第105話

「…………ぁ…………」


「あっ、おじさん!ロイドさん!ソフィさん!おじさんが目を覚ましましたよ!」


「ふふっ、それは良かった。九条さん、おはよう。よく眠れたかい?」


「おはよう。」


「……おは、よう……?つーか、ここは……?」


 上から覗き込んで来た3人の顔を見ながら掛けられた言葉を反復した俺は、意識がまだぼんやりとしている状態のまま何となく周囲を見渡してみた。


「ここはテーマパークの中にある救護施設の1室です。おじさん、あの人に睡眠薬を盛られてしまってからずっと眠ったままだったんですよ」


「あの、人………っ!!」


「わっ!い、いきなり起き上がったりしてどうしたんです……おじさん?」


 ガバッと上半身を起こした後に再びベッドに倒れ込んだ俺は、両手で顔を覆い隠しながら混み上がって来る色々な感情と一緒に盛大にため息を吐き出していた……


「あー……ちきしょう……マホ、俺が眠らされてから大体どれぐらいの時間が経ったのか教えてくれるか……?」


「えっ?えーっと……30分から40分の間ぐらいですかね。」


「そうか……それじゃあついでに教えて欲しんだが……俺は……負けたのか……?」


「あっ………はい、残念ながら……」


「………やっぱり………そうだよなぁ………はぁ~…………」


「おやおや、随分と落ち込んでいるね。それ程までに悔しいのかったのかい?」


「そりゃあなぁ……真正面から戦って負けたんならともかく、完全に油断してた所に不意打ちされて眠らされるとかさ……マジで情けないにも程があるだろ……ちゃんとアイツから目を離さなければ優勝出来たかもしれねぇのに……本当に悪い……」


「あ、謝らないで下さいよおじさん!私達、シッカリとおじさんが頑張っている姿をモニターで見ていましたから!」


「うん、格好良かった。」


「ふふっ、それに九条さんはあの場まで勝ち上がったんだ。むしろ誇らしい気持ちでいっぱいだよ。」


「お、お前達……!」


 な、何なんだよもう……!責められる所かこんな風に言ってくれるなんてっ……!最近歳のせいか涙もろいんだからそういう事を言うのは止めて……くれ……?


「……マ、マホさん?どうして俺の襟首をそんなに強く握りしめていらっしゃるのでしょうか?ちょ、ちょっと息苦しいかなーって思うんですけど……って言うかあの、そのお顔は何か起こっていらっしゃいますか?」


「えへへ、忘れちゃったんですかおじさん?モニターで……シッカリと見ていたって言ったじゃないですか。」


「う、うん。だから俺の頑張ってた姿を見てたって言うお話では……?」


「えぇ、それ以外にも見させて貰いましたよ……階段、スポットライト……」


「ん?階段にスポット………ハァッ!?!!」


 思い出した……思い出してしまった……!真っ暗闇の中にスポットライトに照らし出されたアイツの姿を……!そして組まれた脚の隙間をしゃがみ込んで覗こうとしてしまったあの時の参加者達をっ!


「ふむ、どうやらこれで心置きなくお説教が出来るみたいだね。」


「良かったね、マホ。」


「はい。忘れていたら更にお説教の時間を増やす所でしたからね……!」


「ちょ、ちょっと待ってくれマホ!あの時のアレは男心理としては仕方が無いと言いますかね!?ほ、他の参加者達だって似た様な行動をしていただろ!?つまりアレは男としての本能と言いますか!!」


「言い訳は結構です!分かりますか?!仮面のメイドさんのスカートを覗き込もうとしているおじさんの姿をモニターで見せられた私達の気持ちがっ!本当に、本っ当に恥ずかしくて情けなかったんですからね!!」


「うひぃ!わ、悪かった!あ、謝る!それについてはマジで謝る!だから頭を激しく揺らしまくるのは止めてくれえぇえぇえぇっ!」


 因果応報、自業自得とも言うのかもしれないけどあの件については気付いたら体が動いていたんだから仕方ありませんよねぇ!?だって男の子なんだからああああ!!


「……ん?マホ、ちょっと待って。」


「ハァ…ハァ…ハァ…!ど、どうしたんですかソフィさん!?」


「九条さんの胸元から何かが出て来た。」


 ソフィの言葉によって何とか一命を取り留めた俺は、若干グラグラしている視線をゆっくりと下げてみた……そうしたら白い封筒みたいな物が存在していて……


「……おじさん、何ですかコレは?」


「し、知らない知らない!そもそもイベント会場には何も持っていってなかったし!ステージを攻略している時に何かを受け取った記憶も無いし!」


「ふむ、だとしたらソレは九条さんが眠ってしまった後に懐に入れられた物なのかもしれないね。彼女の手によって。」


「彼女の手にって……まさかアイツが?」


「うん。マホ、封筒に差出人は書いてないか調べてくれるかい。」


「あっ、はい!……あ、ありましたよ!でも、コレは差出人じゃなくて宛名ですね!親愛なる協力者であり………ご主人様へ?」


「ま、待て待て待て待て!そんな顔で俺を見るなって!ご主人様ってのはアレだろ!ほら、アイツ一応はメイドって言ってたからそう言う!な?別にアイツと主従関係を結んだとか一切無いから!マジで!そ、それよりも中身!早く見てみようぜ!」


「……まぁ、分かりました。この事については後で追及するとして今は封筒の中身を確かめて見るとしましょうか。」


「お、おう……」


 余計な面倒事を抱え込んでしまった事に気持ちがへし折れそうになりながら、俺はマホの手によって開かれていく封筒の中を覗き込んでみるのだった。


「……入っているのはどうやらお手紙みたいですね。それと……あっ!コレって!」


「うおっ!?な、何だよ急に大きな声を出したりして……その金色のカードがどうかしたって言うのか?」


「ん?……あぁ、そう言えば九条さんは彼女のせいで眠らされていたから優勝賞品の贈呈式を見ていなかったね。」


「あぁ、つーか贈呈式なんてもんが開催されてたのかよ……まぁ、それは良いとしてその話がこのカードと何か関係しているのか?」


「はい!それはもう!私達の見間違いでなければこのカードは優勝賞品にあったこの街にあるどの宿屋にも泊まれるって言う特別なカードですよ!」


「は、はぁっ!?ソレって強欲な女神のなんちゃらと一緒に貰えるってなってたあの賞品の事か?!」


「えぇ!そうですよ!……だけどコレ、仮面のメイドさんが貰ったはずのにどうしてここに……?おじさん、身に覚えはありますか?」


「あ、ある訳ないだろ!さっきまでずっと眠ったままだったんだから!」


「マホ、同封されていた手紙に何か書いてないのかい?」


「手紙……あっ、そうですよね!ちょっと待って下さい!すぐ読み上げますので!」


「おう、頼む!」


 2つ折りに畳まれていた手紙を広げていったマホは、興奮を落ち着ける為に何度か深呼吸をしてから書いてある内容を声に出してくれた。


【私に協力してくれた素敵なご主人様へ


 まずは謝らせて貰うわね。初対面の私を最後まで信じて一緒に戦ってくれたのに、裏切る様な真似をしてごめんなさい。


 詳しい事情は説明出来ないけれど、私はどうしても優勝賞品である美術品の回収をしなくちゃいけなかったの。また、誰かの手に渡って悪さをするその前にね。


 そのお詫びと言っては何だけれど、貴方には優勝賞品の副賞を贈らせて貰うわね。運営には話を通してカードの所有権を変えてあるから、そこについては安心して。


 それじゃあ長々と言い訳を書くのは美学に反しちゃうから私の話はこれで終わりとさせてもらうわね。九条さん、またお会い出来る日が来るのを楽しみにしているわ。


仮面のメイドより】


「これで以上、みたいですね。」


 パタンと静かに手紙を折り畳みマホが小さく息を吐き出してからしばらくした後、俺は右手で後頭部をガシガシと掻いていった。


「えーっと……何と言うか……カードがここにあった理由は分かったが、それ以上に気になる事が書いてあったみたいだな。」


「うん、美術品が誰かの手に渡って悪さをするって部分だね。詳細については書いてないみたいだけれど、もしそれが本当なのだとしたら……」


「強欲な女神の像、呪われてたのかな?」


「ど、どうなんでしょうか……おじさんはどう思いますか?」


「……さぁな、俺は実際にそれを目にした訳じゃないから分からないから……だけどその手紙の内容を信じるなら、可能性は無きにしも非ずなんじゃないか。アレだけの実力があるアイツが俺に不意打ちを仕掛けてまで手に入れたかった物なんだし……」


「それに優勝賞品が目的ならカードも持っていくはず。」


「……なるほど、確かにそうかもしれませんね。」


 こうなっちまった以上、真実を知っているのは仮面のメイドだけなんだろうが……アイツの事だからもうこの街から離れちまってるだろうな。


「ふふっ、何時かまた会える事があれば話を聞いてみれば良いじゃないかな。彼女も手紙でそう書いてある事だしさ。」


「……ですね!おじさん、その時が来たらお願いしますね!」


「いや、何をだよ……頼まれた所でまた会える保障なんて何処にもねぇし、そもそもアイツがちゃんとした説明をしてくれるかどうか……ん?この音は……」


 不意にザーザーというノイズ音が聞こえてきたので辺りをキョロキョロと見渡してみると、壁に設置されているスピーカーみたいな物を発見した。


『ご来園になって下さった皆様!これより本日最後のイベントを行わせて頂きたいと思います!どうぞ綺麗な星々と月が輝く夜空に視線をお送り下さいませ!それでは、どうぞ!』


「最後の?って、一体わわっ!!」


「おぉっ!?な、何だこの爆発音は?!」


「ふむ、ちょっと待っててね……あぁ、そう言う事か。皆、こっちにおいで。今日を締め括るに相応しいものを見る事が出来るよ。」


 爽やかに微笑んでいるロイドに手招きをされた俺はマホと揃って小首を傾げると、建物が微かに揺れる程の振動が起こる爆発音を耳にしながら窓の方に向かって行くとその向こうに広がっている景色を目にして……


「うわぁ……!凄い、打ち上げ花火じゃないですか!こんなに近くで見れるだなんてビックリですね!」


「……綺麗……」


「あぁ、本当にね。ふふっ、コレは素敵な思い出になったんじゃないかな。」


「……だな。何だかんだあったりはしたが、苦労に見合うだけの物も手に入れられた訳だからな。」


 本当だったらこんな窓越しじゃなくて外に出てシッカリと目にした方が良いのかもしれないが、俺達は同じ窓から夜空に浮かび大輪の花々を眺め続けるのだった。

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