第90話

 圧倒的外観に若干委縮しながら普段と変わらない感じの皆の後に続いて宿屋の中に足を踏み入れてそのまま受付に向かって行くと、物腰柔らかな黒いスーツのキリっとした青年が丁寧にお辞儀をしながら俺達の事を出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。本日は当宿屋のようこそお越し下さいました。ご予約のお客様でしょうか?」


「あっ、はい。九条という者なんですけども……あっ、これ予約券なんです……」


「お預かり致します。確認を致しますので少々お待ち下さいませ。」


「わ、分かりました……」


 旅行の計画書には名前を伝えて同封した予約券を渡せば大丈夫だって書いてあったけど、本当にコレで問題無いのか?ここまで来て申し訳ございませんが……みたいな展開になったら本気で困るぞ……!


 そんな不安を抱きながら確認作業が終わるのを待っていると、受付の人が目の前にある機械からそっと目を離して改めて俺達に向き直ってきた。


「お待たせ致しました。2泊3日、四名様でご予約をして頂いた九条様でお間違いはございませんね。」


「あっ、はい!そうです!」


 慌てて返事をすると受付の人はニコッと微笑みかけて来てからスッと振り返って、小さな入れる所が沢山ある棚の中から1つを開けてそこから鍵を取り出した。


「こちら、皆様がご宿泊されるお部屋の鍵となります。どうぞお受け取り下さい。」


「あ、ありがとうございます!」


「お部屋にもある注意事項にも記載がされているのですが、外出をする際はそちらの鍵を受付に返却頂きます様にお願い致します。また、紛失されてしまった際はすぐにご連絡の程をお願い致します。」


「分かりました。それじゃあえっと……失礼します。」


「はい、お部屋に向かう際にはそちらの奥にあるエレベーターをご利用下さい。」


 受付の上に置かれているタグ付きの鍵を受け取って受付の人に見送られながら皆とその場を離れて行った直後、マホがキラキラした瞳でこっちを見上げて来た。


「うわぁ!おじさん、この鍵のタグにVIPルームって書いてありますよ!」


「……そうみたいだな。ってか、これはどうしたもんか……」


「ん?どうしたんだい九条さん。何かあったのかい?」


「いや、何かあったって言うか……!マズいだろ、部屋の鍵が1つしか無いんだぞ?つまりコレってその……俺達……同じ部屋に寝泊まりする事になる訳でさ……!」


 貴族みたいなお客さんばっかりの所で騒ぎ立てる事も出来ないのでロビーの端っこまで移動してそう説明すると、何故か3人共が不思議そうに首を傾げ始めて……


「え?それの何が問題なんですか?」


「何が問題って……分かるだろ!俺達、男女!しかもお前等は年頃の女の子!だって言うのに同じ所でってのはさ……!」


「ふむ、それは今更な話ではないかな?」


「うん、私達は同じ家に一緒に住んでる。」


「そ、それはそうなんだが……!同じ家に住んでるってのに同じ部屋に寝泊まりするって言うのは色々とマズいだろ!」


「……つまり九条さんは私達にそういった感情を抱くから同じ部屋を利用する訳にはいかないと……そう言う事なのかな?」


「ばっ!んな訳ないだろうが!俺は節度のある大人だぞ!?間違ってもそんな」


「だったら何の問題も無いじゃないか。ね?」


「えぇ、そもそもおじさんにそんな度胸があるとも思えませんからね。」


「心配不要。早くエレベータに行こう。」


「はい!えへへ、VIPルームってどれだけ凄いんでしょうか!」


「ふふっ、楽しみだね。」


「お、おい!……えぇ~……」


 俺の気にしている事がマジで関係ないみたいな感じでエレベーターの方に向かって行く3人の後姿を呆然としながら見つめていた俺は、自分の考えている事がどれだけ無駄だったかを思い知らされながらその後を付いて行くのだった……


 って言うか、アイツ等の反応って信頼されてるって喜べば良いのか?それとも男として見られてないって悲しめば良いのか……?どうしよう、色々な意味で恥ずかしくなってきたんですけど……!し、死にたい……


「おじさん!何を暗い顔をしているんですか!折角旅行に来ているんですからもっと笑顔になってくれないとダメですよ!」


「いや、誰のせいでこんな顔をしていると思って……あぁもう!分かったよ!こんな所でグチグチ言った所で何も始まらねぇだろうし、大事な娘さんと同じ部屋に泊まる事を許可してくれたあの2人の信頼も裏切れねぇからな。何時も通りにするわ。」


「うん、そうしてくれると助かるよ。」


 その後、エレベーターに乗り込んで行った俺達は扉の上にある案内図を確認しつつボタンを押して5階に上がって行くのだった……つーか、異世界の癖してこういった所は前の世界と変わらねぇんだな。


「えへへ、それにしてもワクワクが止まりませんね!ロイドさんはVIPルームを利用した事はあるんですか?」


「うん、以前にも話した通り幼い頃の事になるけれどね。だから部屋の様子がどんな感じなのかは残念ながら答えられないかな。」


「ふーん、だったら到着するまでのお楽しみにしって事だな。」


「ですね!は~やく~着かないかなぁ~」


 体を左右に揺らしながら自分の感情を隠そうともしないマホを苦笑いを浮かべつつ見守り続けていると、チンッという音が鳴って目の前の扉がゆっくり開いて行った。

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