宵闇


日は沈み、夜が息吹く。霧のように細かく濃い闇が谷の全体を覆い隠した。

ざわざわとふいていた風、ワシャワシャと揺れていた枝々、パシャパシャと踊っていた波打ち際は、その表情を失い、無機的で機械的な運動にシフトしていく。

昼の生き物は皆寝床を整え、夜の生き物がそろりそろりと動き始める。

それらすべてが、夜を眼前にしかるべき準備を終えた頃、


彼女が棲み家から出てきた。


彼女は衣を一つもまとわず、その色白な素肌をより白く輝かせながらゆっくり歩く。

美しく、均整の取れた其の肢体は毅然として優雅だ。唯一無二のその美しさをもって燦然と輝く彼女は、沈黙とも無音とも違う、しかし一切ノイズのない澄み渡る静けさを発していた。

麗しくなめらかな動きで歩く彼女の、つやつやとした赤毛が、段々と其の色を落としていく。ルビーのように濃縮されたその赤は大小様々な、てんとう虫に、蝶に、花に姿を変え常闇の中へ次々紛れ込んでいった。

ついに彼女は、なんの曇りも穢れもなく、わずかばかりのレモンイエローを上品にふくんだ白い輝きを放つうららかな乙女となり、両手を空高くに伸ばした。はるか空高くからそれを見ていた夜が、彼女をすくい上げ、抱きかかえる。彼女はその厚みのある、もったりとした掌の中で丸くなり、月となった。


ただ月だけが、ささやかに種々の者々を照らす。

ただ月だけが、常闇の中にかすかな明かりを送り込む。

ただ月だけが、夜の腕に抱かれて深く深く眠るのだった。


朝が来るまで。




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