第44話

「……おえっ……うぅ、家に帰りてぇよぉ……」


「ちょ、ちょっとおじさん!ここまで来て何を言ってるんですかもう!」


「ふふっ、気持ちは分かるよ九条さん。これだけの観客達が居る前で試合をするって考えると緊張してしまいのも仕方ないよね。だけど、既に覚悟は決めたんだろう?」


「……あぁ、そうだよ……でもだからこそ、この現実から今すぐ逃げ出してぇ……」


 マジで気付いたらレベルの速さでイベント当日を迎える事になってしまった俺は、少し離れた場所から沢山の人達で賑わっている闘技場の様子を眺めて朝に食べた物を全て吐き出しそうになりかけていた。


「やれやれ、おじさんには困ったものですね。本当に大丈夫ですか?今回イベントで定められているルール、忘れていませんか?」


「……使用する武器はショートブレード、魔法の使用制限は無し、試合に参加をする場合はイベント開始30分前までに手続きを済ませる……だろ?」


「うん。それと時間を1秒でも過ぎてしまったら不参加扱いになってしまう、だね。さてと、それでは時間に余裕はあるけど行くとしようか。」


「……はいよ……あー……あーー………あーーーってぇ!!?な、なっ?!」


 バチンという乾いた音と共に背中に襲い掛かってきた痛みと衝撃に驚いて反射的に振り返ってみると、そこには右手を左頬の近くに構えているマホの姿が……!?


「ふふーん、どうですかおじさん。気合、入りましたか?」


「……おう、おかげ様でな。ったく、乱暴なサポートしてくれるよ全く。」


「えへへ、時には厳しくいくのも役目ですから!さぁ、頑張って来て下さいね!私は観客席から応援していますから!」


「あぁ、変な奴に絡まれたりしない様に気を付けろよ。」


「マホ、何かあったらすぐに飛んで行くから大声で助けを呼ぶんだよ。」


「はい!それでは2人共、いってらっしゃい!」


 小さく手を振ってくれているマホに見送られながら闘技場の裏手側に回って行った俺とロイドは、関係者入り口前に設置されている受付らしき場所を見つけた。


「おはようございます。もしかしてイベント参加者の方でしょうか?」


「えぇ、そうなんですけど……」


「かしこまりました、それでは冒険者カードのご提示をお願いします。」


「あっ、分かりました……それじゃあ、コレを。」


 お姉さんは俺達から受け取った冒険者カードの名前の所に視線をやると、ニコッと微笑みながらソレを返してくれた。


「はい、確認させて頂きました。ギルド・ナインティアの九条様、ロイド様。本日はお越し頂きありがとうございます。これより簡単な身体検査を行いますので、ご協力して頂いてもよろしいでしょうか?」


「えぇ、分かりました。」


 すぐ近くに控えていた男性と女性の職員にそれぞれ身体検査をされていると、背後から足音みたいなものが聞こえて来たので何の気なしに振り返ってみると……!?


「ロイド様、九条様、おはようございます!間に合って良かったですわ!」


「おや、リリアじゃないか、それにライルも……どうしたんだいこんな所で?」


 不思議そうにそう尋ねたロイドと同じ心境で突如として現れた2人に視線を向けていると、リリアさんがずずいっとした勢いで近寄って来て……


「そんなの決まっているではありませんか!ロイド様の雄姿を応援に来たんですわ!勿論、ファンクラブの者達もご一緒に!」


「すみません、いきなり押しかける様な真似をしてしまって……ですが、どうしてもお二人の事を応援したかったんです!」


「ふふっ、それはどうもありがとう。おかげで更に勇気が湧いてきたよ。」


「……俺は逆に不安が増した気がするんだが……」


「ん?どうしてだい?」


「……九条様?」


「……ハイ……キノセイデシタ………スミマセン………」


 満面の笑みの裏側に般若の姿を見せているリリアさんからそっと視線を外した後、俺は武者震いを起こしている体を何とか鎮めようと綺麗な青空を見上げるのだった。


「……あの、申し訳ござませんがそろそろ時間となりますので……」


「あっ、コレは失礼致しましたわ。それではロイド様、九条様、私達は観客席の方で応援をさせて頂きますので頑張って下さいませ。」


「うん、ありがとう。あっ、観客席にマホも居ると思うから出来れば合流してあげてくれるかな。」


「えぇ、かしこまりました。ライルさん、行きましょうか。」


「あっ、はい!では、失礼します!」


 優雅さと丁寧さをそれぞれに感じさせながら去って行くリリアさんとライルさんの事を見送った後、俺達は改めてお姉さんと向かい合うのだった。


「お待たせしてすみませんでした。」


「いえ、構いませんよ。それでは九条様、ロイド様、準備がよろしければ控え室までご案内させて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」


「はい、お願いします。」


「かしこまりました。それではどうぞこちらへ。」


「分かりました。」


 椅子から立ち上がって関係者用の出入り口に向かっていったお姉さんの後に続いて闘技場の中に入って行った俺とロイドは、以前訪れた時とは違うルートを進んで扉が等間隔で並んでいる通路にやって来ていた。


「こちら側にある部屋全てが選手控え室となります。九条様とロイド様には一番奥にある控え室をご利用して頂きます。そしてあちらに見える鉄の門、あの向こうに試合会場がございますので順番が来ましたらここで待機をお願いします。」


「はい、試合に勝ったらそのまま控え室に戻るって感じで良いんですかね?」


「そうですね。」


「ふむ、仮に敗北してしまった場合はどうすれば良いんだい?控え室には戻らずに、そのまま退出すればいいのかな?」


「いえ、その場合も試合終了まで控え室でご休憩して頂いたままで構いません。ただそうなりますと試合の観戦が出来ませんので、ご注意を。」


「えっ、控え室じゃ試合が見られないんですか?」


「はい。観客の皆様は刺激的で公平性のある試合を望んでいますからね。ですので、相手選手の対策を取られない様に試合は見られない様になっているんです。」


「へぇー……って事は、マジでぶっつけ本番って感じなんだな。」


「ふふっ、コレは気が抜けないね。」


「あぁ、分かってた事とは言え気合を入れ直さないとマズそうだなぁ……」


 そんな会話をしつつ廊下を進んでいると視線の先に行き止まりの壁が見えてきて、その手前側にある部屋の前でお姉さんが立ち止まって扉をガチャっと開けてその中に入ったので俺達もその後に続いて行った。


「こちらがギルド・ナインティアの控え室となります。試合開始時刻になりますと、自動的に扉の鍵が締まり出場の順番が回って来るまで外には出られませんのでご注意下さい。」


「分かりました。あの、トイレとかに行きたくなった場合は……」


「トイレはそちらにある扉の奥になります。そしてこちらに置かれた冷蔵庫の中には飲み物が入っていますので、ご自由にご利用下さいませ。」


「ふふっ、意外と快適に過ごせそうだね。」


「あぁ、コイツは予想以上だったな……すみません、天井近くにあるモニターは?」


「あちらはトーナメント表を確認する為のモニターとなります。イベントが始まるとそちらに対戦表が映し出されますので、よろしくお願いします。」


「なるほど……」


「以上で控え室のご説明は終了となりますが、何かご質問等はございますか?」


「……いえ、大丈夫です。」


「かしこまりました。それではギルド・ナインティアの皆様。ご健闘をお祈りさせて頂きます。失礼致します。」


 深々とお辞儀をしてからお姉さんが控え室を出て行った後、俺達はイベント開始の時刻を迎えるまでこの場で待機する事になるのだった。

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