第97話

 開幕を告げるブザー音が鳴り響いてから数秒後、スポットライトがステージ右側を照らしたかと思ったらシルクハットとタキシードを身に纏った小太りでオレンジ頭のおっさんが姿を現して中央付近まで歩みを進めて立ち止まった。


 観客全員の注目がステージ上に集まっていくのを感じた直後、両腕をバッと広げたおっさんは閉じていた目を勢いよく開いて満面の笑みを浮かべ始めた。


「皆様ぁ~!本日はようこそお越し下さいました!私の名は『テーラー・パーク』!当テーマーパークの責任者でもあり、今宵開かれるイベントの主催者をしている者でございます!以後、お見知りおきの程をよろしくお願い致します!」


 テーラー・パーク大きな声を張り上げてこれでもかと言うぐらい大袈裟にお辞儀をした瞬間、周囲から盛大な拍手が鳴り始めた。


「ありがとうございます!ありがとうございます!今宵、皆様は美しくも儚く幻想的でもある世界を体験する事になる事でしょう!会場にお越しにならなかった皆々様も園内にあるモニターからその世界の雰囲気だけでも楽しんで頂きたく思います!」


 モニター……あぁ、そう言えば園内に幾つかそれっぽいのがあったか。映してある映像が定期的に切り替わって簡単なお知らせとか地図とか表示されてた気がするが、そういう使い方もしてるんだな。


「さてと、私の退屈な前口上はこの辺りで終わりとしてそろそろイベントを開催していくと致しましょう!まずは素敵な世界への案内人を務める魔術師にご登場をお願いしたいと思います!それでは皆様、どうぞお楽しみ下さいませ!」


 再び鳴り響きだした拍手に包まれながらテーラー・パークがステージを去った後、スポットライトを浴びながらステージに姿を現したのは綺麗な純白のドレスを纏った美しさの数値が振り切りまくっているフラウさんだった!


 大歓声……まぁ、主に男共が興奮してる声が聞こえて来て思わず苦笑いを浮かべていると今度は苦しそうなうめき声みたいなものが聞こえてきて……?


「……あぁ、そう言う事か。」


 何事かと思って軽く周囲を見渡してみると、恐らく隣に居た女性に腹を小突かれてしまったのであろう男達があちこちに居て……俺は皆と離れて座っている事に若干の幸運を噛み締める事になるのだった。


「皆様、初めまして。魔術師のフラウ・レジアントと申します。今宵は皆様に素敵な思い出を作って頂く為に頑張らせて頂きますのでよろしくお願い致します。」


 フラウさんがドレスの裾をつまんで軽く広げながら丁寧にお辞儀をすると観客達が一斉に拍手をしていき、それから十数秒程が経って会場が静かになっていくと今度はクラシックの様な音楽が何処からともなく聞こえ始めた。


 それに合わせて優雅に舞い始めたフラウさんが右手をあげて右手の指をパチンっと鳴らした次の瞬間、色とりどりの大きな花が会場中に次々と出現していく!


 他の観客達と同じ様に俺も驚きの声をあげていると、フラウさんはニコリと微笑みながら今度は両手で受け皿の形を作ってふぅーっと息を吐きかけていった。


 そうしたら空中にあった花がフラウさんの方に少しずつ集まって行き、彼女を囲う様にしながらグルグルとその周囲を回り始めた。


 何が起きるのかという好奇心で心臓を高鳴らせつつその光景に目を奪われているとフラウさんの動きもまた、大きく弧を描く様な感じになっていって……!


「おぉっ!こりゃスゲェ……!」


 沢山の歓声に混ざって思わずそんな声が漏れ出てしまった中、彼女の周りを漂っていた大量の花びらは水へと姿を変えてまるで龍の様な見た目に変貌していった!


「うふふ、それじゃあ行ってらっしゃい。」


 優しい声でフラウさんがそう告げると水の龍は彼女から離れて行き、観客席上部をスポットライトに照らされながら旋回する様にゆっくりと移動をしていく!


「おいおい……どうなってんだこりゃ………」


 こっちの世界に来てから多少なりとも魔法ってものに触れて来たが、こんな芸当が出来る気が全然しないんですけど……いやはや、コレが魔術師ってやつなのか……!


「さてと、名残惜しいですがそろそろお別れのお時間となってしまいました。感謝の気持ちを込めて、贈り物をさせて頂きますね。どうぞお受け取り下さい。」


 フラウさんがそう告げてまた指をパチンっと鳴らした瞬間、新たな花びらが大量に上空へ出現したかと思ったら水の龍がそれを次々と飲み込んでいき始めた?


 何をしようとしているのか分からず首を傾げながらその光景を見続けていると……花びらを数十個飲み込んだ辺りで水の龍が動きを止めてパキパキッと凍り出した!?


 突然の事に会場中が驚きの声をあげる中、頭の先から尻尾まで凍り付いた水の龍は淡く光り始めてパリンッという音と共に一気に砕け散ってしまった!


「………ん?アレ、は……」


 それから数秒後、上空から降り注いできたのは砕けた氷の塊では無くてさっきより色鮮やかになった冷たい氷の花びらだった……!


「ささやかではありますが、今宵の素敵な思い出の1つに。」


 誰もが心奪われるであろう微笑みを浮かべたフラウさんが観客席に向けてお辞儀をしたその後、一瞬だけ静まり返ってた客さん達は一斉に立ち上がって割れんばかりの拍手を彼女に送るのだった!……勿論、俺も一緒になってな!


 その後、ここのイベントのメインを務める人が素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたんだが……俺としてはフラウさんの方が印象的だったので凄かったという言葉以外の感想が思い浮かばなかった。


「皆様、お楽しみ頂けましたでしょうか!私は大変満足させて頂きました!ですが、まだ終わりではございませんよ!今宵のイベントはまだまだ続きますので、そちらの方も是非ともお楽しみ下さいませ!それでは!」


 全ての行程が終わり姿を現したテーラー・パークが締めの言葉を告げてステージの袖側に去った後、ノイズ音みたいなものが上の方から聞こえて来た。


『午後6時から開催されるイベントにご参加されるお客様は舞台となっている建物の前にお集まり下さい。集合時間に遅れた場合、不参加扱いとなりますのでお気を付け下さいませ。』


 女性の声でそうアナウンスされてからしばらくして、ロビーで合流した俺達は外に出ると少し遠くの方に見える洋館風の建物を見つめるのだった。


「えへへ、フラウさんの魔術とっても素晴らしかったですね!次はおじさんの番ですから、頑張って下さいよ!」


「あぁ、あんだけのものを見せられたらこっちも気張らない訳にはいかないからな。精一杯やらせてもらうさ。」


「ふふっ、楽しみにしているよ。」


「応援してる。」


「おう。それじゃあ行くとするか。」


 イベント会場を背にして皆と一緒に歩き始めた俺は、静かに深呼吸をすると改めて決意を固めていくのだった。

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