第88話

「……それで?結局の所、どうして遅刻しそうになったんですか?」


「えっと、それはさっきも言ったと思うんだが色々あってだな……」


「ですから、その色々の中身を知りたいんです。もしかして……私達に言えない様な事をしてきたんですか……?」


「そ、そんな訳ない……と、思うんですけども……その……」


「九条さん、ここは観念して全てを白状した方が楽になるんじゃないかな。」


「おじさん……」


「……分かった。とりあえず先に遅刻しそうになった原因の方から説明するわ……」


 フラウさんを含めた全員からの視線を集める事になってしまった俺は、まず最初に路地裏に連れ込まれた美少女を助けに行った事を説明した。


「なるほど、それならそうと言ってくれたら良いじゃないですか。確かに一人だけで無茶をした事に思う所が無い訳じゃないですけど、おじさんが困っている人を助けたって事は褒められるべき事なんですから!」


「うふふ、見ず知らずの人の為に動ける九条さんは素敵な方だと思いますよ。」


「あ、ありがとうございます………は、ははは………」


「……ん?どうしたんだい九条さん。他にも何かあるのかい?」


「うぐっ……!そ、それは……」


 ロイドの問い掛けに対して思わず口籠ってしまった俺の事を見て、さっきまで笑顔だったマホが少しずつ眉をひそめ始めた。


「……おじさん、何を隠しているんですか?」


「か、隠してるって訳じゃいないんだけどさ……お前達ってその、ステージに乗っていたお姫様が色んな人に手を差し伸べるのは……見てたか?」


「えぇ、集合時間まであまり余裕が無かったのでずっとは見ていませんでしたが……それがどうかしたんですか?」


「……じ、実はさ……俺、お姫様から……手を、差し伸べられまして、ですね……」


 誰とも目を合わさない様にしながらそう告げた瞬間、ソフィ以外の3人に何となく動揺しているのが分かって……マホが勢いよく座席から立ち上がった。


「て、手を差し伸べられたって……!凄いじゃないですかおじさん!それってつまりお姫様とお話をしたって事ですよね!?一体どんなお喋りをしてきたんですか?!」


「運が良いね九条さん。しかし残念だな、お姫様に選ばれた者となる瞬間を見逃してしまうんだなんて。」


「うん、もう少し見ておけば良かった。」


「本当ですね。私もチラッと見ていただけなので、そんな事になっていたなんて……それでいかがでしたか?ご感想を聞かせて下さい。」


 全員から期待する様な視線を向けられているのがメチャクチャ居心地悪いんだが、何があったのか説明しない訳にもいかないので俺はおずおずと口を開いていった……


「えっとですね……それがその……お姫様と話は……してないん……だよねぇ……」


「「「………え?」」」


「あぁいや!話をしてないってのは言い過ぎかも!正確に言うとですね……手を差し伸べられる直前に路地裏に連れ込まれる女の子を目撃して……助けに行かないとって思った俺は……ステージに上がった瞬間にそのまま文字通り飛び降りまして……」


 人差し指を合わせてツンツンするという漫画でしか見た事無いリアクションを取りながら恐る恐るそう告げると、馬車の中に痛いぐらいの沈黙が流れて初めて……


「そう言う事ですか……だから何があったのか言いたくなかったと……」


「……はい、その通りです……」


「……全くもう、仕方のない人ですね。」


「はい……本当に申し訳ない……お姫様にも迷惑を掛けて……」


「おじさん、そう言う事ではありません。」


「……は?」


 落ち着いた口ぶりでそう言われてゆっくり顔を上げてみると、そこには呆れた様な困った様な表情をしているマホがこっちを見つめていた。


「おじさんは女の子を助ける為にお姫様とお喋りをしないでステージから飛び降りたって事なんですよね?つまり恥ずかしかったとかそう言う事では無くて。」


「ま、まぁ……そう、だけど……」


「だったら!私が怒る理由なんて何処にも無いじゃないですか!おじさんは人助けをする為に頑張ったんです!だから褒める事はあっても怒る事なんてありませんから!本当にもう、おじさんは私の事を何だと思っているんですか?」


「ふふっ、ここはむしろ胸を張るべき所だよね。」


「えぇ、自慢しても良いと思いますよ。まぁ、お姫様とお話が出来なかった事は不運なのかもしれませんが。」


「……九条さんらしい。」


「えへへ、惜しかったですねおじさん。」


「……は、ははっ……あぁ、本当にな。」


 自分の考えていた事が取り越し苦労に終わってホッと胸を撫で下ろしていた俺は、背もたれに体を預けて思いっきりため息を零していた。


「あっ、そう言えばおじさん。怖い人達に絡まれていた女の子、路地裏に残して来てしまったんですよね?それって大丈夫なんでしょうか?もしかしたら追い付かれて、危ない事になっているんじゃ……」」


「あー……いや、その心配は必要ないんじゃないかなぁ……多分……」


 別れる直前の豹変した美少女の事を思い出して自然と遠い目をしていた俺は、その記憶を思い出さない為に他の話題に切り替える事にするのだった……

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