第87話
大通りの喧騒が遠くから聞こえて来るぐらい裏路地を進んで来た俺は、建物の陰に隠れながら二人組のゴロツキと可愛い女の子の姿を覗き見ていた。
「お、お願いですから離して下さい……!」
「いやいやそう言わずにさー!ちょっとだけ!俺らに付き合ってくれるだけで良いんだってば!」
「そうそう!悪い様にはしないからさ!ほんの少しだけ俺達に付き合ってよ!」
「そ、そんな事を言われても困ります!私、人と待ち合わせをしていて!」
「へぇー!もしかして可愛い子?だったらその子も呼んじゃってよ!」
「良いねぇ!一緒に楽しい事をしちゃおうぜー!」
「……やれやれ、俺の期待していた展開にはなっちゃくれないみたいだな。」
俺以外の誰かが都合良く彼女を助けに来てくれたら嬉しかったんだが、そんな展開にはどう考えてもならなそうな事に俺は思わずため息を零していた。
こういう役回りは俺みたいなおっさんがやるべきじゃないってのは嫌って言う程に理解しているんだが、どうやらここは覚悟を決めるしかないみたいだなぁ。
「………今回も……か……」
頭をガシガシと掻きながら隠れていた物陰からゆっくり出て行った直後、野郎共に追い詰められていた美少女がうつ向いて何かを呟いた気がしたんだが……
「あぁ?何だよおっさん、こんな所で何してやがるんだ?」
「……今はそんな事を気にしてる場合じゃねぇみたいだな……」
威嚇する様に睨み付けて来ている男達と視線を交わしながら静かに息を吐き出した俺は、自分自身に気合を入れ直すとニヤッと笑いながら連中の方に近寄って行く。
「オイおっさん、何をニヤニヤしてやがるんだ?さっさと何処かに消えろや。」
「うん、俺としてもそうしたい所なんだけどさ。女の子1人相手に粋がってる何とも情けない君達を見過ごしてあげる事が出来なくてねぇ。」
「アァ!?何だとテメェ、もういっぺん言ってみろや!」
「おっとと、どうやら性格だけじゃなくて耳まで悪いみたいだな。なるほど、だからそんな風に女の子を壁際に追い詰めないとまともにお喋りも出来ないのか。」
「……おっさん、誰だか知らねぇがあんま舐めた口を利いてるとぶっ殺すぞ。」
うんうん、予想していた通り煽り耐性は全くと言って良いぐらい無いみたいだな。それじゃあ正当防衛を成立させる為に連中が先に手を出してくるまで軽く煽り倒してやるとしますか……って、えっ!?
「うおっ!?」
「なっ、テメェ!」
「た、助けて下さい!」
連中を更に煽ろうと一歩前に踏み出そうとした次の瞬間、女の子が目の前を塞いでいる男を突き飛ばしたかと思ったら逃げる様にしてこっちへ走って来て、俺の後ろに回り込んでそのまま背中にピタッと身体を寄せてきた!?
「はっ!?えっ!ちょ、ちょっと!」
「お願いします、どうか助けて下さい!あの人達、嫌だって言ってるのにこんな所に私を無理やり!」
怯えた声でそう訴えかけられた俺だったが美少女がグイグイ密着して来てるせいで情けない事に精神的余裕がドンドン失われてきていて、対する男達は突き飛ばされた怒りもあってか明らかなる敵意を俺達にぶつけてきていた!
「こっちが下手に出てりゃ良い気になりやがって!」
「オイおっさん!痛い目に遭いたくなかったらその女をこっちに渡せや!」
「っ!」
怒声を浴びせられたせいか後ろに居る美少女がビクッとなっているのを感じた俺はこっちへにじり寄ろうとして来てる男達を眼前に捉えてから一瞬だけ目を閉じると、腹を括る為にフッと短く息を吐き出した!
「悪い、ちょっとだけ我慢してくれ!」
「え、きゃっ!」
持っていたバッグの持ち手に腕を通して肘の辺りで抱える事にした俺は、クルッと振り返って美少女と向かい合うとそのまま一気にお姫様抱っこの状態に持ち込んだ!
その瞬間に心臓がドクっと跳ね上がるぐらい甘くて良い香りがしたがそれに意識を取られる前に両脚に力を込めると、男達に背を向けて全速力で走り始めた!!
「んなっ!?おいテメェ!待ちやがれ!」
「ハッハッハ!!待てと言われて待つバカが何処に居るんだよ!バーカ!ほらほら!悔しかったら追い付いてみせろってんだよ!」
「ぐっ!絶対にぶっ殺してやる!」
「面白れぇ!出来るもんならやってみやがれってんだ!」
前の世界に居た頃の貧弱極まりない俺だったら女の子を抱えたまま逃げるだなんて不可能だと言っても過言じゃないだろうな!
だがしかーし!少しだけお得なチート能力を付与されて数多くの視線を超えて来た強化された俺にとってはこのぐらい造作もない事だっつうの!ただまぁ……1つだけ問題があるとすれば……
「……うふふ。」
「っ!」
俺に抱えられている美少女が何とも言えない表情を浮かべながら見上げてきているという点なんですよねぇ……!
って、今はこんな事にドギマギしている場合じゃないっての!土地勘が無い以上は適当でも何でも良いから走りまくって逃げ切らないと……!あんな風に助けに行った手前、アイツ等に捕まっちまったらマジで情けなさ過ぎるからな!
そう意気込みながら後ろから聞こえて来る怒声から離れる為に、俺は腕の中に居る美少女と共に路地裏を駆けて行くのだった!
「はぁ…はぁ…はぁ…ふぅ~……ど、どうにかこうにか逃げ切れたみたいだな……」
全然軽いとは言え人を抱えたまま追い掛けられるという状況のせいで予想していた以上に体力を消耗する事にはなったが、何とか連中を撒く事に成功した俺は何処かも分からない裏路地で建物にもたれ掛かりながら乱れた呼吸を整えていた。
「うふふ、ありがとうございます……おかげで助かりましたぁ……」
「あ、あぁいや……っと、悪い!許可も無くこんな事して!す、すぐに降ろッ!?」
自分のしている事にハッとして美少女を地面に降ろしてあげようとした次の瞬間、彼女がいきなり両腕を俺の首元に回してきて顔をグッと近付けて来たっ?!
「ご迷惑でなければもう少し、この逞しくて素敵な腕に抱かれていたいんですが……よろしいですか?」
「へっ!?あっ、いや、そ、そう言われましてもですね……ひっ!」
「ねぇ、名前も知らない貴方……どうして見ず知らずの私の事を助けに来てくれたんですか?」
「ど、どうしてって……悲鳴が聞こえたから気になって……」
「悲鳴……つまり私が助けを求める声が聞こえたという事ですよねぇ?……うふふ、何だか運命を感じちゃいます……」
「う、運命、デスカ?」
オイオイオイオイ、何が起こっているんだコレは?どうして俺はこんな至近距離で甘い香りがする美少女と向かい合っているんでしょうか?
「えぇ、不細工で生きている価値も無いゴミ屑も同然の存在に危害を加えられようとしている私も命懸けで助けに来てくれた貴方……まさしく運命ですよね。」
「そ、それはどうかなぁ……?俺、あんまり運命とかって信じたりしない方でさ……って言うか、ゴミ屑も同然って……うおっ?!ちょっ!な、何を!?」
背中がゾッとする様な感覚に襲われている最中、美少女は更にグッと顔を近付けて来て吐息が聞こえるぐらいまで自身の顔を寄せて来た……!?
「名前も知らない私の王子様……助けて頂いたお礼をさせて頂けませんか?」
「ほっ!お、お礼?と、い、言いますと……?」
「……私の事、貴方の好きにして下さい……
「すっ、しゅっ!!?」
「うふふ……えぇ、好きに……そして、まずはお近づきの印に……」
ガッツリ両腕を首の後ろに回したまま互いの呼吸が触れ合うぐらいの距離でジッと見つめて来た美少女は、俺の瞳を覗き込んだままゆっくりと顔を……寄せて…………
(ご主人様!何処に居らっしゃるですか!!)
「うはおっう!」
「きゃあ!」
全身がビクッと震えて自分でも良く分からない悲鳴をあげていた俺は、慌てて頭の中に聞こえて来た声に返事をした!
(マ、マホか!?)
(マホか?じゃありませんよ!何をしているんですかご主人様!そろそろ集合時間になっちゃいますよ!)
(はっ!え!?マ、マジでか!?)
(大マジです!急いで合流しないと置いて行かれちゃいますよ!)
(わ、分かった!すぐに行くから待っててくれ!)
(お願いしますよ!信じて待ってますからね!)
マホの声が聞こえなくなった直後、驚いたまま固まってしまっている色々な意味で危険な少女を降ろした俺は喧騒が聞こえて来る方に視線を向けた!
「あ、あの……」
「ごめん!多分だけどあっちに行けば大通りに出られると思うからさ!俺はそろそろ失礼させてもらうよ!それじゃあ!」
「あっ。」
美少女が小さな声をあげながらこっちに手を伸ばそうとしている事は分かったが、俺はその場から逃げ去る様にして喧騒が聞こえてくる方に向かって走り始めた!
「ヤバかった……何がって訳じゃないけど色んな意味でヤバかった……!」
後でマホにお礼の意味も込めて何か奢ってやるかと考えながら何とか大通りの方に戻って来る事が出来た俺は、さっきと変わらず盛り上がりまくっている大勢の人達を搔き分けながら何とか集合場所に辿り着くのだった……!
「おじさん!ギリギリじゃないですか!今まで何をしていたんですか!?」
「す、すまん……ちょっと面倒事に巻き込まれてな……げほっ!」
「おっと、大丈夫かい九条さん。」
「と、とりあえずはな……悪い、水だけ飲ませてくれ……」
こういう時、魔法がある世界で良かったと思いながら人差し指の先端を口に含んだ俺はそのまま水を生み出してそれで乾ききった喉を潤していった。
「おじさん、お願いですから次からは余裕を持って行動して下さいよね。もう少しで出発時刻に間に合わなかった所なんですから。」
「いや、俺としてもそうしたかったんだけどさ……マジで大変だったというか……」
「ふむ、それで何があったんだい?」
「そ、それは……その、だな………あ、あはは……ま、まぁ良いじゃないか!うん。とりあえず遅刻はしなかった訳だしさ!」
「……マホさん、何だか九条さんの様子がおかしい気がするんですか……何時もこういう感じなんですか?」
「えぇ、おじさんは大体何時もおかしいです。まぁ、今日は群を抜いてですが。」
「おい、って……反論する立場に無いのも事実なんだが……」
不良みたいな奴らから女の子を助け出したまでは説明しても良いが、そうなったらその後に何をしていたのかも伝える事になりそうで……俺は口を閉ざす事にした……
「お客さん、そろそろ出発しますから馬車にご乗車下さい。」
「あ、はーい!仕方ありませんね。おじさんが何をしていたのか追及するのは止めて馬車に乗るとしましょうか。」
「あ、ありがとうございます……ふぅ~……」
ため息を零しながら荷物を持ち直して馬車に乗り込んだ俺達は、無事王都を離れて目的地であるミューズの街に向かって行くのだった。
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