第43話
闘技場で開催されるイベントに応募してからの数日間、俺は初めてとも言える程に充実した時間を過ごしていた。
まず初めに本屋で大量に購入した本の読み漁り、マジで気になった物をジャンルを問わず買いまくったので時間がどれだけ有っても足りない……!ってか、昔と比べて読む速度がほんの少しだけ落ちている様な……い、いや!気にせいだよな!うん!!
……そんな感じで沢山の本を読んでる間に俺が次に手を出してみたのは、加工屋に足を運んで親方から職人としての基礎的機能を教わってみるという事だった。
別に冒険者を辞めるつもりは一切無いんだけど、得られる全ての経験値が10倍になるという能力を生かさないという手はないからな。
親方もこころよく俺の事を受け入れてくれて、加工屋で引き受けてる依頼の一部を指導されながらやってみる事になった。
そのおかげで知る事が出来たんだが、加工屋っていうのは武器だけじゃなくて家具とかもオーダーメイドで作っているらしい。
「ふむ、これだけの技量があるなら職人としてもやっていけそうですよ。九条さん、どうせだったらもっとシッカリ腕を磨いてみませんか?」
……みたいなお誘いを親方からされたりもしたけど丁重にお断りをさせてもらって数日間の修行を終えた後、今度は街の散策に力を入れてみる事にした。
思えばこの世界に来てからほとんど同じ所を行ったり来たりしてばかりで、どんな施設や店があるのか分からない事が多いからな。時間がある時にトリアルと言う街の事をもっと知ってみようと考えてみた訳だ。
そんな事をしていたら大通りから少し外れた場所に料理教室を見つけたので、俺はこれからの食生活を豊かにする為に恥ずかしさを押し殺して受講者のほとんどが女性という地獄を耐えながらきちんとした知識を得る事に成功した。
……とまぁ、この他にも何だかんだとしていたらあっという間に当選発表がされる日が訪れたので俺はリビングのソファーに寝転がりながら自分の冒険者カードを手に持ってジッと眺めてみた。
「えーっと、確か名前の所を囲っている赤枠が日付の変更と共い青色になったら当選だって闘技場から届いた手紙には書いてあったけど……あー緊張するわぁ……」
心の何処かで外れて欲しいなと願いつつソレとは反対の事も考える、そんな矛盾を抱えながら時計に視線を向けて………3、2、1…………
「……どうやら、当選しちまったみたいだなぁ……あーあー………」
名前を囲っている枠が青色に変化した事を間違いなく確認してしまった俺は、瞳を閉じながら盛大にため息を吐き出すと天井を見上げながらしばらく固まっていた。
「……九条さん、まだ寝ないのかい?」
「ん?……あぁ、ロイドか。悪い、起こしちまったか?」
「いや、今日は何だか眠れなくてね。水でも飲もうかと思って部屋を出たてみたら、リビングの明かりがついていたのに気づいんだ。それで、九条さんはここで何を?」
「……応募の結果が妙に気になって眠れなくてな。部屋に居ても落ち着かないから、ここでボーっとしてた訳だ。」
「ふふっ、なるほどね。つまりは私と同じって事か。」
「そういう事に、なるのかもな……っと、水を飲むんだったよな。入れてやるから、そこに座っとけ。」
「うん、それではお言葉に甘えさせてもらおうかな。」
厚手のワンピースに似た寝間着に身を包んだロイドは柔らかい笑みを浮かべながらさっきまで俺が座っていたソファーに腰を下ろした。
「……闘技場、当選が決まっちまったな。」
「そうだね、3日後には試合に参加だ。九条さん、覚悟は出来ているかい?」
「……何とも言えない所だな。出来てないって事はないが、やっぱりまだ実感が無いってのが正直な感想だ。そもそも対人戦なんて初の経験だから、どんな風に戦ったら良いのかもまだよく分かってないしな。ロイドはそこん所どうなんだ?」
「私かい?私は学生をしていた頃に戦闘訓練で何度か対人戦は経験しているよ。その他にも実家でもやっていたりするかな。」
「へぇ、それじゃあ闘技場ではお前の事を頼りにするしかないかな。」
「ふふっ、了解した。九条さんがソフィとの約束を果たせる様に全力を尽くすよ。」
「おう、そうしてくれ。」
そう言って俺がコップに注いだ水を一気に飲み干したロイドは、爽やかな微笑みをこっちに向けながら立ち上がった。
「さてと、水も飲んだしそろそろ眠るとしようかな。九条さんはどうする?」
「あぁ、俺もさっさと寝るとするかな……っと、その前にロイド。今日もクエストに行ってたみたいだけどレベル上げはどんな感じなんだ?もう10になったのか?」
「うん、今日ようやくレベル10になったよ。コレで最大限の力を発揮して、試合に挑む事が出来るはずさ。」
「そうか、悪いなロイド。本当だったら手伝ってやりたかったんだがレベルの問題で一緒にクエストに行けなくて……」
「大丈夫、気にしなくても良いよ。クエストには一緒に行けないけれど、九条さんは美味しい料理を作ってくれたりするからね。最近は教室にも通っているおかげで更に腕を上げたみたいだし。今後も行く予定なのかい?」
「んー……考え中だな。一応、料理の基礎的な部分については学べたから応用編にも興味はあるんだが……やっぱり男一人ってのは肩身が狭くてな……」
「ふふっ、そういう事なら今度は私やマホと一緒に行こうか。それなら恥ずかしさは感じないだろう?」
「いや、それもそれで別の意味の恥ずかしさを生んじまう気がするんだけど……まぁお前達も料理について詳しくなってくれたら俺も楽が出来るし、イベントが終わって時間に余裕が有れば行ってみるか。」
「うん。ふふっ、何だかそう考えると楽しみになってきたな。私自身、皆と暮らしを始めてから料理をする事の良さみたいなものを覚えてきたからね。」
「へぇ、そいつは良かったな。って、引き留めちまって悪かったな。マジでそろそろ寝るとすっか。」
「うん、それではおやすみ。九条さん。」
「あぁ、おやすみ。」
リビングの照明を消してそれぞれの自室へと戻って行った後、ベッドに倒れ込んだ俺は枕に顔を押し付けながら何度か深呼吸をして様々な考えを巡らせていた。
「……やれやれ、今更ながら俺もとんだお人好しだよなぁ。」
たった一度、いや二度か?顔を合わせて少し話をしただけの女の子の為にわざわざ体を張って斬り合いがある戦いをするって言うんだからさ……
って言うかこっちの世界に来てからずっと何かと戦い続けている気がするんだが、一体全体どういう巡り合わせが起こってるっているんだ?
俺があの時に望んだ事はそこそこの好条件で異世界に行くってだけだったんだけどモンスターと戦ったりボスと戦ったり……マジで忙しいったらありゃしないわ。
「……でもまぁ、そのおかげで運命の巡り会わせってもんが出来たんだよな。」
この歳になるまで何処に行ってもぼっちのままで、深い関係を築こうと思える様な相手に出会える事も無かった……けど今は、少しだけそう思えるヤツが近くに居る。
「……どうせだったら、アイツにもそういう巡り会わせが訪れる様に頑張ってみるとしますかね。」
コレが運命だなんだとロマンチスト的な事を言うつもりはないが、最初から諦める真似なんかしちまったら俺に協力してくれているロイドに申し訳がたたんしな。
そんな事を考えていたら次第に眠気が襲って来たので、俺は瞳を閉じるとベッドの中で深い眠りにつくのだった。
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