……俺達が手に入れた情報通りなら、この辺りに暮らしている黒髪の男は九条透という男のだけのはずなんだが。」


「っ……!へ、へぇ……情報、でしゅか……」


 いや、いやいや、いやいやいや!!!えっ?情報って何?って言うかアンタ達って一体何者なの!?


 そんな風に聞いてみたかったが後ろから回り込んできてサングラスを外した厳つい図体のデカい男性に見下ろされた俺は、蛇に睨まれたカエルよろしく完全に逃げ場を失いつつあった訳でして……!


「そんなに警戒しなくても良い。アンタに2,3聞きたい事があるんだ。悪い様にはしねぇから少しだけ俺達に付き合っちゃくれねぇか。」


 頬に刻まれた深い傷とあまりにも鋭すぎる眼光、それらを目の当たりにして意識が一瞬だけプッツンと途切れてしまった俺は……俺はっ!!


「ぶはっ!ぐっ、逃げたぞ!追え!追えっ!!」


 魔法を発動させて突風を巻き起こをして周囲を取り囲んでいた連中に目くらましを食らわせてやった俺は、その隙にすぐ近くにあった細い路地の方まで全速力で走って行くと後ろから聞こえて来る怒号と足音から文字通り命懸けで逃げて行くのだった!


「そっちから回り込んでいけ!逃げ道を全て封鎖するんだ!」


「ハァ、ハァ、ハァ……!あぁクソッ!俺が何をしたって言うんだよ!?」


 後ろから聞こえてくる連中の指示を耳にしながら目の前にあった曲がり角に進んで行った行った俺は、抱えている箱の中にあるケーキが無事である事を祈りながら入り組んだ路地を直感に従ってドンドン奥の方へと突っ走って行った!でも……!


「チッ!アイツ等どんだけ居やがるんだよ!?逃げても逃げてもキリがねぇぞ……!こうなったらイチかバチか覚悟を決めるっきゃねぇか……!」


 進んで行った先々に厳つい恰好の連中が待ち構えていて徐々に逃げ場が無くなっている事を嫌でも実感し始めていた俺は、連中がこっちを見失ってくれた瞬間を狙って魔力を練り上げると思いっきり地面を蹴って空中に飛び上がって行った!


「ほっ!よっ!どっこいせっと!……ふぅ、とりあえず着地成功っと……」


 左前方に見えていた窓枠の手すり、次に反対側にあった小さなベランダの手すりを足場にしながら屋根の所まで上がって来る事に成功した俺は、身を隠す様にしながらゆっくりと下の方を覗き込んでみた。


「おい、居たか!」


「いえ!こっちには来ていません!」


「くっ!まだそう遠くには行っていないはずだ!近くを徹底的に探し尽くすんだ!」


「ハッ!分かりました!」


 リーダーと思わしき奴の指示を聞いて4、5人の男達が一斉に散らばって行くのを目にした俺は、少しだけ傾斜になっている屋根から滑り落ちない様に気を付けながらため息を零してその場に座り込んでいった。


「ど、どうにか撒けたみたいだな……って、あっ!ケーキ!!」


 逃げ回ってる時は注意していたがジャンプする時には意識が向いていなかった箱にマズいと思って目を向けて慌てて蓋を開けてみると……


「よ、良かった……ちょっと崩れちゃあいるけど、まだ無事の範囲だな……つーか、アイツ等って俺の事を詳しく知ってる感じだったよな……って事はまさか家が何処にあるのかも知られてるんじゃ!?」


 全身から血の気が引いていくのを実感しながら立ち上がった俺は屋根を伝いながら急いで自宅に向かって行く事にした!


 その途中、街の人達に聞き込みらしき事をしている奴らの事をちらほら見掛けたりしたが何とか連中に気付かれずに玄関の前まで辿り着く事に成功したらタイミングを見計らったかの様に扉が開かれてマホがひょこっと姿を現した。


「あっ、お帰りなさいおじさん!もう遅いじゃないですか!一体何を……って、何でそんなに息を切らせているんですか?」


「じ、事情は後で説明する!それよりもマホ、ここに怪しい奴は来てないか!?」


「はい?あ、怪しい人ですか?」


「そうだ!具体的に言うならサングラスを掛けた厳つい連中だ!来てないか!?」


「き、来てないかって……まぁ、別に来ていませんけども……何なんですか?」


 マホが小首を傾げながら何を言ってるのか意味が分かりません的な顔をしていると扉の向こうから帰りを待っていた皆が次々と顔を出してきて……


「2人共、何時までもこんな所で何をしているんだい?」


「あっ、ロイドさん。実はおじさんが帰って来て早々おかしな事を言ってきて……」


「おかしな事?」


「はい、怪しい人が来なかったかって。」


「怪しい人……ふむ、特にそれらしい人物を見掛けた覚えは無いが……」


「私もそんな人は見てない。」


「ぼ、僕もです!あの、一体どうなさったんですか?」


「あ、あぁ悪い……いや、実はついさっきの事なんだが」


「やれやれ、まさか私達から逃げ切ってしまうとは思いもしませんでしたよ。」


「っ!?」


 背後から聞き覚えがあるドスの効いた声がして反射的に振り返ると、そこには鋭い眼光を真っすぐぶつけて来ているさっきの男が立っていて……!


「お、おじさん?この人は……」


「下がってろマホ!……クソッ、やっぱり家も知られてたって訳かよ……!」


「……九条さん、この人は?」


「分からねぇ……でも、何故か俺の事を知っていやがった怪しい奴だよ……」


「…………」


 俺の態度から察して即座に警戒態勢に入ってくれたロイドとソフィに心の中で感謝しながら生唾を飲み込んだ俺は、早鐘を打っている心臓を落ち着ける為に大きく息を吸い込んでいった。


「安心しな。別にアンタ達に危害を加えようだなんて思っちゃいねぇからさ。」


「……それじゃあ、何でわざわざ俺の事を追い回しやがったんだ?」


「おいおい、忘れちまったのか?さっきも言ったじゃねぇか。アンタに聞きたい事があるってな……まぁ、その手間はもう省けちまったが……エルア、久しぶりだな。」


「……父さん……」


「……は?」


「え、ええっ!?と、父さんって……ええええっ!!!?」


 予想もしていなかったやり取りを聞かされた俺はマホがメチャクチャ驚いてる声を耳にしながら、その場で固まってしまうのだった……!

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