第101話
第1ステージを照らしていた照明の光が届かなくなってしまい周囲の景色が微塵も分からなくなってしまった状況の中、しばらくジッとしていると小刻みに震え続けていた檻が少しずつ動きを止めて完全に制止してしまった。
息を殺しながら何が起こるのかと警戒していると、何の前触れも無く部屋が明るくなって周囲の状況が分かる様になった。
「……ここが第二ステージの会場、なのか?見た感じ、何か仕込まれてるって訳でも無さそうだが……」
小声でそう呟きながら周囲をザっと見渡していると檻の扉が勝手に開かれたので、俺は横一列に並べられる形で存在していた他の参加者達と一緒に恐る恐る部屋の中に一歩を踏み出して行くのだった。
『見事、第1ステージを勝ち上がって来た参加者の皆様!おめでと~うございます!いやはや、本当に素晴らしい限りですよぉ!しかし、コレは少々マズい展開になったかもしれません!このステージは先程よりも少々過酷になりますので……ねぇ。』
「うふふ、それは面白そうね。それじゃあ教えてもらえるかしら?このステージでは一体私達に何をさせるつもりなのかしら?」
『はいはい!お答え致しましょう!このステージで皆様に挑んでもらうのは……っとその前に、ターゲットとなる主役にご登場して頂きましょう!それではどうぞ!』
「ターゲット……?うおっ!?な、何だ?!」
テーラー・パークが告げた言葉に思わず首を傾げていると、また部屋全体が激しく揺れ出して今度は部屋のど真ん中にある床がゆっくり開き始めた!?
「こ、今度は僕達に何をさせるつもりなんだ?」
「ぐっ!こ、今度も勝ち上がってみせるぞ……!」
突然の事態に困惑しながら両脚に力を込めて何とか体勢を崩さない様に踏ん張っていると、大きく開いた床の下から何かが姿を現し……て……へえっ!?
「あ、あの愛くるしい姿はもしかして!」
「ま、まさか……カイちゃんとトウくんか?!」
イケメンと渋めのおっさんが驚きの声をあげる中、目の前に現れた仮面とマントを付けた2匹のマスコットキャラクターを見つめていた俺は予想もしてなかった展開に対して思わず思考が停止して間抜け面を晒しながら固まってしまうのだった……!
『ほっほっほ!それでは準備が整いましたのでルールの説明を始めたいと思います!このステージで皆様にやって頂くのは、次の階へ進む為に必要となる鍵の奪還です!お分かりになりますでしょうか?彼らの首元にぶら下がっている2本の鍵が!』
聞こえてきた言葉に反応して2匹の首元に視線だけ向けてみると、確かにそこには白色と黒色の鍵が1つずつぶら下がっているのが見えた。
『その鍵を手にした2名の参加者だけが次のステージに歩みを進める事が出来ます!どうですか?ルールは至ってシンプルでしょう!』
「シンプル……いや、確かにシンプルっちゃそうだけど……」
「奪還しろって事は、つまり彼らから鍵を奪わなきゃいけない訳ね。」
『その通りでございます!カイちゃんとトウくんのどちらかから、もしくは両方ともから鍵を奪って下さいませ。どんな手を使っても構いませんので。』
「おいおい、どんな手を使ってもって……」
挑発する様な台詞が聞こえてきて何だか嫌な予感がした俺は、隣り合わせになったままの状態で身動き1つしやがらないマスコットキャラクター達を視界に捉えたまま眉をひそめていた。
『皆様、優勝を目指してどうぞご奮闘して下さいませ。それでは……スタート!』
テーラー・パークの掛け声と共に甲高いブザー音が部屋中に鳴り響いた次の瞬間、真っ先に動き出したのはイケメンと渋いおっさんの2人だった!
「うぉおおおお!!!優勝して彼女と一緒に宿屋に泊まるんだああああ!!!」
「うぉおおおお!!!優勝して妻と娘に男として見直されるんだあああああ!!!」
『ほっほっほ!参加者2名が内に秘めていた熱い思いを叫びながら鍵を奪う為に走り出しました!これは早々に勝者が決まってしまうのでしょうか!』
「チィッ!おっさんはどうでも良いがあんな奴に後れを取ってたまるかっとと!!」
「待ちなさい。」
「ま、待ちなさいって!いきなり前に出て来るんじゃねぇよ危ないだろうが!」
「うふふ、こうでもしないと止まってくれなかったでしょ?」
「そ、そりゃって、だからお喋りしてる場合じゃねぇんだよ!早く鍵を奪いに」
「だから落ち着きなさい。そして……しっかり見ておきなさい。彼がどうなるか。」
「ハァ!?どうなるかって……っ、ヤベェ!」
背中を向けたままそんな事を言ってきた仮面のメイドの肩越しに顔を覗かせると、揃って鍵に手を伸ばしているイケメンとおっさんの姿が見えた……がっ!
「「えっ?」」
素っ頓狂な声を出しながら伸ばした手が空を切った2人の側面には、弓を構えてるカイちゃんと青白い光が流れた警棒みたいな物を握り締めたトウくんが居て……!
「「ぐわああああああ!!!」」
矢で腕輪を射抜かれたおっさんと警棒で腕輪を砕かれたおっさんは揃って叫び声をあげながら前のめりに地面へ倒れ込んで行くと、突如として真下に空いた穴の中へと落ちて行ってしまうのだった!?
「ちょ、ちょっと待てよ!何なんだよあのマスコットキャラクター共は!?手練れた暗殺者みたいな動きをしてやがったぞ!?中にどんな奴が入ってんだよ?!」
『おっと、人聞きが悪い事を言うのは止めて下さいますでしょうか~!カイちゃんとトウくんの中には誰も入ってませんからので!』
「いやいや、誰も入ってないとかあり得ないだろうが!見え透いた嘘を吐いているんじゃねぇよ!」
『ほっほっほ!それが嘘では無いのですよ!詳しい事は企業秘密でご説明出来ないのですけれど、カイちゃんとトウくんの中には我々が独自に開発をした最新鋭の技術が使用された機械が入っているのです!』
「き、機械だって!?そいつが攻撃を避けた上に反撃までしたって言うのかよ!」
『えぇ、その通りでございます!彼らは自分達から鍵を奪おうとする者達を自動的に判断して、抵抗する様にプログラムされているのです!』
「……マジかよ、どんな超技術だよそいつは……!」
「九条さん、今はそんな事を気にしている場合じゃないんじゃなかしら。まずは彼らから鍵を奪う方法を考えないと。」
「ぐっ!アンタにそう言われるのはどうにも釈然としないけど……おい!こっちにも何か武器とか無いのかよ!?」
『勿論、ございません!カイちゃんとトウくんは当テーマーパークを代表する非常に愛らしいマスコットキャラクター!そんな彼らがボロボロに傷付けられてしまう姿をモニター越しに観覧している皆様にお見せする訳には参りませんので!』
「いや、それを言うんだったらマスコットキャラクターが参加者という名の来園者を傷付けるのはありなのかよ!?」
『ありです!何故ならカイちゃんトウくんは……カイトウなのですからねっ!』
「ねっ!じゃねぇよ!そんな答えで納得出来るかあああああ!!!」
軽いノリのテーラー・パークと理不尽とも言える今の状況に心の底からイライラとしてきていると、隣から仮面のメイドのバカでかいため息が聞こえて来た。
「冷静になりなさい九条さん。あんまり騒いでいると大人げないわよ。」
「うっせぇ!俺だって騒ぎたくて騒いでるんじゃねぇよ!でも、さっきの見たろ!?このままあいつ等と真正面からやり合ったら、鍵を奪い取る前に腕輪が!」
「えぇ、確かに壊されてしまう可能性の方が高いでしょうね……でも、それは1人で彼らに挑んだ時の話よ。」
「……は?」
「連携が完璧に取れている彼らにたった1人で勝負を挑むのは自殺行為。だけど……それが2人になったらどうかしら?」
「……何が言いたいんだ。」
正直、こんな問い掛けをしなくてもコイツがしたがっている提案の内容は何となく分かる……だけどきちんと口に出して聞きたいと思った俺は、仮面のメイドに対してそう問いかけてみた。
そうしたら彼女はクスクスっと微笑んでみせた後、ゆっくりと右手をこちらに差し差し出してきて……
「九条さん、今この瞬間だけで構わないから……私と手を組みませんか?」
「……………」
『おぉっと!コレはまさかの展開となってまいりましたねぇ!何とここにきて共闘の申し出です!いやはや、面白くなって参りましたよぉ!ここで手を結べば鍵を奪える確率は上がるでしょうが、優勝の確率は減ってしまう!一体どうするのでしょう!』
嬉々として人を悩ませる様な事を叫んでるテーラー・パークの声を無視して仮面のメイドと視線を交わした俺は、一瞬だけ身動き1つ取らないマスコットキャラクター達に目を向けた。
「……お前が俺を裏切らないって保障は?」
「無いわね。そこは信じてもらうしかない。」
「……分かった。手を組もう。」
「あら、随分とあっさり決めたわね。もしかして、貴方の方から私を裏切ったりするつもりなのかしら?」
「ハッ、悪いけど俺にはそんな度胸はねぇよ。お前を裏切った瞬間なんてあいつ等に見られちまったら、後で何を言われるか分からねぇからな……そういう訳だから、今この瞬間だけはお前を手を組んでやる。感謝しろよ。」
「えぇ、感謝を致しますわご主人様。」
「ご主人様は止めろ!……で、どうやってカイちゃんとトウくんから鍵を奪うつもりなんだよ。」
「うふふ、簡単な話よ。動きが素早くて捉えられないって言うんなら、捕らえられる様に縛り上げちゃば良いだけ。」
服の袖から例のワイヤーを伸ばして両手で掴みながらピンっと張ってみせた仮面のメイドと目を合わせながら、俺はガクッと肩を落としていた。
「何だよ……協力とか色々と言った割には随分と単純な作戦だな……」
「えぇ、作戦なんてシンプルな方が分かりやすくて良いのよ。そもそも私達はさっき知り合った者同士、信頼関係も何も無いんだから複雑な作戦を立てた所で上手くいく保障なんて何処にも無いでしょう?」
「いやまぁ、そりゃそうなんだが……色々と不安だなぁおい……」
言ってる事自体は間違ってないがやる気が微妙に失われちまった俺は、深々とため息を吐き出すと両頬をパンパンッと叩いて自分自身に活を入れ直した!
正体不明過ぎるコイツと何処までやれるか確かに分からねぇが、今は信じて何とか食らいついて行くしかねぇ!
「うふふ、それじゃあ始めさせてもらうわね!」
仮面のメイドはそう告げた瞬間に何処に隠し持ってたのか分からないぐらい大量のワイヤーを袖から伸ばし、一瞬にしてマスコットキャラクターの上半身を縛り上げてしまった!
『ほっほっほ!これは素晴らしい!仮面のメイド様、カイちゃんとトウくんの反撃を許す前に彼らの動きを封じてしまいました!実にお見事ですねぇ!』
「おぉ、やるじゃねぇか!これじゃあ協力する意味なんて無かったかも……ん?」
「くっ、悪いんだけど話はそう簡単じゃないみたいよ……!九条さん、早く彼らから鍵を奪って来てくれるかしら!このままだとワイヤーを引き千切られてしまうわ!」
「んなっ!はあっ!?」
笑顔を崩さないまま密かに歯を食い縛っているらしい仮面のメイドが伸ばしているワイヤーの先では、ブチブチという音を鳴らしながら無理やり拘束から抜け出そうとしているマスコットキャラクター達の姿があった!?
『言い忘れていましたが彼らは縄抜けの達人!つまりどんな頑丈な物で拘束されようとも抜け出す事など簡単なのですよ!』
「っ!クソッ!」
余裕ぶって出遅れちまった自分に舌打ちをしながら魔力を両脚に込めた俺は、風の魔法を纏って移動速度を上昇させると思いっきり地面を蹴って走り始めた!
こういう時、お決まりの展開だと一瞬手が届かなくて鍵を奪い取れないなんて事が起きたりするが……!もしそんな事になったら悔やんでも悔やみきれねぇっての!!
「うおおおおおおっ!!!」
上半身に巻き付けられていたワイヤーが引き千切られたのとほぼ同時にマスコットキャラクター達の間を走り抜けて行った俺は、何とか1本目の鍵を奪い取る事に成功したから間を置かず2本目をっ!?
「させないわ!」
残された鍵を奪う為に振り返ったその時、目の前に警棒を振り上げたマスコットが居たんだがソイツはワイヤーで腕を絡め取られていた!
「助かる!」
仮面のメイドが作ってくれた一瞬の隙を見逃さずヤツの首元にある鍵を奪い取った俺はマスコットキャラクターの横を走り抜けると、今度はカイちゃんが放った電撃の矢を避けつつ勢いそのままにスタート位置に戻って来るのだった!
「うふふ、お帰りなさいませご主人様。見事なお手際でございました。」
「だからご主人様は止めい!……まだ終わってなんかいねぇんだからよ。」
「……そうね、むしろ本番はここからって感じかしら。」
『いやはや!まさかこうもアッサリ鍵を奪われてしまうとは思いませんでしたねぇ!しかし、まだ勝負の行方は分かりませんよぉ!何故ならば、勝ち上がる為には彼らの攻撃を躱しつつ次の階へ進む為の扉を開かなければいけないのですから!』
弓を構えたカイちゃん、そして警棒を構えたトウくんの背中越しに見えている扉をジッと見つめながら白色の鍵を仮面のメイドに手渡した俺は少しだけ乱れていた息を整える為に深呼吸をした。
「ふぅ……要するに何にしてもあいつ等をどうにかしないといけないって訳か。」
「えぇ、厄介な邪魔者は排除しないといけないらしいわね。いけそう?」
「ハッ、決まってんだろ。だがまぁその前に……なぁ!反則扱いになって失格とかになりたくないから先に聞いておきたいんだが、アイツ等に対して攻撃を仕掛けるのは大丈夫って認識で良いんだよな!?」
『はい!問題はございませんよぉ!まぁ、当たるかどうかは分かりませんがねぇ!』
「……それを聞けて安心したよ。」
ニヤリと笑いながら姿勢を低くしていった俺は、鍵を持ったまま魔力を再び込めた両脚で地面を思いっきり蹴ると仮面のメイドと一緒に扉の方に向かって走り始めた!
そしてタイミングを同じくしてカイちゃんは仮面のメイドに矢を放ち、トウくんは常人離れした跳躍をして天井ギリギリの高さまで飛び上がると構えていた電撃警棒をこっちに向けて振り下ろしてきやがった!
「ふふっ、残念だけと貴方達の動きはもう読めてるわ!」
「甘いんだよっ!オラァ!!」
素早く無駄が一切無い動きで電撃の矢を避けた仮面のメイドはワイヤーを、そして半歩だけ身体をズラして即座に顔側面に魔力を込めた後方回し蹴りを叩き込んだ俺はスローモーションの様になっている景色を眺めながら考える。
まず前提条件としてあるのは、この2匹はテーマーパークを代表してるマスコットマスコットキャラクターだという事だ。
より正確に言うなら彼らは鍵を護る、次のステージへ行こうとする者達を妨害するというプログラムが組み込まれた機械だ。
だからこそ人間離れした動きを取る事が出来るんだが……さっきの前提条件がある以上、参加者と言えどもお客様という立場である人達を傷付ける事は許されない。
「……みたいな予想を立てて行動してみたが、まさかここまで上手くいくとはな。」
「うふふ、お客様を傷付けられない彼らが狙うのは私達の腕輪。つまり、それを利用して逆手に取れば彼らの動きを読む事なんて簡単なのよね。」
顔面をへこませて壁に叩きつけられた状態のまま動かなくなったトウくんと、全身からプスプスと煙を出しながらワイヤーに巻かれているカイちゃんの姿を見下ろした俺達は次のステージへ進む為に扉の前に並び立つのだった。
『ははぁ~!これは驚きましたねぇ!まさか一瞬にして決着を付けられてしまうとは思いもしませんでしたよぉ!』
「悪いな、盛り上がりに欠けちまって。」
『いえいえ~!一番の盛り上がりは最終決戦となる次のステージですので!それではどうぞ、鍵を使用して扉をお開けになって下さいませ!』
「うふふ、一体何が待っているのかワクワクしてくるわね。」
「……忘れてないと思うが、俺達は一応優勝を競い合う者同士だからな。そこだけは覚えておけよ。」
「えぇ、言われるまでも無く。それじゃあ行きましょう。」
「……おう。」
白色と黒色の鍵をドアノブの下にある2つの鍵穴に差し込んで回してった俺達は、一呼吸おいて開かれた扉の先にある階段をゆっくりと上がって行くのだった。
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