第75話

 扉を開けて店内に入って行くと受付の所に何時も対応してくれるお姉さんではなく親方が立っていて、俺達に気付いて小さくお辞儀をしてきてくれた。


「あぁ、いらっしゃいませ。ウチにご来店なさるのは久しぶりですよね。」


「そ、そうですね……色々と立て込んでまして来るのが遅くなりました……それで、実は今日こちらにお伺いしたのは……」


「分かっていますよ。少々お待ち下さい。おーい!九条さん達が来たぞー!」


「えっ、本当に!?すぐ行くー!」


 大きな声の元気な返事がここまで届いて来てから数秒後、わざわざ走って来たのかお姉さんが凄い勢いで姿を現した。


「ど、どうも。」


「どうも、じゃないよ九条さん!もう、今まで何やってたのさ!?折角頑張って加工した武器をあげられなくなる所だったじゃない!」


「す、すみません。ちょっと事情がありまして……武器の加工を依頼してた事を昨日まで忘れてました……」


「えぇっ!?そんな……!私が九条さんの為にって寝る間も惜しんで素材を加工して喜んで貰える様にって頑張っていたのに忘れてだなんて……うぅ、酷いよぉ……」


「ちょ、ちょちょっ!」


 これでもかと言うぐらい分かりやすい泣き真似をお姉さんが始めたせいで、店内に居た複数人のお客さんから冷たい目で見られる事になってしまった!!


「おじさん……女性を泣かせるなんてサイテーですよ。」


「お、おい!ここは俺の味方になってくれる所なんじゃないのか!?つーか、コレはどう見ても嘘泣きだろうが!」


「九条さん、例え嘘だとしても女性に涙を流させるのは感心しないよ。」


「流れてないから!ロイド、お前もここぞとばかりに悪戯っ子の顔を覗かせるんじゃないっての!そしてソフィ!武器ばかりじゃなくてこっちに興味を持ってくれよ!」


「う、うぅ……ふ、ふふっ……あいてっ!いきなり何すんのさ親父!」


「お前が九条さんにご迷惑を掛けるからだろうが!それに他のお客さんにも!それと店の中では親方と呼べ!ってか良いのか?九条さんに武器を渡さなくても。」


「あっ、そうだった!ごめんごめん、九条さんちょっと待っててね!」


「はっ?!え、えぇ……?」


「九条さん、バカな娘がご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」


「い、いえ!大丈夫ですよ!少しだけ驚かされはしまいしたけどね……っとそうだ。あの、コレ武器の引換券です。」


「はい、確かに。それでは娘が戻って来るまでしばらく」


「お待たせー!はい、コレが九条さんの為に加工した武器の入ってるケースだよ!」


「……お待ち頂かなくても良かったみたいですね。」


「あ、あはは……そうみたいですね……」


「ん?何の話?それよりもほら、早く開けて見てみてよ!」


「お、おう……」


 テンションが高めのお姉さんに急かされて受付の上に置かれたケースの前に立った俺は、皆に見守られながら鍵を外して上蓋をゆっくりと開いていった。


「うわぁ……!綺麗ですね……!」


「ふむ、これは中々……」


「……凄い。」


「でしょでしょ!?正直に言うと親方にも少しだけ手伝っては貰ったんだけど、例えそうだとしても自信作って胸を張って言える武器に仕上がったつもりだよ!ほらほら九条さん、早く手に取って感想を聞かせてよ!」


 ケースの中に収められていた刀身が紅く輝いているショートブレードを右手に握り締めながら慎重に取り出した俺は、興奮する気持ちを押さえながら刀身を頭上の方に掲げていった……!


「……何だコレ……素人目からしてもヤバいのがヒシヒシと伝わって来るぞっ……!それにこの刀身の色……た、たまらねぇ……!」


「えっへへ!どうやら喜んでもらえたみたいだね!」


「あぁ、大満足だよ……!今すぐにでもクエストに行ってモンスターと戦ってみたい気分だぜ……!」


「九条さん、約束。」


「分かってるよ!2人共、本当にありがとうございました!」


「どういたしまして!だけど九条さん、次からは余裕を持ってお店に来てよね!1日でも引換え日を過ぎたら商品として武器屋に並ぶ事になっちゃうんだから!」


「あぁ、気を付けるよ。こんなに上質な武器を受け取り忘れたなんて事になったら、流石に泣くに泣けないからな。」


「そこまで言ってくれると嬉しい限りだよ。」


「ふっ、良かったな。」


「うん!親方もありがとうね!」


「ハッ、礼なんて要らねぇよ。俺は腕の良い職人が育てばそれで構わねぇさ。」


「ひゅー!痺れるぅー!」


 微笑ましい親子のやり取りを目の当たりにしてからしばらくした後、武器と専用の鞘を受け取った俺はソレを腰に装備して皆の方に振り返った。


「よしっ、それじゃあ早速だがクエストに行くとするか。」


「ふふっ、随分とやる気みたいだね。そんなに武器が気に入ったのかい?」


「あぁ、斬れ味を試したくてウズウズしてるぜ。」


「おじさん、その発言はちょっと危ないんじゃないですか?」


「マホ、私も早く武器を使ってみたい。」


「ははっ、どうやら俺とソフィの気持ちは同じみたいだな。」


「んー……やれやれですね。」


「あっ、九条さん!もし良かったら今度お店に来た時にでも武器の使用感とか教えてくれるかな?今後の参考になるかもしれないし!」


「私からもお願いします。コアクリスタルみたいなレア物の素材はこの街ではお目に掛かれませんからね。貴重な意見を聞かせて下さい。」


「分かりました。それぐらいお安い御用ですよ。」


「ありがとうございます。それでは皆さん、どうかお気を付けて。」


「いってらっしゃーい!クエストのついでに素材もたーくさん集めて来てねー!」


「了解、それじゃあまた。」


 親方とその娘さんに見送られながら新たな武器をぶら下げて店を後にした俺達は、討伐クエストを受ける為に斡旋所へと向かって行くのだった。

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