第77話
「どうやら頬と腕の傷は完璧に完治したみたいだな。傷跡も残ってないし……」
買い物に出掛けてから数日後、洗面台の鏡を見ながら襲撃事件の時に受けた傷跡がどうなっているかを確認していると廊下の方から扉が数回ノックされた。
「ご主人様ー!ロイドさんご実家からお迎えの馬車が来ましたよー!」
「あぁ、はいはーい。すぐに出るからちょっと待ってくれ。」
返事をしてから身嗜みを軽くチェックして廊下に出て行くと、俺と同じく商店街で購入して来た服に身を包んだマホが腰に手を当てながら俺を見上げて来ていた。
「もう、随分と時間が掛かっていましたけど一体何をしていたんですか?もしかして自分に惚れ惚れとしながらウットリしていたんですか?」
「いやいや、俺がそんな事する訳ないだろうが!……昨日まで微妙に残ってた傷跡がちゃんと消えてるか確かめてたんだよ。」
「あーなるほど!それじゃあおじさん、ちょっとしゃがんで下さい!」
「……何で?」
「決まってるじゃないですか!私も傷跡がどうなっているか確かめる為ですよ!さぁちょっと服を捲って見て下さい!」
「うおっ!ちょっ、待てってマホ!さっき自分で確認したからお前に改めて見て貰う必要は無いから!こらっ、服を引っ張るなっての!つーかそこに傷は無いから!」
「そんなの分からないじゃないですか!ほらほら、早く早く!」
無理やり俺の着ている服を捲ろうとして来るマホを何とか止めようとしていると、玄関の扉が開いてロイドがチラッと顔を覗かせて来た。
「2人共、何をしているんだい?まだ支度が出来てないのかな。」
「あっ、ロイド!良い所に来た!悪いけどマホをどうにかしてくれ!さっきから俺の傷跡を確かめるとか言って聞かないんだ!」
「ロイドさん!ご主人様が服の下に傷跡を隠しているかもしれないので手伝ってくれませんか!?」
「いや、隠してないから!マジで!」
「ふぅ、やれやれだね。マホ、九条さんの身体に傷跡があるかどうかを確かめるのは馬車に乗ってからでも良いんじゃないかな。そうすれば私やソフィも一緒に確認する事が出来るからね。」
「あっ、それもそうですね!ではご主人様、早く馬車に乗りましょうか!」
「え、えぇ~……その発言を聞かされたら乗りたくなってきたんだが……」
なんて言葉を聞こえない振りをしているマホに手を引かれながら家を後にする事になった俺は、自宅前に停まっていた豪勢な見た目の馬車に乗り込んでロイドの実家へ向かって行く事になるのだった。
「……何してたの?」
「おじさんの身体を確認しようとしてました!」
「おいマホ言い方ぁ!ったく、待たせて悪かったなソフィ。実はマホの奴が俺の体にある傷跡がちゃんと消えたか確かめるとか言い出してな……」
「だって、おじさんってば私達に内緒ですぐに無茶をするんですもん。だからこそ、自分の目でシッカリと確かめないと安心出来ません!」
「おいおい、どんだけ信用無いんだよ俺は……」
「いえいえ、信用していない訳ではありません!むしろその逆です!おじさんの事は心の底から信じています!ですが……それとこれとは話が別です!」
「まぁ、九条さんが自分の身を顧みず無茶をするのは同意せざるを得ないかな。」
「ですよね!という訳なんで……私達を安心させる為には確かめますよ!」
「はぁ~……分かった。もう好きにしろよ……」
とんでもなく恥ずかしくはあるが一切と言って良いぐらい引く気を見せないマホを納得させる為に渋々着ている服を軽く捲り上げた俺は、明後日の方向に視線を向けたまま大人しくしているのだった。
「うーん、確かに傷跡は無くなってますねー……ふむふむ………えへへー……」
「……マホさん?その含み笑いは何なんでしょうかねぇ……?」
「あっ!すみません、おじさんもシッカリ男性なんだなーって思って……」
「ふむ、確かに鍛え上げられた良い身体をしているよね。」
「うん、格好良い。」
「うぐっ……!も、もう確認は済んだろ!服、戻すからな!」
「はい!どうぞ。」
「ったく……マジで勘弁してくれ……」
人によっては天国とも言えるかもしれない美少女に肉体を褒められるという嬉しいとも恥ずかしいとも言える体験をしながら馬車にしばらくの間揺られていると、外に見えていた一気に景色が変わり始めた。
「あっ、皆さん!ここって確か爆発した馬車が置かれていた所ですよね?もう綺麗になってますよ!」
「そうみたいだな。何の痕跡も見当たらないぐらい修復されてるみたいだな。」
襲撃事件の帰り際に見た時には丸焦げで黒い煙を上げた馬車が停まっていた場所がチラッと視界に入ったんだが、そこはもう何事も無かったかの様になっていた。
「この辺りは道の補修を専門にしている業者がいるからね。だから何かあっても数日あれば元通りになってくれるんだ。」
「ふーん、流石は金持ちばっかり暮らしているエリアなだけはあるなぁ……って事はロイドの実家も修復が終わってるのか?」
「あぁ、そう言えば鉄格子のある門も爆発されちゃいましたもんね……大丈夫なんでしょうか?」
「うん、心配しなくても大丈夫だと思うよ。父さんと母さんの事だから事件があった次の日にはもう業者を呼んで修復作業を終らせているんじゃないかな。」
ロイドがそう告げてから数分後、話題に上がった門の前に辿り着いた俺達は見事に修復されているソレを見上げながら関心のため息を零す事になるのだった。
「皆様、お久しぶりでございます。アレからお変わりない様で何よりです。」
「えぇ、そちらも特にお変わりないみたいで良かったです。それと今日はこちら側の都合に合わせて下さってありがとうございます。」
中庭まで続いている通り道の途中にある噴水前で馬車から降りた俺達は、わざわざ出迎えてくれたカームさんに小さくお辞儀をしていくのだった。
「いえいえ、お気になさらず。ご当主様と奥様は執務室でお待ちしておりますので、そちらまで私が案内させて頂きますね。」
「はい、よろしくお願いします……って言いたい所なんですけど、カームさん。1つだけ確かめたい事があるんですけど……その……執務室って今は……」
「あぁ、おじさんが悪い人達と戦闘をして色々な家具を破壊しちゃいましたからね。それがどうなっているのか気になっているんですか?」
「ちょっ、俺が言葉を濁して聞いてるんだからズケズケとそういう事を口にすんじゃないっての!……まぁ、間違っては無いから何とも言えないんだけど……」
俺の言えなかった事をスパッと口にしてくれちゃったマホにジトっとしてる視線を送っていると、カームさんがニコッとしながら微笑みかけてきた。
「九条様、どうかご安心下さいませ。執務室の修復は既に済んでおりますし、壊れてしまった家具に関しましても買い替えは終わっておりますから。」
「そ、そうなんですか!良かった……あぁでも、やっぱりソレに掛かった費用とかは俺が支払った方が……」
「いえ、ご当主様も奥様も九条様から金銭を受け取るつもりは一切無いと言っておりましたから大丈夫ですよ。ただどの様な戦闘を繰り広げたらこの様な状態になるのかという興味をお持ちでしたので、よろしければご説明をお願い致しますね。」
「は、はい……分かりました……」
テーブルから始まってソファーやら本棚やらぶっ壊しまくっちまったからなぁ……それで許されるってんなら、1から10まできちんと説明しておかないとか……
「ふむ、その話なら私も興味があるね。」
「うん。結局どんな戦闘をしたのか私達も教えてもらってない。」
「おじさん、本当にどんな戦いをなさったんですか?」
「そ、それはまた後でな。とりあえず今はエリオさんとカレンさんを待たせない内にさっさと執務室に向かうとしようぜ。俺も自分の目で確かめておかないと心の底から安心出来ないからさ。カームさん、そういう事ですので……」
「かしこまりました。それではご案内させて頂きますね。」
俺の心情を察してくれてなのか何も言わずにペコリとお辞儀をしてから歩き始めてくれたカームさんの後に続いて屋敷の中に入って行くと、隣に居たマホが漏らす様にため息を零した。
「マホ、どうしたんだ?」
「え?あぁいえ、すみません。こうして明るい時に改めて見るとロイドさんのご実家って本当に凄い所なんだなーっと思ってしまって……ほら、あの時は色々あったからきちんと見る事が出来なかったじゃないですか。」
「あー……言われてみればそうかもな。そもそもトレイに向かって全力疾走していた訳だし、その後はすぐに襲撃事件が起きて照明が落とされちまったもんな。」
「はい、だから今になって感動してました!本当に凄い所だなーって!」
「ふふっ、気に入って貰えたのなら良かった。」
そんな他愛もない話をしながら階段を上がって2階にやって来た俺達は、執務室の前に存在している真っすぐ伸びた廊下の前までやって来ていた。
「うーん、ここに来ると思い出しちゃいますね。おじさんが私達を残したまま1人で悪い人達の所に乗り込んで行っちゃった事を。」
「うぐっ……!そ、その棘のある言い方はどうかなと思うんですがねぇ……俺だって別にやりたくてやった訳じゃなかったし……焦ってたんだから仕方ないだろ?」
「……確かに、焦ってたのは私も同じ。」
「えっ?私もって……ソフィも焦ってたのか?」
「当然。絶対に皆を護らなきゃいけないって考えてたから。九条さんとの約束を破りたくなかった。」
「……そうか。何と言うかその……ありがとうな。」
「おじさん、お礼を言うのはソフィさんだけですか?」
「はいはい、お前もロイドもそしてカームさんもありがとうございました。皆さんのおかげでこうして無事に過ごしている今があります。コレで良いか?」
「はい!良いですよ!」
「ふふっ、私までお礼を言われてしまうとはね。」
「あの時の件に関しましては九条さん達の功績が一番大きいと思われますが、今回はその言葉を受け取らせて頂きます。」
「……えぇ、そうして下さい。」
何とも言えない気恥ずかしさを感じながら廊下を進んで執務室の前に来た俺達は、カームさんが扉の前に移動するのを待つと……
「ご当主様、皆様がお越しになりました。」
「分かった。入ってもらってくれ。」
「かしこまりました。」
扉の向こうから聞こえて来たエリオさんとそんなやり取りをしたカームさんは扉の取っ手を静かに握り締めると、ゆっくりと開いて行ってくれたんだが……
「……え?」
「皆さん、お久しぶりです!お元気でしたか?」
「ど、どうも……ご無沙汰しております……」
思わず驚きの声をあげて固まってしまった俺の視線の先に見えたのは、元気に手を振っているシアンと小さくお辞儀をしてきたアリシアさんの姿だった……
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