第89話

 昨日と同じく昼休憩を挟みつつ穏やかな馬車の旅を満喫していると、鼻歌交じりに窓の外を眺めていたマホが満面の笑みを浮かべながら振り返ってきた。


「皆さん!ミューズの街が見えて来ましたよ!ほらほら!」


「おっとっと、分かったから服を引っ張るなっての……ふーん、やっぱり観光に特化してるだけの事はあるって感じみたいだな。」


 王都の防壁は年月を重ねている事が分かる物だったが、ミューズの街を囲っている防壁はそれとは違いシンプルだが鮮やかに染め上げられているのを遠目から目撃した俺は関心の意味も込めてため息を零していた。


「あの光景こそがミューズの街の象徴とも言えるでしょうね。」


「あぁ、あの風に防壁を季節ごとに染め変える街は他には無いからね。」


「えっ、そうなのか?」


「はい、だからそれを楽しみにしてミューズを訪れる観光客も多いんですよ。まぁ、一番の目的はテーマパークで開催される様々なイベントになりますけどね。」


「えへへ、そこにフラウさんも参加されるんですよね?絶対に見に行きますから!」


「うふふ、皆さんに楽しんで頂ける様に精一杯頑張りますから是非お越し下さい。」


 そんなやり取りをしていると馬車は綺麗に飾り付けられた鉄の門を通って街の中に入って行き、王都とは負けず劣らず賑わっている声が響いて来る広場の路肩に停車をしていくのだった。


「ここまでありがとうございました。また機会があったらお願いします。」


「えぇ、お願いします。それではこれで失礼します。」


 御者の人が運転をする馬車が街道を通って街中に走り去って行くのを見送った後、俺達はそれぞれの荷物を持って近くにあるミューズの案内所の前に移動していった。


「皆さん、今日までご一緒出来て楽しかったです。私はコレからイベント担当の方と打ち合わせがありますので失礼させて頂きます。またお会いする機会がありましたらよろしくお願いしますね。」


「はい、顔を合わせる機械自体は近い内にありそうですけどね。」


「えへへ!フラウさんが参加されるイベントって事前に告知されるんですよね?」


「えぇ、テーマパーク内でお知らせがあると思います。」


「だったら必ず参加します!だからその日までどうかお元気で!」


「ふふっ、どんな催し物をするのか楽しみにしているよ。」


「頑張ってね。」


「はい、ありがとうございます。それでは皆さん、またお会いしましょうね。」


 丁寧にお辞儀をしてくれたフラウさんと別れた俺達はその足で案内所の中に入って行き、職員さんに事情を説明してミューズに関する2種類の地図を受け取った。


 1つ目はコレまで通り街の詳細が掛かれた地図、そしてもう1つはテーマパークの詳細が載っている地図。


「うわぁー!凄い数のアトラクションがあるみたいですね!」


「あぁ、待機時間なんかも含めたら滞在期間中に遊び切るのは難しそうだな。」


「ふふっ、だからこそ観光客が絶えない街としてここは有名なんだよ。しかも防壁と一緒で今あるアトラクションも季節ごとに変わってしまうそうだからね。」


「マジかよ……」


 異世界だからこそ出来る芸当なんだろうけど、それにしたって季節が変わるごとにってのはやり過ぎじゃありませんかねぇ……?


「うーん!そう聞くとますます楽しみになってきちゃいました!ですが、とりあえず私達が泊まる宿屋に行くとしましょうか!荷物をずっと持ったまmでいるのも疲れてきちゃいましたから。」


「だな……一息入れる為にもまずは移動するとすっか。マホ、案内を頼めるか?」


「任せて下さい!皆さん、こっちです!」


 意気揚々と歩き始めたマホの後に続いて大通りの方に向かった俺達は、トリアルや王都とも全然違う街並みに自然と魅入られていた。


「おいおい、何処を見てもお土産屋とかそんな感じの店ばっかりだな。これじゃあ、ここで暮らしている人にとっちゃかなり不便なんじゃないのか?」


「いえ、そうでも無いと思いますよ。居住区みたいな所はまた別にあって、近くには市場とかがあるみたいですから。」


「……要するに、観光客が一番行き来するであろうこの場所が特別って訳か。」


「えぇ、だから心配する必要は無いんじゃないでしょうか。」


「それとこの街の建物はどれも防音性が高いと評判でね。家の中に入ってしまえば、ここで聞こえている賑わいは一切聞こえなくなるそうだ。」


「それはまた……街1つ取っても色々と特徴があるもんだなぁ。」


「えへへ、そうですね!って、おじさん!アレってもしかして!」


「ん?……あぁ、そうかもな。」


 ド派手な入場ゲートらしき物とそこに並んでる大勢の人達を見つけた俺とマホは、歩みを進めながらその奥に見える更なる防壁っぽい物を眺めていた。


「あの奥にテーマパークが……!うぅ、早く行ってみたいです!」


「ははっ、確かにあんだけ盛り上がってると嫌でも興味を惹かれるわな。」


「うん、だからこそ急いで宿屋に向かわないとね。」


「はい!えっと、私達が泊まる宿屋は……この大通りを右に曲がった先です!皆さん急いで下さい!」


「あっ、おい!……ったく、仕方ない奴だな。」


「……気持ちは分かる。」


「ふふっ、置いて行かれない様に私達も行くとしようか。」


 見た目相応に子供らしきはしゃいでいるマホの後を追い掛けて、大通りを道なりに曲がって行った俺は…………


「………へ?」


「皆さーん!こっちですこっちー!アレが私達が泊まる宿屋ですよー!」


「ふむ、悪くはなさそうだね。流石はペティル家が利用する予定だった所だ。」


「いやいや、そんな簡単な言葉で済ませちゃいけない次元だと思いますが……!?」


 見上げてしまうぐらい豪華で立派な建物を目の当たりにして絶句した俺は、思わずその場で立ち止まってしまい皆に置いて行かれる事になったんだが……えっ、マジであんな所で寝泊まりするんですか?え?

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